浅井長政殿が羨ましいー徳川家康の羨望
数日後、片桐且元が訪ねてきました。
「なんだ、助作ではないか。朝鮮に行っていたと聞いたが、帰って来ていたのか。随分、やつれたな」
「ああ、朝鮮ではなかなか物資が届かなくてな、佐吉(石田三成)も国内では苦労していただろうが、私も苦労してな」
「そういえば、お前は朝鮮で兵站を請け負っていたのだったな」
「あら、あら、片桐様じゃありませんか。お久しぶりですね。万吉さんもいくら片桐様が幼馴染だからって、いつまでも助作なんてよぶなんて失礼ですよ」
「小夜殿か。何、構わんよ。もう、わしを助作とよんでくれるのは万吉ぐらいだ」
「そうですか。まあ、片桐様がいいって言うんならね。で、今日は何の御用で」
傍らでは秀頼と完子が遊んでいました。且元はちらりと秀頼の方を見ました。
「助作、あの子らは私の甥と姪で秀吉とお完だ」
「秀吉とお完・・・」
万吉と且元はお互いに頷き合いました。そして、且元は小声で小夜に気づかれないように言いました。
「秀頼様がここにおられるときいてな。徳川様が秀頼様に会いたがっている」
「徳川様が?徳川様は長浜に来ておられるのか」
「しっ」
且元は人差し指をたてて口に当てました。
「あっ・・・ああ・・・」
「徳勝寺におられる。秀頼様と来てくれぬか」
「わかった」
「小夜殿、私は徳勝寺に出かけてくるよ」
「ああ・・お師匠様とお袖ちゃんの墓参りだね。行っておいで」
「秀吉とお完も一緒に行こう。お前たちのおじい様たちもそこに来ているらしい」
「私たちのおじい様?」
二人は怪訝な顔をしました。
徳勝寺に着くと、浅井家の墓の前で手を合わせている徳川家康の姿が見えました。
「じいではないか」
秀頼は家康にかけよりました。
「おお・・・秀頼様・・・しばらく見ないうちに少し大きくなりましたな」
家康は秀頼を抱き上げました。
「完子殿もすっかり女らしくなられて」
その言葉に完子は少しはにかんでます。
「そうだ。じいいにあったら頼もうと思っていたことがあるんだ」
「なんでございますか。じいにできることなら、なんなりと」
「うん、伯父上が書き留めている薬草などの知識のことなんだ。きけば、最初はじいが言い出したことでというではないか」
「そういえば、そんなこともございましたな」
「だからね、じいが後ろ盾になってほしいんだ。きっとみんなの役にたつよ」
「それはよいことを考えられましたな」
「それでね。それを書き写すものがいるだろう。前に伯父上と千吉おじさんが話しているのを聞いたんだ。仕事がなくて困ってる人がいるって。その人たちに頼んだらどうかなって・・・」
「秀頼、それは大考えだと思うが、読み書きもできないものも、世の中には多いんだ」
「そうかあ・・・でも・・覚えればいいんじゃない。私もまだ、字が書けないんだ。私も字をおぼえたいよ。きっと読み書きができるようになれ、みんな役にたつよ」
「それは、いい考えですな。拙僧も力になりますぞ」
いつの間にかそばに来ていた雄山和尚が言いました。
「あっ・・ちょうちょ・・・ねえ・・秀頼、捕まえてよ・・」
「わかったよ・・」
秀頼と完子はちょうちょを追いかけていきました。
「父の墓に手を合わせてくださっていたのですか」
「意外ですか」
「ええ・・徳川様は父を恨んでいたのでは?」
「そうですな・・・恨んで・・・恨んで・・・そして・・・羨ましかった」
「父がですか」
「わしが、我が子の信康や妻の築山を死に追いやった話はしましたな」
「ええ・・」
「あのとき、あなたは言いましたな。信康と築山のために信長と一戦しようと思わなかったのかと。わしにはできなかった。さぞ、信康や築山はわしを恨んで死んでいったことでしょう。でも、あなたの父上は違った。それゆえに、淀の方はじめ、浅井長政殿のお子たちは浅井長政殿を慕っておられる。だから、わしは浅井長政殿が羨ましいのです」
「浅井長政殿の生涯は短かったが、長く生きてきたわしに決して劣るものではない」




