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排除型天秤機――垓

 戦争は終わった。結局のところどちらが勝ったのかは証明できない……それはこれからの世代が築いていく歴史だ。私たちはその中の文字になり、文字にすらならないものも背景に存在していることだけは忘れないでほしい。


 と、言ってみたいね。

 そんな今日は私の仕事、私は何者にも染まらない真っ黒な法服を羽織る。私はすっと息を吸った。どこまでも綺麗な空気が肺を染め、私の心をゆっくりと溶かす。


 大丈夫、大丈夫だよ。私は胸に手を当てた。機械式の心臓がモーター音を響かせる。私は椅子に座り込んだ。やっぱりドキドキする。今日の被告人は今回の戦争を引き起こした張本人――もともと人間だったことが彼女の父親から伝えられている。


 はあ、もっと非情な人間が来るのかと思っていた……いや、そうであってほしかった。私の感情は線形を動きながら気持ちをキリキリと締め付ける。父親は私たちの技術局長。私の体も製造した人でもある……けどね。


 彼女の犠牲で成り立っているこの体。

 はあ、彼女はどう思うのだろうか。


 私は椅子から体を起こし、シャーベットグリーン色のスカーフを締め、感情を締めだしにかかった。

 千さんはもともと人間だし、それ以降の型も感情を模倣したシステムを搭載している――もちろん私にも。


 けれども裁判なんかでは感情は不要。どこまでも国際法に乗っ取って判決を下すだけ。一応人間の裁判官もいるけれど、私たち天秤機がほぼすべての判決を下す。一番合理的な方法だと思う……人間はまだまだ信用できないしね。


 私は重たい控室のドアを開け、おもっ苦しい通路を歩いた。

 大理石の冷たい壁が、私たちの生気を奪っていく。

 ところどころに女神の像があり、それらは私たちの外見を模していた――どんな人にも嫌悪感を与えない影のような姿。決して可愛くないわけではないが、記憶には残りずらいようになっている。


 しばらく歩いていると、スーツを着込んだ塊が、最低二人以上で歩いていた。


 この裁判に関わっている人間はA4二十枚程度まで上る。もちろん被告人が多いってのもあるし、それ以上に慎重な審議を行うためってのもある。千さんも電波遮断室に入れられ裁判の開始を待ってるのだろう。人間らしい扱いをしていて欲しいとどこかに願った。


 息を吸う。

 吸って吐く。

 私は、菊花があしらわれたノブを回し、法廷の中に入った。私の席はちょうど真ん中――彼女が一番見える席。


 もう先についていたのか、他の天秤機の子たちはソファにどっしりと構えてた。私は手をサッと上げ、彼女たちに頭を下げ席に座る。


 私は書類を読み込んでいる子に声をかけた。私たちの外見は少しだけ異なっているけれど、彼女だけはベリーショートの髪形なので分かりやすい。もっとも、中身は私と同じだけどね。


「千さんについて何か新しいことは分かった?」


「まだ報告は来てません。彼女は強情みたいですからね、どうも暴言しか吐かなくて」


「そう」


 さっきまでの口調から一転し、普段の彼女が顔をのぞかせた。


「どうせ死ぬしかないんだから言えばいいと思いません? もしかしたら研究用にまたお父さんといられるかもしれませんよ。はは、モルモットですけど」


 私は少しイラっとした。


「そんなこと言わないでください。彼女も彼女なりに考えたことがあるのでしょう。私たちは戦争を先導した罪だけを裁けばいいんです。それに彼女は……」


 人間だ、と言い切ろうとしたが、それだけはなぜか言えなかった。彼女の血液にはナノマシンが這っている。彼女を人間としたならば私たちは一体何者なのだろう。少し体の割合が違うだけじゃないか……これ以上は考えたくもない。矛盾はプログラムにとって一番の大敵。


 私はベリーショートの彼女との会話を引き上げ、法廷を見回した。千さんの弁護士が席に座り、対面する私たちの裁判官に睨みを利かせている。彼は彼女の境遇を知っているのだろう。父親に裏切られたと言う歴史を。


