佐和山ー磯野員昌からー石田三成
「どうかしましたかな」
「いえ、秀吉が生前、私に言ったのです。父は私を守るために大勢の人を巻き込んで命を奪ったのだと」
「そうですか。そんなことがあったのですか?」
「・・・・・・・・・」
「やはり、浅井長政殿が羨ましい。わしにはできぬことです」
「なぜですか?大勢の人が死んだのです。私にそのような価値があったとは思えません」
「理屈ではないのですよ。親が子を思うというのは。北政所様から、太閤殿下が生前に書いて反故にした書を見せてもらいました。なんて書いてあったと思います?」
「・・・・・・・・・」
「秀頼のことをくれぐれもお頼み申し候・・・何枚も何枚もです。あれほどのことを成し遂げたお方でも、最後に祈ったのは、天下のためでもなく、民のことでもなく、秀頼公のことだけだったのです」
「わしも、浅井長政殿や太閤殿下のように生きたかった。愛する者のために生きたかった・・・」
「徳川様・・・私は怖いのです。秀頼はまだ6歳です。なのに賢すぎます。優しすぎます」
「そうですな。実はわしが秀頼公に会いに来たのは、その秀頼公の賢さにすがろうと思ってきたのです」
「どういうことでしょうか?」
「秀頼公に治部(石田三成)を説得してっもらおうとしてやってきたのです。わしは治部を死なせたくない・・・」
「ここへ来る前、佐和山へ寄って参りました」
「佐和山?」
「かって、あなたの父上が最も信頼していた磯野員昌というお方が治めていた土地です」
「磯野員昌?」
「ご存知ですか?」
「名前だけは」
「今でも姉川のおりの勇猛さは語り草になっています」
「・・・・・」
「姉川のあと、佐和山城に退かれたのですが、まもなく、佐和山は丹羽長秀殿の軍に囲まれてしまわれました。浅井長政殿も何度も佐和山に荷駄を送ろうとしたようですが、その都度、その荷駄は織田方に奪われてしまったと聞いています。進退窮まった磯野殿は自分の命と引換えに城兵の命を助けてくれるようにと丹羽殿に申し出られたとか」
「丹羽殿も磯野殿を殺すのは惜しいと思われたのでしょうな。磯野殿の身を預かると信長公にもうしでられた」
「佐和山城が開城されてしまったのです。浅井長政殿は小谷城に人質として出されていた磯野殿の母を斬るしかなかった」
「・・・・・・」
「意外ですか?」
「いえ、その話はお師匠様から聞いたことがあります」
「お師匠様?」
「父に仕えていた薬師で、私を育ててくれた人です」
「そうでしたか。それでも磯野殿は丹羽殿に言ったそうですよ。浅井長政殿のために、もう人働きをしたいと」
「母を殺されたのにですか?」
「それだけ、浅井長政殿をしたっていたのでしょうな。あなたの父上とはそういうお方だったのですよ」
「よいところです。佐和山は。磯野殿の治世は治部に受け継がれたのでしょうなあ。わしは治部を殺したくない。わしの片腕にほしいと思っているくらいです。ですが、治部は、佐和山で大人しくはしてはいないでしょう。わしの言葉は届かなくても秀頼公が治部に戦うなと言ってくれれば聞く耳を持つかもしれません」
「叔父上・・・」
「もう、秀頼ったら、せっかく捕まえたちょうちょをすぐに逃がしてしまうんだから」
「ごめん・・・ごめんってば・・・でも、捕まえても籠もないしどうしょうもないじゃないか。籠があっても閉じ込めるのは可哀想だろ」
「そうか・・・そかもね・・・」
「ところで、じいは私に何か用があって来たのではないのか。私の顔を見に来ただけではないだろう」




