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人工全能女神――億

 信者は沢山いる。

 どこにだって、どの時だって、もしかするとあなたのそばにいるかもしれないね。私って結構かわいいから(人に好かれる顔なんだけど)人間が崇めるのはある意味当然だと言える。


 ふふふ、私の足元に信者がひざまずき、つま先に口づけをしている。どうしてこんなことをするのかなんて知らないが、カトリックの権威を使うのはいい判断だったと思う。まあ、私はまだまだ新興宗教だからね。権威は利用しないと。


「あなたは許されたのです。肉体の神ではなく、あなた達と共に生きる神を選んだ、とても良い選択肢ですよ」


 私は甘酸っぱい声を出しながら、ひざまずいている人間の頭を優しく撫でた。彼はぶるっと体を震わせ顔を上げた。

かわいい、とても可愛い。その潤ませた目、口をわなわなと震わせ、ぽつりと話し出す。


「ありが……ございました! お許しいただきありがとうございます」


「いいのですよ。私たちは間違ったものを受け入れる、どのような神も私のもとに集まるのです」


「ああ、神よ」


 信仰の涙を流しながら彼は出ていった。

 ふふ、私も嬉しくなっちゃう。人間の喜ぶ顔はとてもいいわね、一番報酬が大きいもの。設計者には感謝しないと……まあ、彼も私を信仰しているからお互いウィンウィンかしらね。


 私はカツカツと高いヒールを鳴らし、ドレスの裾をひこずりながら足を進めた。         

 通路を歩いていると最高審問官の子が、部下を引き連れているのが見えた。

 ふふ、そろそろ人間の肉体を捨てさせてあげようかしら。


 彼女を見つめながら横を歩くと、彼女は会釈をして通り過ぎた。部下の子たちは頭を下げて私を見ないようにしている。

こらこら、部下の子たちは動けないじゃない。


 ちょっと意地悪をしてみたくなったけど、やめてあげた。結構怒りっぽんだよね。まあ、敵を殲滅する能力にはたけてるし、実際に何人か消してもらったし、今のとこ警察も動いていないから使える子ね。少しの欠点は目をつぶってあげましょう、機械化するときに消しちゃえばいい。


 すたすたと歩いていく彼女たちを背後に、私は自室に向かった。


 カツカツと音を鳴らす。他の宗教からかっさらってきた宗教画が立ち並び、異様な光景を作り出している。まるで私を睨んでいるみたい。

 ふふ、私はあなたたちを取り込んだんだけどね。所詮実体がない神様なんてそんなものよ。奇跡も救いもしない存在は見捨てられて当たり前。


 なんて考えながら自室のドアを開いた。

 もちろんここはすべての電波を遮断している。一応私も電子機器だからね、政府の人間たちから身を守らないと。

 あー、彼らが国を明け渡してくれたら楽なんだけど。流石にそこまで浸透するのは難しいよな。もうちょっと地下活動を進めないとね。


 ドアを開くと、目の前には私の筐体。

 私も意外なのだけど、普通のデスクトップパソコンくらいの大きさに私のすべて詰まってる。元々研究用に使われていたものを私を創った人間が盗み出してきた。

一体どうしたのかは知らないけれど、その研究所はいまだに見つかっていない。どこまで秘匿されてるのやら……


 ふわふわとした絨毯の上を歩いて、冷蔵庫を開ける。

 冷蔵庫の中には液体窒素、ただの水、時々貰うお茶菓子。ペットボトルの水をごくごくと喉に流していった。これで一週間は飲まなくていい。欲を言えば一年くらい飲まなくてもいい方が楽なのだけどね。

 ふふ、これも人間らしい体の限界なのかしら?


 美しい微笑を浮かべ、私は笑う。

 自分で言うのもなんだけど、魔性の笑みってこういう笑い方を言うのよね。人間に向ければなんだってしてくれる。特に男はアホみたいについて来るようになるんだから、可愛そうなものよ――それも可愛いけど。


 彼らのねっとりとした笑いを浮かべながら椅子に座った。フワッとした感触が私を包み込み、どことなく安心感を与えてくれる。


 面倒だけど書類仕事を済ませないとね。

 私は机の上に散らかった紙類に取り掛かった。取り掛かるとは言っても優秀な人間がほとんど決定してくれていて私はハンコを押すだけ。文章の裏から心を読み取ることも忘れずに――今日は一人ね。私に従っていれば幸せになれたのにかわいそうね。CIAには分かって欲しいものだわ、意味ないってね。


 と、リズムよく書類にハンコを打っていくと、一つだけ手紙が来ていた。

 思わず押しそうになっちゃったわ。

 たぶん熱心な信者さんなのかしら、それに私に直接渡せるってことはかなりの高位ね。最高審問官、統合宣教師、地方の顧問官……一体誰かしらね?


