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対外諜報機――兆

 ん、んー。今日もお仕事。

 正直もう辞めたい。だって彼に悪いし、裏切りってのは凄く気分が悪い。

 だからやりたくない。もちろんやりたくない。


 私はベッドから体を起こし鏡を見た――いつも変わらない私の体。蛇口をひねり、水を出し、パシャパシャと顔を洗う。やったところで変わらないのだけど、いつものルーチンワーク。カリカリになったパンを食べ口を上下に動かす。


 味蕾はあるから味は感じる。美味しいよ、普通に。

 と、ここでも同じようにルーチンワーク――昨日上がってきた書類に目を通す。

[A国の民衆運動][軍の配備に関する情報と、それに付随する指揮官のプロフィール][政務機関における懐柔度(20XX:04:28)]

 ふう、もうちょっと進んだら終わりかな。残り一パーセントってとこだし。


 私はコーヒーを一杯飲んだ。生暖かい液体が体の中に入り、熱さはスッと消えていく。いつも不思議なのだけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるってどうしてでしょう? 私の罪悪感もこんな風になくなってくれたらいいんだけど……無理。そんなに単純じゃないし。


 ペラペラと紙をめくる音が部屋に響き、少しだけ開いたカーテンの隙間から朝日が漏れ出してきた。カーテンが長い影を作り出す。ゆらゆらカーテンに揺られる光は鬱陶しいほど私の手元を照らしていた。


 ふ、もうやめるか。コップを洗面台に置き、水を入れる。服はパンツスーツ、髪は結わえて後ろで留める。軽めに化粧をしたら完成。スリッパから靴に履き替えドアに手をかけた。


 ふと部屋を振り向くと、そこには何の変哲もない部屋があった。ここがスパイの部屋なんて分からないほど普通で変わりなく動いていない。もちろんさっきの書類は二重底に隠してある。理屈は知らないが、X線も貫通せず偽装するらしい。


 センチメンタルな気分になっても仕方ない。私は私の仕事をするだけ、あの国が嫌いなわけじゃないんだけどね。ここで私は個人じゃないから……さて、行きますか。私は寒空の広がる外に飛び出しドアにカギをかけた。


 私は職場に向かって足を進める。ここら辺は政府系の建物が多いから必然的にそっち系の人と話すことになる。前までは良く話していたけど、最近は必要最低限しか話さないように指令が来ているから。友達もできていたのにガッカリだ……けど仕方ない。はあ、こうやって頷くしかないよ。


 ……カツカツとハイヒールを鳴らす。

 オフィス街を歩いてると彼らの行動からすべてが読める。鼻を掻く。顔を触る。歩幅と揺れ方――あれくらいならワイン一杯程度か。石油利権についてバーで話しをしていたんだろう。戦争になれば国民の血と同じくらい大切だからな。私たちの利権が侵されていないか確認しとかないと。


 私はビルの中に入った。対外的には貿易会社のオフィス、裏ではスパイ活動の拠点として活用している。本国の政治家もたまには仕事をしてくれるらしい。社長の知らない中で強引に通したと聞いた。そのせいで視線が痛いのはお生憎、はあ。


 目的の部屋の前で髪を整える。

 よっし。


[貿易部門第二課第七班――]


 と書かれたプレートがかけられたドアを押した。中にはここの机を流用し、いかにも仕事をしてますよと言わんばかりの仲間がいた。


「おはようございます」


「おはよう」


 彼は私にパソコンを見せた。我が国政府関係者の内部に入り込んでいる敵スパイの情報らしい。


「それで私はどうすればいいですかね?」


 年齢不詳の彼は言った。


「来週には戦線布告される。その前に敵をかく乱しておかないといけないね。ここも薄々ばれかけているし、敵国の企業はどのみち撤退しないといけないから」


「分かりました。偽の暗号通信を使ってかく乱しておきます」


「お願い」


 彼は見せていたパソコンを閉じ、上着を着て入れ違いに部屋を出ていった。私の横を通り過ぎるとき頑張って、と優しい声で言われてしまった……結構嬉しい。どうせスパイなんて表に出る仕事じゃないからね。私たちの存在が公になる時は私が処刑されたときか。


