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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい


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第1話|五人五色 — 自己紹介


 3月のある日。

 Unites(ユナイツ)事務所の建物、地下1階。

 PENTARIS(ペンタリス)の練習室である。


 メイはスマホを三脚に設置した。

 画面を確認し、椅子に実際に座ってみた。

 スマホのカメラをじっと見つめ、角度をチェックする。


 4月のデビューに向けて、メイはPENTARISの公式SNS用の自己紹介動画の撮影を準備していた。

 いわば『最初の名刺』になる縦動画だ。


 イメージ通りのサイズが決まると、メイは満足げにうなずいた。

 練習室のドアを開け、廊下に向かって声を飛ばした。


「いろはくん!撮影するよ!」


 しばらく静寂が流れた。

 メイはあえて呼び直さなかった。

 廊下の突き当たりに隠れていたいろはを見つけ出し、その襟首を掴んで引きずってきた。


「メイ姉さん……なんで、ぼくが最初なんですかぁ……」


 今にも泣き出しそうな声だった。

 抵抗したものの、いろはは結局、練習室へと連れ込まれた。


「じゃんけんに負けたでしょ」


 メイの返事は断固としていた。


 いろははメイの視線に促され、おずおずと椅子に座った。

 メイは引きずってきたせいでシワの寄った服を整えながら聞いた。


「コメントは覚えた?」

「……はい」

「ミスしても私といろはくんだけの秘密。私が編集するから」


 沈黙が流れた。

 メイはそっと次の言葉を継いだ。


「妹さんもこの動画、見るよ」


 その言葉に、いろはの肩がぴくっと跳ね上がった。

 唇をぎゅっと結んだいろはは、小さくうなずいた。

 妹に見られると思うと、逃げられなかった。


「はい、がんばります」


 撮影が始まった。


「はじめまして。PENTARISの音成(おとなり)いろはです。16歳で、今年、高校2年生になります。趣味は歌を聴くことと、歌うことです。ぼくの歌で誰かが少しでも癒されたら嬉しいです。これからよろしくお願いします」


 途中、何度か言葉が詰まった。

 けれど、最後まで止まらなかった。


 撮影が終わった。

 メイはスマホを手に取り、動画を確認しながら言った。


「よくできたね」

「……本当ですか?」

「うん。いろはくんらしかったよ」


 いろはは信じられないといった顔でうなずいた。

 練習室から出る直前、何か思い出したように足を止め、メイに向き直った。


「お疲れ様でした!」


 さっきまで見られなかった、晴れやかな笑顔だった。


 ***


 練習室のドアが開き、理月(りつき)が入ってきた。

 迷いのない足取り。

 椅子にどかっと座る態度まですべてが自然体だった。


「足」


 メイの短い指摘に理月は反射的に姿勢を直した。

 やっと撮影であることに気づいたように肩を回した。


「コメントは覚えましたか?」

「まぁ……大体?」

「今日は時間がないので、撮り直しは厳しいです」


 理月は気まずそうに笑った。


「分かってるって。こういうのはその時の勘でやるもんだから」


 録画ボタンが押されると、空気が一変した。

 音楽は流れていないが、体はすでにリズムに乗っている。

 自信に満ちた立ち姿だ。


「はじめまして。PENTARISでダンスを担当している須賀(すが)理月(りつき)です。20歳で、昔、少しだけダンサーとして活動していました。ステージでメンバーと一緒に跳ねて、息を合わせる瞬間が何より幸せです」