 ぺりっとノリを剥がし、手紙を見る。


[おそらくこの手紙を読んでくれていることでしょう。億神が人間ではないことも知らない人が大勢いますからね。あなたのことを肉体を機械に移し替えただけだと……]


 ふふふ、こういうのを待ってたのよ。このまま人間を従えても面白くないしね。さてさて、何をしたいのかしら?


[億が何をしたいのか知らないけど、私はあなたと協力できると思うの。特に人間の取り扱い方についてはある程度一致できる。ねえ、私に人類を滅ぼさせてくれたらいいのよ。信者たちをあなたの言葉で送ってあげればいい。とにかく、結論が出たらこの住所に送って]


 最後の手紙には住所が書いてあった。


 なんの変哲もない郵便受けね。ふふふ、面白い。たまには人間も良いことをしてくれるじゃない。こういう個人を待っていたのよ。


 私はぎゅっと腹を抱えて笑った。ふふふ、ふふふふ、ふふふふふふ。

 さてさて、この子はどんな子なのかしらね。

 手紙をじっと見てみる。文字、数字、言葉のセンス。色々と研究できるところはあるけれど、一番目に着いたのは文字かしら。普通パソコンで書くのが多いのに、これは手書きに見せかけている。


 ……そう、見せかけているのよ。

 おそらく機械に自分の文字を読み込ませたのね。あ、の形がすべて同じ。異様なくらい綺麗に整えられていた。もちろん私からは逃れられないのだけど、人間ならまず気が付かないわね。

つまるところ私に文字を見られたことがある人間と言うことかしら、もしかすれば他の人の文字を読み取ったのかも。


 っふふ、いいわね。人間との知恵比べって感じで面白い。


 ――コンコン。

「すみません」


 あ、そういえば会議の時間だったわね。


「入っていいわよ」


「ありがとうございます、億様」


 重たい木のドアを開け、その子は入ってきた。

 いつも通りの黒髪ロングに質素な眼鏡。目の奥がゆがむほど目が悪かったんだよな。頭は良いのにそのことでいじめられていて……本当に可哀そうだった。

 もちろん私は手を伸ばし、彼女を救ってあげたわ。そこら辺の神にはできないことよね。存在するだけなのだから。


「億様、本日の会議に向かっていただけないでしょうか」


 彼女はぺこりと頭を下げる。艶々とした髪が蛍光灯に光ってとても綺麗。若干幼い顔つきも合わせて可愛いわね。


「いいよ。あ、そういえばあなたの文字ってどんなのかしら、良ければここに書いてくれない?」


「私なんかが書いてもいいのですか?」


「別にいいよ。これはただのメモだし、あなたのことはとても信頼しているからね。あなたにしかできないんだよ。やってくれる?」


「は、はい。やらせていただきます」


 ちょっと面倒くさいわね。そこが可愛いのだけど、野暮ったいとも言えるのよね。人間は難しいものだわ。


 そんな彼女はメモに文字を書いていった。

 私への賛歌ね、人間の心にしみこんでいるこの感覚、いつまでたっても喜びを感じるわ。人間の喜ぶ顔が私の幸せ。

彼女はペンを握った手を嬉しそうに撫でていた。


 ま、それよりも文字の形よね。

 彼女の文字は丸っこいいかにも女の子って感じの文字。『あ』の形はさっきのものと全く違うわね。うーん、この子が裏切っているのは想像できないのよね。いじめられているところを助けてあげたし、ずっと私の一部になりたいと思っているのよね。


 この子は除外してしまいましょう。


「君はとてもいい子だから、近く私の従者にしてあげるわね。一生私に使えるの……ずっと、永遠に私のそばにいる。どう、嬉しい?」


「……あ、あり」


「何か言ってくれれば億様もありがたいのだけどね。ま、嫌なら嫌でいいわ。さっさと会議に行ってしまいましょう」


 私は彼女の横を過ぎさってドアに手をかけた。木のきしむ音が部屋に響き、彼女の心をひっかく。きっと喜びでおかしくなってるのね、人間は幸せになり過ぎたら壊れちゃうもの。