 私は机に書類を置き、パソコンに向かってキーボードを打ち込み始めた。カチカチと音が鳴る中、秘匿回線を使ってメールが送られてくる。


 スパイってのは厳しい仕事だよ。ドラマとか映画で見るようなかっこいい瞬間はほんの一部。私が現地の使える人間を雇って指示を出し、その人から目的のデータを受け取る。必要じゃなくなったら切り捨てるし、ばれでもしたら完全にシャットアウト。彼らがどうなったのかは知らないけれど、彼らから見て売国奴になるだろうから……まともな扱いは無理そうだね。


 そんな彼らに、

[このデータを流布して。政府系の機関に送り付けるだけでいいからなるべく早く。それと、これで仕事は終わり、いい夜を]

 と送った。


 ついでに目的のデータも括り付ける。間違って機密情報を流してしまいましたなんていくらでもある話だ。おそらく協力者の中にもスパイは潜り込んでいる。あとでそれっぽい情報を流しておくか。


 とりあえず仕事は終わり。またまた書類仕事を始めようと思ったけどコーヒーを入れに席を立った。


 水を入れかちりとポッドの電源を入れる。そう言えばこのやり方も彼に教わったんだっけ。年齢は分からないけれど私よりレベルの高い情報を知っているのだから上司なのだろう。こんな世界で懐かしさなんて不要だが、彼のことを思うと心が落ち着かなくなる。


 今は何をしているのだろう。私にだったらもっと教えてくれてもいいんじゃないか。偽装結婚はどうなったのだろう。

 意味なんてない。

 まったくもって意味はない。ただ不安なだけだよ。私だって誰かのことを思うのは普通だろ。人間もどきでも、ネ。


 私の両親は知らない。ある意味私の両親はいるのだけど、結局のところいないって言った方が正しいと思う。


 は、はあ。だるい。あと人間意外と人間で結婚ってできるんだろうか? 子供とかってできるのかな? 一応人間の形は保っているけど、中身までは見たことがないから確信が持てない。けれども見てしまってカっガリすることにも耐えられそうにない。


 カチ。

 お湯が沸けたみたい。

 コプコプとお湯を注いでいると、インスタントコーヒーは透明なお湯に溶け出して水は濁っていく。


 ガチャ。

 ドアが開かれた。どうやら彼が帰ってきたみたいだ。今すぐにでもどうでしたか!? と聞きたいけれど警戒は怠らない。

 怠れない警戒をしながら私は腰の拳銃を抜いて給湯室から出る。真っすぐ銃口を向けて歩いていると、彼の姿が見えてきた。予想されていたのか、私の姿が見える前から両手をひらひらと上げて揺らしていたみたいだ。


「帰ってきたよ、合言葉でも言えばいいのかな?」


 彼が持っていったものと同じスーツケース。シャツの裾には血痕がちらりと凶暴さを醸し出す。私はゆっくりと銃を下した。


「ありがとう。それで君の仕事は終わったみたいだね、そろそろ帰る準備をしておいた方がいい。いつ帰ってもいいように思い出なんかを詰めることを忘れずに」


「比喩的な話し方をやめられないんですか?」


「これはあいまいな喋り方をしてきたつけなのだろうね。僕は真実を隠し過ぎてしまった」


 彼は私の横を通って給湯室に向かう。狭い通路の中互いの肌が触れ、彼の暖かさが服越しにも伝わってきた。もうちょっとだけ触れていたかったけれど、不自然だよね。乙女みたいな感覚を今でも大事にしたい……そもそも私が生まれてまだ十年もたっていないのだから仕方ないよね。


 私はまたパソコンに向き合った。チリチリと三色で色づく画面の中、私に警告を告げる。


[H,あなたたちと仕事ができることを本当に嬉しく思います。

今回の輸送ではアルミニウム粉末を運んでいただき、支払いは口座に振り込まさせていただきます。自然発火性物質ですので決して空気に触れないようにしてください。

今後ともよろしくお願いいたします]