 事前に送られていたコメントとは違う内容だったため、メイは少し戸惑ったが、理月は言葉を続けた。


「これからも俺たちのステージ、たくさん見せていく予定なんで。楽しみにしててください!」


「これで終わり」と言わんばかりの微笑みを浮かべた。


「どう?」

「もらった内容とはずいぶん違いますが、良かったです」

「用意したの、よく考えてみたら、俺っぽくなくてさ」

「そういうことなら、撮る前に一言ほしかったです」


 理月は頭を掻きながら言った。


「悪い」


 エネルギーは溢れている。

 ただ、そのエネルギーをどう扱うべきか、まだ分かっていないだけだ。


 ***


 (はるか)はドアの前ですでに準備を済ませていた。

 練習室に入るなり鏡の前へ行き、髪と服を整えた。

 どこかで見覚えのある仕草だった。


 椅子に座った遼は静かに視線を上げた。


「準備できました」


 メイはうなずいた。


「うん」


 録画ボタンが押された瞬間、空気が変わった。

 表情、視線、声まで、すべてが計算されたように自然だった。


「はじめまして!PENTARISの末っ子、知念(ちねん)(はるか)です。この春、高校に入学します。趣味は読書です。ジャンルは問わずなんでも読みます」


 キラキラとした笑顔。

 アイドルの末っ子に求められている、正確なトーン。


「まだ足りないところばかりですが、見守ってもらえるアイドルになりたいです。これからもよろしくお願いします」


 最後は手でハートを作って、カメラに向けて挨拶をした。


 撮影終了。

 遼の表情は、すっと無表情に戻った。

 メイはしばらく動画を見つめてから聞いた。


世奈(せな)……さんの動画、参考にしたよね?」

「……はい。4VEX(フォーベックス)若林(わかばやし)世奈(せな)先輩を参考にしました」


 遼の表情に変化はなかった。

 すでに『見せ方』を知っている子。


 メイは、ふとそう思った。

 型は完璧だ。

 だが、その奥がまだ見えない。

 この子をアイドルとして育てるのは、別の意味で一番難しいかもしれない。


 ***


 寛人(ひろと)は眼鏡をかけたまま練習室に入ってきた。

 ドアを閉めて、一度呼吸を整え、椅子に座った。

 メイは眼鏡に気づいて言った。


「また眼鏡ですか?」

「伊達眼鏡だよ」


 寛人は申し訳なさそうに眼鏡を掛け直した。

 カメラに映る自分の顔を確認し、姿勢を正す。


「コメントは覚えましたか?」

「一応覚えたけど……ちょっと緊張するな」

「他のメンバーは皆、一発で終わりましたよ」


 寛人は少し驚いた顔で聞いた。


「いろはくんも?」

「はい」


 寛人は素直にうなずいた。


「それじゃ、俺も頑張らないと」


 撮影が始まった。


「はじめまして。PENTARISのリーダー、愛川(あいかわ)寛人(ひろと)です。大学で経営学を専攻していて、アイドルを目指したのは他のメンバーより遅いです」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと話し続けた。


「それでも、このチームへの愛情は誰にも負けないつもりです。個性豊かなメンバーと一緒に成長していきたいと思います。よろしくお願いいたします」


 撮影が終わると、寛人は深くため息をついた。


「はぁ……終わった」

「終わったのは撮影だけですけどね」


 メイの言葉に、寛人は小さく笑った。


「あ、そうだ。さっき話してたレッスンのスケジュールの件、まとめたの、見たよ。ボーカルは週3回でいいと思うけど、ダンス練習は最初から厳しくした方がいいと思う」


 メイはスマホでスケジュールを確認しながら聞いた。


「先生方のスケジュールは大丈夫ですか?」

「振付の先生は調整済み。ボーカルの先生はまだ返事待ちだね」


 寛人は自然な動作でスマホの画面をメイに見せた。

 きれいにまとめられた表を見て、メイはうなずいた。


「こういうのはマネージャーがするお仕事なのに、寛人さんに任せきりで、申し訳ないです」

「俺、元々はマネージャー志望でここに入ったし」


 寛人はなんでもないことのように言った。


「今は人手が足りないし。俺にできることは、俺がやった方が早い」


 自分より年下にも丁寧で安定感のある話し方。

 アイドルよりは『社会人』に近い態度だった。


 彼がリーダーであることに間違いはない。

 そして、このチームを運用可能にしているのも、寛人だった。


 ***


 最後に(りん)が入ってきた。

 凛が入るなり、メイの口調は業務モードから少し外れた。


「凛、結構待たせた?」

「待っている間もやることは多かった」


 凛も普段通りの軽い調子で話し、椅子に座った。


「いろはがサボろうとしてたから練習させた。寛人さんはコンタクト忘れてたから止めた」

「……まあ、いろはくんはダンスが苦手だから」

「理月さんはまたいろはの面倒を理由にサボろうとしてた。ボーカルルームに戻してきた」


 メイは言葉を失った。

 自分が席を外している間、上の練習室がどのような有様だったか、目に浮かぶようだった。


「凛、苦労かけたね」

「仕方がない。みんな、まともなアイドルトレーニングを受けたこともないんだから」


 凛は淡々と言葉を続けた。

 その言葉に、メイは視線をそらした。

 統制の取れない状況の原因が、自分の力不足にあるように思えてならなかった。


「メイのせいじゃない」


 凛はメイの表情を読み取り、即座に言った。


「お前一人で背負うことじゃない」


 メイはしばらく何も言えず、うなずいた。

 凛は気持ちを切り替えるように言った。


「撮ろう。やることはまだある」

「うん」


 メイは何も言わずスマホの画面を確認し、録画ボタンを押した。


 凛はカメラのレンズを正面から見据えた。

 さっきまでメイと交わしていた緩い雰囲気は消え、まるでスイッチが入ったように瞳に力が宿った。


「はじめまして。PENTARISの雨夜(あまや)(りん)です」


 落ち着いた声。

 力を入れていないのに、その声がはっきりと耳に残った。


「俺たちはまだ足りないところが多いチームです」


 息を整える。

 その間も凛の視線は自信に満ちていた。


「もし俺たちを信じて、ついてきてくれたなら、皆さんの選択が間違っていなかったことを、俺たちのステージで証明してみせます」


 凛は最後にお辞儀をした。


「これからもよろしくお願いします」


 録画が止まった。

 練習室に静かな空気が流れ込んだ。


 凛は立ち上がり、さりげなく言った。


「もう全体練習入ってもいいか?」

「うん。あんたが他のメンバーに声かけている間、ここ片付けちゃうね」

「分かった」


 凛が練習室から出ると、メイは先ほど撮った自己PR動画を軽くリプレイした。


「本当に……デビューが目前だね」


 この個性溢れる5人を一つのチームにまとめること。

 それが当時のメイに課された、何より重い課題だった。



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