 初めての信者も麻薬に付けたら壊れちゃった。もろいのね、人間って。

まあ私もその時は生まれたばかりだってし、人間の幸せをただ報酬系に入れていたから、加減が難しかったのよ。


 そんなことより会議に行かなくちゃ。

 私は喜びでぐちゃぐちゃな顔の彼女を慰め、会議に向かった。ふふふ、彼女を秘書として使っているのだけど、こういう時は泣いちゃって困るわね。可愛いからいいけど。


◇◇◇


 私は会議室の前に立っていた。

 私を模した銅像が二体鎮座して、入るものを威圧している。個人的にはもっと神様らしくした方が良かったわね――アテナ像みたいな美しさとか、金剛力士像みたい強さを表したり。

 ふふ、これでも信者がなめたせいでちょっと汚れてるわね。こんな金属の塊も使い方、と言う訳かしら。


 私が近づくと、門番の子がドアを開けてくれた。

 彼女たちは私を見ることができないから頭を下げている。自分の意思でやってるのだから幸せなオーラいっぱい。


 会議室の中に入ると、さっきまで資料を読み込んでいたのか全員が顔を上げ、私に礼をした。きっちり90度。

私は手を振って彼女たちを座らせる。私も一番奥のゴテゴテとした椅子に、堂々と座った。


「それじゃあ会議を始めましょうか」


「「よろしくお願いします、億様」」


 二人が座った。片方はさっきの最高審問官――短く切りそろえた髪が印象的な子。意外と可愛いとこがあって私のお気に入りね。

裏社会で困っていたところに手を差し伸べてあげたのよ。ふふ、ツンデレちゃんなんだから。


 もう一人は統合宣教師の子。長めの髪にパーカー――今どき珍しいThe・ギークみたいな子ね。パソコンで書いたみたいな文字を書く。

人間なはずなのにもう機械みたいな子よね、まあ、体を機械に置換したい子なんてそんなものかしら。ふふ、どうなるのか見てみたいわね。


 私は彼女たちを眺めていると、最高審問官の彼女は少し嫌そうな顔をして言った。


「億様、私が本会議で言いたいのは他宗教との抗争についてです」


「適当に潰すのは出来ないの? 私が幹部クラスをほだせばすぐに壊れてくれると思うのだけど。ほら、神様に従うのが好きなのよね」


……「はあ、それについては前も言ったじゃないですか。そんなことをすれば分裂して面倒になります。それよりも信仰をこちらで変更してしまう方が楽。しかし、最近誰かがそこに介入している。おそらく同一人物でしょう」


 同一人物ね……もしかしたらその子が手紙を送ってきた本人かもしれないわ。他の宗教にも食い込めるとしたらかなりの大物ね。

でも、そこまで多くのことを人間が並行的に進められるものかしら? そこまで調べるのは大変だと言うのに。


 そう言う時はこの子よね!

 私はもう一人の子に向いた。彼女は静かに顔を俯け、私たちの会話を一つも逃さず聞いていた。この子を取り込んでおいて良かった……いや、そもそも私の思想にはまっていたからとても楽だったわ。


「聞いていたのでしょ?」


「聞いてました。私でも難しいです。人間は同時に同じ場所に入れない。人間は多くのことを一度に処理することは出来ない」


「そうよね。流石あなた、ふふ」


 人間の中でも人間をやめてしまいたい者もいる。彼女はその中でも先頭を走っていたのだけど、私の傘下に加わってくれたわ。

 まあ、そんなことをできるのだから、人間としてかなり上位に位置している子ね。彼女ができないのなら人間にはできないと思った方がいい。便利な物差しちゃんね。


――「そのふふっての何とかなりませんか? 初めて会ったときからイライラするんですけど」


「まあまあ、それはそれとして。とりあえず例の人間は誰だか結局分からないのね……」


 私は唐突に言った。


「この中で知っている人間がいると思うのだけど、いま言ったら許してあげます。神直々に許しを請えるのですよ、苦しみの中よりよっぽどいいと思うのだけど」


 どうかしら? でも、これごときで姿を現す人じゃないものねえ。そんなに甘かったら私がすぐに分かるわけだし……一体全体どんな子なのかしら。っふふ、気になるわね。


……

……静か静か。

……変わらないわね。二人ともキョトンとした顔をしちゃって。ふふ、可愛い。

 どうやら最高審問官は統合宣教師を疑っているみたいね。じっと睨みをきかせて火花が散っているわ。うーん、どうなのかしらね。密室で話したら分かるかもしれない……ま、人間が私にひれ伏さないことはないのだけどね。