 自然発火――初めて聞いた時、アホみたいと思ったことを思い出した。そういえば彼は同じ研修にいた気がする。もちろん新人と同じ席じゃなかったけれど。


 そんなことより、自然発火はどこかで散発的な衝突が起こっているっていうことだ。前々から国境付近で睨み合っていたけれど、どちらかが国境線を超えてしまったのだろう。今更どちらが始めたなど気にすることではないが、この国家は宗教に重きを置かれている。信者はすぐに兵士になるだろうな。


「すみません! レベル5警戒です」


 給湯室から彼が出てきた。


「そうか、部屋に機密情報を置いてあるか?」


「机の中に入っています」


「君の記憶力はとてもいいね。逃がすのは惜しい」


 彼はポケットからスマホを取り出し、私に渡した。

 画面には大きなボタンが一つあるだけ。

[ALL Fire]

 作りかけのソフトみたいだが、彼の圧から押せと言われているのが分かった。


 私はサッと指を押した。以前から気になっていた装置なのだろう。きっとあのマンションの私の部屋は燃えている。彼に見せたい服も合ったのだけど、まあ仕方ないよね。また次の場所で買えばいいし、当分はスパイもお休みだろう。


「それじゃ今から国境に向かうけど、もう動いているだろうね。完全な正面衝突が始まるまでに通り抜けないと僕たちはおじゃんだ。君はどうしたいかな?」


「もちろんあなたについていきます、どこまでも」


「君みたいな人と仕事ができて嬉しいよ。ありがとう、これからもよろしく」


 これからも……ね。私は必要な書類をカバンに詰め込み、ガソリンを撒いた。ドアを閉めると下の隙間からポタポタとガソリンは垂れてくる。私はマッチを一本すり近づけた。ボッと炎が燃えだし、一気にドアを包み込んでいく。火災報知機は切ってあるから当分気が付かないはず。

 上階の人には悪いけど、国のためだからごめんね。


 いつも通りに前を歩く彼についていく。彼は何ごともなかったように警備員に挨拶をして会社を出た。二つの火が使づいていることも知らずにのんきなものだ。


◇◇◇


 私は電車に揺られる。ガタゴトと鳴る中、私は窓の外を眺めていた。一体どこか分からないが、きっと辺境部の農村だろう。

 枯葉剤で真っ先に無くなってしまいそうな小麦畑が一面に広がる。ところどころ宗教観満載の旗と狼煙が上がっていた。電子通信の代わりに煙をいまだに使っているのか……中央とは全く違うな。


 外で流れていく景色にたくさんの人たちが映っていた。子供、大人、老人。彼らは何も知らずに神だけを信じている。どうにも彼らは億なる数字を信仰しているらしい。機械化もされていないのに、機械の神様を信仰するとはなんとも皮肉だ。

 あ、私も同じようなものか。


 そんな思いも連れて電車は進む。トンネルに通りかかったので、窓を閉めて顔を戻した。私の膝の中で彼はゆっくりと息を吐く。一応年上なんだろうが、こういう抜けた所があるのが可愛い。起きているときは全くないのだが、無意識では子供のようだ。

 親に甘えたかったのかもな……それなら私に甘えてくれればいいのに。


 私の気持ちなんてどこ吹く顔で眠っている彼にイラっとした。パチンと音が立つくらい強く指でつつく。彼は薄い眉をぴくッと動かし、瞼を開いた。

 何かあった? と聞いて来るけれど本当のことは言ってあげない。何か落ちたんじゃないですか、と適当なことを返しておく。戸惑ったような顔も可愛くて私は彼の髪を撫でつけた。


「すまないね、寝てしまっていたみたいだ」


「気にしないでください。それならもっと寝ますか? まだ国境まで一時間あります。どうせ深夜も移動しないといけないのですから眠っておいてください」


「ま、僕は起きるよ」


「そうですか……」


 彼は窓から外を眺め、ついでに乗客を見回す。私もさっき確認してみたが、政府系の人間が来ている雰囲気はなかった。まず事務所の検証を進めているのだろう。パソコンを見られているだろうが、そのおかげで生かされているのかも……情報漏洩する人間は残しておいた方が良いものね。