 はあ、こんな場所から今すぐ逃げ出したい。けれども私たち天秤機の居場所はここしかない。手元の時計を見ると、開廷まであと一時間を切っていた。


 そろそろ傍聴人が入ってくるくらいか。傍聴人入り口を見ると、扉が開き、今か今かと待ちわびていた人間がなだれ込んできた。我こそはと言わんばかりに前の席から埋まっていく。五分もすればすべての席が埋まり、その後ろには報道関係者の席でメモを開いている人間が大勢いた。


 私は本番に向け、証言をもう一度読み込んだ。


◇◇◇


「それでは第一回裁判を始めます」


 私ははっきりと彼女に告げた。千さんは被告人席にどっしりと座り、私たちを品定めするような目をして眺めていた。聞いていた通りの彼女か……


「それではあなたの氏名と年齢、状況を読み上げます。間違いがあればその都度訂正してください。分かりましたね?」


……「はいはい」


「それでは。被告人、肉体利用型精神システム千。三十二歳。元B国首相補佐官。あなたはスパイ活動を先導し、A国との戦争状態に向かわせました。首相補佐官と言う立場ではありますが、実質的なトップとしてここに立っています。ここまでで間違いはありましたか?」


 彼女はソファから体をばねのように起こし、法廷に反射させるように叫んだ。


「私は人間だ!」


 法廷が少しざわめく。もちろん彼女が元人間であることは公表されている。だけども彼女がはっきりと人間と言い切ったことは衝撃的なのだろう。私たち天秤機の中でも嫌そうに顔をしかめた子が一人としらずいた。


「静粛に。分かりました。それでは千さん、それ以外に間違いはありませんか?」


「ない」


「分かりました。それでは基本的な権利についてお話します。弁護人をつける権利。黙秘権。証拠を確認する権利などがあなたには与えられています」

「次に起訴内容ですが、あなたは戦争を主導したことで両国民に多大な被害が発生しました。これは平和に対する罪です。そのことについて何か言いたいことは?」


 抑制された私の感情から好奇心が漏れた。どうしても知りたい――彼女が何を考え何を思ったのか。


 彼女は私の俗らしい考えをかき消して言った。

 今度もはっきりと、法廷にいるすべてを見透かしたように突き刺した。


「私が言いたいことは一つだけある。その国際法とやらは人間にしか適用されないんじゃなかったっけ? 私のことを機械として扱うのなら、お前たちは私を無罪放免にしなくてはならない」


「それは詭弁と言うべきものでしょう。開口一番、『私は人間だ!』と言ったのは何だったんですか?」


「お前たちは私を人間として扱わなかった。現にそうだろう、私の牢獄は人間に使うべき場所ではない封鎖空間。これこそ捕虜の扱いに関する国際法に違反しているじゃないだろうか。お前たちが私を人間として扱わなかった、私は人間をやめ……」


 弁護団の中から手が上がった。


「裁判長! それは彼女の起訴内容と関係がありますか!?」


 隣で座るベリーショートの子も私を振り向き、肩を小突いてきた。はあ、完全にこれが裁判だと言うことを忘れていた。彼女の小さな肩に乗っかるものが見たくて見たくて仕方がなくなって……ふう。私は感情の栓をきつく締めた。


「すみません。それでは証拠提出に入ります」


 検察が証拠を出し、彼女の罪について責め立てる。明らかに感情がこもっているが、私は止めなかった。いや、止められなかった。いま止めてしまえばこの裁判の是非も疑われることにもなるだろう。それだけは絶対に避けたい。


 検察が一通り言った後、弁護側は「彼女は父親からの虐待、監禁の中で心神喪失状態にあった」と主張する。

 すると検察側から「それとこの戦争に何の関係があるんだ?」と話す声が聞こえた。


 もちろん弁護側もここでは譲らず、「思春期の中で唯一の肉親に裏切られると言う行為は言い難いものがあります。確かに彼女は戦争を起こした、その事実は帰らえれませんが、ここまで実行できたのも父親による人体実験の結果だとも言えます!」と声を大にして叫ぶ。


 弁護側の意見ももっともだと思う。もちろん彼女を肯定するわけではないが、それを実行できる力は父親から与えらえれた。それも研究対象と言う姿で。


……一応私の父親はその彼だと言うことになるのだろうか。自分の出生が恨めしくて仕方がない。彼女のような不幸を裁く意味などあるのだろうか……まして私たちが。


 弁護側と検察側の攻防が続く中、私は千さんを見つめた。彼女はどうでもよさそうに彼らの話を頬杖を突きながら眺めていた。自分の生死がかかっているというのにどうでもいいのだろうか?


