石田三成の矜持 大一大万大吉 佐和山の風
佐和山・・・それはかって、浅井長政の元で活躍した磯野員昌が治め、今、石田三成が治めている地。そして幕末、国を憂い散っていった井伊直弼が生まれ育った地。
一行は、今、その地に足を踏み入れました。
「甚吉さんが言ったことは本当だったんだ。なんて賑やかなんだ」
「そうであろう。先日、来たときも賑やかだったが、今日もかわらぬ賑わいをみせておる」
「そういえば・・徳川様は、一度、ここにいらしたと仰っていましたね」
「実に惜しい。これほどの国を作れる男と戦いたくはない」
「徳川様、先を急ぎましょう。秀頼、完子、大丈夫か・・・なんなら今日はどこかで宿をとるか」
「いえ、先を急ぎましょう。私はまだ歩けます」
「完子も歩けます」
秀頼と完子はてをつないで前を歩いてます。その後ろを家康・且元・そして、万福丸が続いてます。
「よい子たちだな・・・わしはあの子達を巻き込んでしまったのか。わしは間違っていたのか」
「徳川様・・秀頼と完子が決めたことです。私達は二人を見守るしかありません。秀頼の言葉に石田殿が耳を貸してくれればいいのですが・・・」
その頃、佐和山では三成が腹心の島左近と煮凝りで一杯やっていました。煮凝りとは魚の煮汁が冬の寒さでゼリー状に固まったものです。
「殿はこの煮凝りがお好きですな」
「はは・・かっての主・浅井長政公はこれをマグロだと言い張ってな。黒いからマグロだと・・そのような戯言を仰るところのある人だった」
「それでは某もこれをマグロだと思うことにします」
そこへ慌てて、入ってきたのは一人の家臣でした。
「殿~!」
「どうした?騒々しい?」
「大手門に客人が参っております」
「客人?」
「驚くことに徳川家康様・・豊臣秀頼様・・完子様・・片桐且元様・・それに薬師の方が同道なさってます・・・」
「偽物であろう。追い返せ」
島左近がそう言うのを三成は押しとどめました。
「偽物としても、そのような不敵な奴ら、面構えを拝んでやろうではないか」
二人は大手門に向いました。
そこにいたのは紛れもなく、秀頼 完子 後ろに控えていたのは徳川家康、片桐且元、そして万福丸でした。
「久しぶりじゃの。治部」
「内府殿・・・」
「わしはその方に頼みがあってまいったのじゃ。そのために秀頼様に同道いただいた」
「殿、とりあえずあがっていただきましょう」
一同は茶室に通されました。
三成は茶を点て、それぞれに差し出しました。
「ずいぶんと質素な暮らしぶりじゃな」
「はは・・内府殿に我が家の台所事情を心配していただけるとは」
秀頼と完子は茶の味に顔をしかめてます。
「秀頼様と完子様には菓子を用意させましょう。左近、誰かに言って菓子を贖うてきてくれ」
「城に菓子の一つもおいてないのか」
「ご存知の通り、台所事情が苦しくて・・・たまに領民の者が私に食べてくれと農家のおかみさんなどが差し入れてくれます」
「なんと・・・そのようなものを不用意に口にしているのか」
三成、且元、万福丸はお互いにうなずきました。
ああ・・・三成も自分の身体を毒に慣れさせているのだ。また、父・長政のつらそうな顔が浮かびました。
ややあって家康が口を開きました。
「単刀直入に言おう。その方が上杉と呼応して兵をあげると心づもりだと聞いた。その矛を治めてくれぬか・・・この佐和山で・・この佐和山の民と共に笑って暮らしていけばよいではないか」
「・・・・・・・・・・・」
「三成、そなたの大義名分は私を守ることであろう。だが、私は戦場には出ぬぞ。それでも、三成は戦うというのか」
「秀頼様・・・」
「大義名分なくしてどうして戦うというのだ」
「大義名分などどうとでもなります」
「三成・・かって我が父・浅井長政は志賀の陣のおり、主上の扱いにも首を縦に振らなかった。だが、朝倉義景殿の男手を返してやらねば女子供が難渋する。その言葉には頷かれたのじゃ。かって、父に仕えたことのあるそなたなら、その志がわかるであろう」
三成は一瞬、遠い目をしました。そして、こう告げたのです。
「あなたがたは知っているはずだ。それが、叡山焼き討ちなどの数々の悲劇を生んだことを・・・また、私が、今、たたねば、秀次様がなぜ死ななければならなかったのかわからぬではないか」
「三成・・・」
一同は秀頼と完子を見ました。
「石田殿・・・何を話すつもりだ。秀頼や完子に聞かせてよい話ではない」
「叔父上、秀次様とは誰ですか」
「秀頼、お前は知らなくてよい。完子も知らなくてよい」
「いえ、万福丸様、いずれ知ることです」
「完子はまだ7歳、秀頼は6歳だ」
「いえ・・・知っていただいた方がいい。聞いていただけますか」
秀頼と完子は頷きました。
「本来、秀次様は太閤殿下の後を継ぐ方でした」
「父上の・・・」
「秀次様は関白として、太閤殿下の唐入りを止めようとしたのです。それが太閤殿下の逆鱗に触れてしまいました。私はずっと後悔しておりました。なぜ、命に変えても太閤殿下に諫言しなかったのか。なぜ、もっと、秀次様をもっと説得して逃げていただかなかったのか」
「三成、私が朝鮮から帰ってきて聞いたのは秀次御一家の悲劇だ。信じられなかった。皆はお前が秀次様を太閤殿下に讒言したと思っている。なぜ、言わない?自分は讒言などしていないと。私は知っている。お前がそのような非道な男ではないことを」
「且元、お前も武士ならわかるだろう。言えるわけがない。そのような言い訳めいたこと。私の武士の矜持が許さない」
「佐吉・・・」
「久しぶりに、その名を呼ばれたな」
「石田殿・・・私は知っている。あなたが、あの方の妻子を手にかけたのは、他の者の手を汚したくなくて、自ら手を汚したのだと・・・」
「万福丸殿・・・」
じっと・・・三成は手を見ました。目には見えなくとも、その手が血にまみれていることを三成は知っています。
「治部・・・・優しすぎるのだ・・・そなたは・・わしは秀頼様に孫の千を嫁がせようと思っている。いわば、徳川から豊臣に人質を出すということだ。それでも矛を治めてくれぬのか」
「三成・・私からも頼む。私はじいも三成も大好きなのだ」
「秀頼様・・・」
三成の目には涙が溢れそうになっていました。それでも三成は言ったのです。
「秀頼様・・・これを・・・ご覧ください」
三成が取り出したのは三成の大一大万大吉の旗印でした。
「大一大万大吉」(だいいち・だいまん・だいきち)・・・一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下は平和で幸福(吉)になるということです。内府様と私との大義とはあ言い入れぬものです」
「確かにわしの大義とそなたの大義は違うようじゃ」
「内府様・・・私のような者に慈悲をお見せくださり感謝いたします。私も負けるとは思っていません。勝機はあると思っています。戦場で相まみえましょう」
「そうじゃな・・秀頼様・・皆・・参りましょう」
「三成・・・」
家康に促され、茶室を出ようとする秀頼は振り返り三成をじっと見ました。
三成はただ、床に手をつき、黙って頭を垂れていました。
一同が去った後・・左近は三成に告げました。
「このまま返さず、家康を殺し、秀頼様をこちらに絡め取りましょう」
「左近・・・」