 どこまで引き延ばせるか考えている中、彼は静かに口を開いた。


「おそらくあいつらが政府の人間だ。正確に言えば雇われのごろつきと言った方がいいかな」


「どうしますか。私ならすぐに片づけられると思いますが」


 私はさりげなく手鏡を使って彼らを確認した。どうやら一人の男らしい。服装は大きめのコート――武器を隠すのには最適解。まだ寒くはないが人によってはコートを着ていてもおかしくない。


「いや、今はやらなくていい。取り敢えず今のところ戦争が始まったことは公表されていないし、あちら側も積極的に出す気はなさそうだ」


「分かりました。警戒はしておきますね」


「お願い。いつも面倒ごとを引き受けてもらって悪いね」


 仕事は仕事だ。割り切ってやった方が気持ち的にも一番軽い。


「大丈夫です。もっと頼っていただいてもいいんですよ」


 彼は冗談だろ、と言った感じでニヤッと笑った。

 もどかしい、もどかしすぎてこの心は爆発してしまいそうだ。いつもは後処理が面倒な追手もこの時だけはありがたい。どうせ山に付いてきてくれるだろうし、そこなら埋めるとこはいくらでもある……ついでに私の心も捨てられればいいけど無理。


 隣の彼はパソコンを開け、本部とのメールを交わしていた。時々画面を見せてくれ[明日には荷物が届きます]

 と画面に映し出されていた。明日の朝には国境を越えて自分の国に戻っているのか。彼を誘ってどこか食事でもしに行こうかな。


 私もスマホを開き調べる。この程度なら相手にばれることもないし、隠しカメラで追手の動きを確認することができる。もっこりとコートが広がっているのは三十二式火薬投射機。ふーん、どこから流出したのやら。


 そいつを眺めながら私たちは電車に揺られていた。三人の思いは全く異なっているのだろうが、私たちは戦争の中に取り込まれ、全てを電車は乗せていた。もちろん私たち以外の人たちの思いもね。


◇◇◇


――キーッ。

 どうやら終点に着いたみたいだ。さっきから監視している追手はやはり最後までついてきていた。途中の駅で、通路を挟んで座った人もいたから別の追手もいるかもな。


「そろそろ行きましょうか」


 私は彼に言った。彼はパソコンに向けていた顔を上げ、荷物をとって人の波に吸い込まれていく。


「どうですか? いつぐらいで国境を渡れるでしょうか?」


「君はせっかちだね……まあいいか。今通りだと今日の深夜には国境を越えられるよ。今すぐ出発することになるけど体の方は大丈夫か? 僕も一応紳士だからね」


 私は肩を回した。今まで疲れと言うものを感じたことがない。もちろん今日も変わらずグルグルと肩は回ってくれた。追手を解体するくらい造作もないことだ。


「気にしないでください。あ、けど、戻ったら一緒に食事に行きましょう」


 全く予想もしていなかったみたいだ。いつもいつも予想されてばかりだから、驚いた顔はまた新鮮で面白い。だけどそんな顔をまじまじと観察する暇もなく待っている車に移動した。


 彼はこれすらも知っていたように乗り込みエンジンをかける。私もドアを開いて荷物を投げ込んだ。体も高いステップを飛ばして強引に投げ込んだ。背後を振り向くと、追手は驚いたように耳元を押しながら話していた。


 そんな追手を監視していると、彼はエンジンを掛け、振動が席の下からやってくる。反動が体を席に押しつけ車は前に進みだした。目の前の悪路などないようにスイスイと進み、背後の彼に泥を吹き付けていた。