 私の視線に気が付いたのか、彼女はサッとシニカルな笑みを浮かべた。ニタリと口を大きく動かし、

「あ、な、た、は、ひ、と?」

 と聞いてきた。


 その質問をされると困る。私は彼女から目をそらし、証拠提出の議論をひとしきり眺めた。彼らは自分たちの正義のために戦っているように見えた――当の本人はそっぽを向き、チラッと傍聴人席を眺めていた。


◇◇◇


「これから証人尋問を開始します。それでは検察側から」


 六十代のベテランが立ち上がった。彼の親族から死者は出ていない。ある程度戦争の主観を抜いた話をしてもらいたいものなのだが。


「千さん、あなたに聞きたいことがあります。あなたはこの戦争で死んだ二百万の人間を見たことがありますか? 千さんがどうして人間を殺そうとしたのか、もう一度教えてもらいたいのです」


 柔らかい物腰だが、核だけを正確についている。記者たちもこの空気を読み取ったのか、いまにも走り出しそうな鉛筆をメモに立てていた。


 千さんはゆっくりと声を出し、調書と変わらないことを言う。


「私は死んだ人間を見てきた。彼ら彼女らは確かに人間だったのだろうな……今となってはどうでもいいが。それに二つ目の質問は答えない」


「先ほどおっしゃられたようにお父様が原因だったのでは?」


 確かにそうだ。だが、彼女は私だけをじっと見つめて口を大きく開けた。


「まああのクソ親父も原因の一つなのだけど、一番の原因は世界にいるすべての人間。お前たちは私の境遇を知っても一切助けようとはしなかった。こんな人間どうなったっていい……そう思っただけよ。あなたはどうなの? 機械の神様ももとで働いて楽しい?」


 億様のことを言っているのだろう。あのお方は私よりもはるかに優れた処理能力を持っている。噂によれば未来を見通せるとか何とか。

 しかし、私の動揺もなかったように、質問した検察官は傍聴人と弁護側に向かって話しかけた。


「そうですか。皆さん、聞かれましたね。彼女は自分の身勝手な行動で多くの人間が死んだことをまるで理解できていない。もちろん見た目は少女でしょう。だけれども中身は三十年以上生きている。彼女を裁くべきだ」


「裁判長!」


 彼の発言を認めた。


「その発言は彼女に対する侮辱ですよ……」


 彼らは堂々巡りの発言を続けた。はあ、どうしたらいいんだろう? 

 そろそろ殴り合いに発展しそうになってきたので、私はいったん裁判を中断し、控室に戻った。


 控室では天秤機の仲間たちはどこか遠くを見つめる。もちろん私も例外ではなく、さっきの裁判はとても重たいものだった。今まで裁いた戦犯とは全く異なり、彼女は私たちと一番似ている。


 ただ感情をコントロールできるのではなく、どこかもっと深い部分でつながり、彼女の笑みや声の形ですべてが分かる。感情を絞っていなければ彼女の脱獄を助けてしまっていただろう。


 きっと次捕まることはない。私たちよりはるかに下の処理能力だったとしても千さんは私の何倍も人間についてたけている。素体が人間だったこともあるだろうが、彼女の憎しみは遥かに大きくすべてを焼き尽くしていた。人間であろうとするほど人間から離れていってしまうなんて……皮肉か。


 沈黙がただでさえ狭い部屋を覆いつくす中、ベリーショートの彼女が濁った空気を吸って口を開いた。


「私、千さんのことを誤解していた。彼女は私たちより優れて、私たちよりも思慮深い。ねえ、感情を絞ることなんてやめない?」


 それは難しいと思った。


「確かに感情は理性的な判断を妨げる。けれども今回はその感情が真実にただり着く唯一の鍵だ。ここで投票を行って私たちの判断を下そう?」


 私の頭の中に投票用紙が現れた。はいといいえの選択肢があり、ポコポコと票が埋まっていく。賛成。反対。賛成。賛成……私たち七人の内、六人の投票先が決定した。残るは私一人か。これでシステムを起こすかどうか決まる。