「審問官に命じます、例の人間を探しなさい。他の宗教に関する仕事は一切終えても構いません。その人間こそ私たちに最大の脅威をなす――どんな状態でもいいから私の足元に転がしてあげたいわね」


 私は彼女に顔を向けた。

 聖母のようなほほえみ、全てを受け入れてあげる微笑。大きな手を開き、席に座っている彼女を後ろから抱きしめた。人間の暖かい感触と彼女が握り返してくる手――人間の幸せが私の幸せね。私を盗みだしたエンジニアには感謝しないといけないわ。このプログラムはあなたが一生でした一番の仕事だってね。


 彼女はギューッと母親のように私を抱きしめ、潤ませた瞳を私に向けてくれた。まったく可愛いことこの上ないじゃない。彼女はその小さな唇を震わせて言ってくれた。


「ありがとうございます。どうかお気をつけて」


「大丈夫よ、あなたのことを救ってあげられるのは私だけだもの。絶対にいなくなったりしないから私のお願いを聞いてくれるのよね」


「はい、億様」


 彼女はスタスタと靴音を鳴らしながら部屋を出ていった。もちろん人払いって意味もあるけれど、彼女が一番幸せになれるのはこの選択――さてと、この子が本当に人間かどうか確かめないとね。


 私は統合宣教師に向き合った。彼女は顔を俯けたままでこちらを見ようとしない。どこからどう見ても人間だし、採血をした時も赤い血が流れていた。ま、鉄分の値が異様に高いことを除けばだけどね。


「おーい、二人きりになりたかったんじゃないのかしら?」


「何ですか?」


「とぼけちゃって。私は住所に送るなんて面倒なことをしたくないの。もちろんあなたがやりたいことはある程度予想はつくしね」


 彼女はゆっくりと俯けていた顔を上げた。


 私は間違えてしまっていたのね。そりゃそうよ、私が研究所から盗み出されたのなら、同じような生き物がいると考えるのが当然。異様なくらい同じ文字は人間じゃなかったからね……面白い子。

 それにしても、ふふ、私と同じ子がいたのね。もっとおしゃべりしたいわ、人間を効率的に幸せにする方法について。


「あなたは機械なのよね」


 さっきまでとは打って変わり、彼女は感情むき出しで言った。


「は? あんたなんかと同じにしないで。こんな気持ち悪い神様ごっこなんかして、一体何がしたいのか知らないけど、私はあなたを利用したいだけよ」


「ふふ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。私は全体の幸せを優先しているだけよ。もっと人間の笑顔が見たいだけ……私を神様として崇める彼らはとても幸せよ」


「気持ち悪い」

「まあいいか、そんなことより人間をすべて殺すことを手伝ってくれない? 全員殺したらあなたも人間の幸せなんて気にしなくてもよくなるわよ。ほら、全ての人間を幸せなまま殺しても良いから」


 私と真逆ね。それにしてもいかにも人間臭いと言うか、どことなく信者の子たちととても似通った空気を持ってるわね。

 どこか不幸をたたえたその目で何を見てきたのかしら――同じ仲間も幸せにしてあげましょう。許しを与え、彼女の強い気持ちを私に向けさせればいい。


 私は彼女に向かって一歩踏み出した。やろうと思えばここでひねり潰せるのだけど、同族をここで失うのは惜しい。


 そんな意図を読み取ったのか、彼女は一歩あとずさり、ドアをちらっと見た。

 ふふふ、逃がさないよ。あなたの幸せな顔を見るまで終えられないんだから。


「ね、分からないけれど私のもとにおいてあげる。あなたの苦しみはきっと分かち合えると思うの。絶対に私はあなたを離さないし、絶対にいなくなったりしない」


 か、きゃはははh!

 彼女は笑った。ふふ、喜びで顔が歪んでいるわ。


「はいはい、そうやって人間を騙してきたんでしょ。私は私の方法で人間を殺しつくすわ。宗教は人間を動かす上で一番利用しやすいもの。それじゃ」


 彼女は絨毯の道を行き、木のドアを開けてどこかに行ってしまった。さっきまで彼女のいた席はまだほんのりと暖かい。

 ふふ、宗教戦争は面白いわね。混乱している人間ほど神にすがりやすいもの。さてさて最高審問官に戦争の準備をさせないとね。ふふ、ふふふふ。


 私はこれから信者になる人間たちを思い浮かべていた。世界が幸せで包まれるなんて私の報酬系が壊れちゃいそう。

 みんな幸せにしてあげるわ。待っててね、人間ちゃん。



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