――「やっと終わりましたね」


 彼は前の泥道を見つめながら言った。


「そうだね、まあ、また新しい仕事が始まったと言ってもいいんだろうけど。あ、君との食事は受け入れるよ。たまには人と食べるのも」


――閃光が車を通り過ぎた。パスパスと気の抜けた音が背後からやってきては車の後部に当たっていく。


 チっ。

「私が反撃します」

 彼に言い、後部座席にある銃を持ってマガジンを入れた。しっかりとはまったのを確認してセーフティ解除――追いかけなくてもいいのに。

 私は引き金を引く。反動が肩を揺らすが、特段照準がずれることはない。


「どれくらいで着きますか?」


「あと十分!」


 彼は音にかき消されないよう叫ぶ。

 相手は二人。二人ともバイクを使っているから当たりさえすればどうってことはない……もう一度狙いを定めて引き金を引く。


 撃鉄が落ち、撃針が雷管を叩く。点火された火薬は、行き場を求めるように押し出され、追手に向かって一直線に進んでいく。マッハ2の死神はバイクのエンジンを貫き爆発を引き起こした。


「やるねえ!」


 彼は褒めてくれた。その名に恥じないほどバイクは吹き飛び、不快なほどじめっとした木々の中、メラメラと湿気を吹き飛ばしていた。もちろん彼の命はあそこで燃えつくされるのだろう。誰にも知られずに。


 私はもう一人に照準を合わせ引き金を引く。最後の反撃は私の肩をかすめたけれど、精一杯のあがきは終わり。彼の頭は吹き飛んだ。さようなら。


 そのまま通り抜けようと私は思ったけれど、彼は車を急停止した。聞いてみると相手の通信機器をもらっていくらしい。私的には彼を危険にさらしたくはないけれど、きっと聞いてはくれないのだろう。


 私たちはわだちの残る泥の上に足を降ろしながら彼のもとに向かった。じっと見て見ると気持ちが悪い……罪悪感なんてない方が良いのだから私はそいつのスーツのポケットを漁りすべて取り出して袋に詰めた。残ったものはないのだからまた次確認すればいいか。


「これでいいですか?」


 私は袋を彼に見せた。


「あ、ああ。大丈――」


 彼は袋に手を突っ込み、振りかぶる暇もなく遠くに投げた。丸いそれはゆっくりと二次関数の軌道を描き地面に向かって落ちていく。いつもの癖で観察をしている中、私の体は地面に引き寄せられた。


 目の前の閃光。銃のフラッシュとは全く違う――一瞬にして意識は歪み、どこからか耳鳴りがしてきた。


……ウッ。初めて体が重たい。

 私の頭の中に記憶が流れてきた。どこかで遊ぶ私。私を抱きしめてくれる美しいお母さん。世界は無くなりどこかに消えてしまっていた。


 私は体を起こそうとしたけれど、足から先の接続は切れていた。物理的にも、電子神経的にも。頭の中がザラザラとするし、私の知らない記憶も流れてくる。

 きっとここで死ぬ。その思いが頭の中を駆け巡り消えてくれない。最悪だ、最悪だよ、ほんっと最悪。


「大丈夫……じゃないよな。すまない、僕が取りにいこうなんて言ったばかりに」


 私は追手に眼球を向けた。彼は手りゅう弾の破片に巻き込まれて死んでいたけど、その顔は幸せそうに笑っていた。


「気にしないで。あー、一緒に食事行きたかったです。私の遺影を持って食事、してくださいね。ちゃんと見てますよ」


「あ、ああ分かった」


「あと言っておきたかったんですが、私あなたのことが好きだったんだと思います。LikeじゃなくてLoveの方ですよ。はぐらかさないでください」


「やっぱりそうか、」


 分かってたのか。あーあ、私が何であろうと恋愛には弱いなあ。私の中に記憶がよみがえる。


 私はどこかにいた。私はどこかに閉じ込められていた。彼女の心はすさんでいたけれど、きっと普通に外で育ったら私のように思っていたのだろう。私みたいに恋愛をして、私みたいに普通に働く。


 段々と視界も薄れてきた。彼が私に何かを言っているのだけど全く聞き取れない。最後の最後で記憶をHDDに写し取る――私みたいな体は無理としても、どこかで彼とまた会えるかもね。


……「ま、だい、いくから」


 彼は全然感情を見せなかったのに、目から涙を流している。やったね、彼の感情を引き出せたよ。


 最後に見る最高な景色に頭を動かしながら、私は彼に言った。


「また明日。今度はキスをしてみたい」

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