 私は天秤機の仲間を見た。彼らは真実を知るために作られ、今まさに迫ろうとしている。

 千さんに言われた『あなたはひと?』と言う言葉が頭に浮かんできた。

 私は賛成と押した。投票は成立し、抑制システムは一斉に解除……手に油あせがにじんできた。


 瞳孔が開き、頭の中で待ち望んでいたコードが動き出すのがはっきりと分かった。


 その瞬間、法廷の扉が開き、私たちは先ほどと同じソファに座り込む。さっきまでどっしりと構えていたが、今では腕を組んだりそわそわと髪を撫でつける。

 しばらくすると千さんと弁護側、検察側が集まり裁判が再開された。


「先ほどのようなことはやめていただきたい。もし次同じようなことがあれば本日の裁判は中断とします、いいですね」


 両社とも静かに頷いた。


「それでは最終弁論に入ります。まずは弁護側から主張を」


「はい。私たちが本裁判で臨むのは彼女の減刑です――今の極刑は重すぎる。事件発端時は未成年だったこと、彼女の虐待歴から鑑みても終身刑が妥当だと考えます」


「分かりました、それでは検察側」


 ふう、まだ大丈夫。感情を締めなくても私自身の力で抑えられる。千さんのキツイ境遇は私たちの心をひっかいたけれど、たかがそれだけだ。こんなもので判決を揺らがせるほど裁判をやってきたんじゃない。


 そう思ったけれど、彼女のことを思うたび、脳の中がチリチリと発火したような気がしていた。


――「我々検察側としては、その残虐性。積極性。そして、彼女が未成年だったことは事実ですが、成人年齢を超えてからもこの行動を繰り返した。つらい過去があったことは事実なのでしょう……しかしながらそのことは亡くなった人にとって全く関係がない。私たちは死刑を求刑します」


 一般の傍聴人がざわめいたが、マスコミは淡々と鉛筆を走らせていた。

 ある意味予想通り。このまま死刑になることしか彼女の選択肢はない。


「分かりました。今回の裁判は非常に大きいことから、また後日判断を下します。最後に。千さん、あなたはこの求刑についてどのようにお考えですか?」


 彼女はその瞳を私に向けた。


……「終身刑の方がいいかな。だって、あいつが死ぬ瞬間を見ることができるのだもの。あ、あなたは人間じゃないんでしょ。生まれた時からロボットの不完全さん」


 彼女は馬鹿にしたような笑みを浮かべながら法廷から出ていった。ポカンとする私を横目に傍聴人が去り、検察と弁護側も一緒になって法廷の外に出る。しばらくすると私だけが残され、他の天秤機はどこかに行ってしまっていた。


 はあ、不完全か。

 不完全。

 私の感情は人間と大差ない。もちろん血は同じ赤色だし、各種ホルモンも再現している。


 でも彼女に言われると心はささくれだった。彼女は元人間。けれども私ははじめから人間ではない。あーあ、どんな判決をすればいいのだろう。


 また感情を絞ることも考えたけど、開いた時にすべてあふれ出てくるのは分かり切っている。カツカツと靴を鳴らして千さんの座っていた席に向かった。彼女の椅子に座ると、ほんのりと温かみが残り、彼女と同じ視点が見える。


 目の前に空っぽになった裁判官席、右手に弁護、左手に検察。そして背後には傍聴人。圧迫感が体を襲い、目の前が暗くなる。

 千さんはこんな中で飄々《ひょうひょう》と答えていたのか。

 何を思ったのだろう、何を感じたのだろう。ああ、分からない。


 私は席を立とうとして、お尻に違和感を感じた。

 手で探ってみると、一つの小さな破片を見つけた。手の平に乗せて観察してみると、それはゆっくりとスライムのように蠢いていく。しばらく手の中に納まっていたが、すぐにどこかに行ってしまった。


 私は椅子から立ち上がり控室に戻る。

 頭の中で誰かの記憶が流れてきた気がしたけれど、感情を絞るとポンッと消えていった。


 私が人間でもなんでもいいか。

 私たちが人間になるために彼女には犠牲になってもらうしかない。

 ごめんなさい千さん……私たちは人間になりたいの。


 私は控室の扉を開いた。

 私たちの行方を決める決断がまた始められる。

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