お館様は大莫迦者じゃ
万吉が帰ると片桐且元がいました。
「助作か、まあ、入れ」
「今日は邪険にしないんだな」
「お師匠様が亡くなられてな。いま、千吉と徳勝寺に葬ってきたところだ。お師匠様の位牌に線香の一本でもあげてくれ」
「弥助殿が」
万吉が位牌をちゃぶ台の上に置くと且元は手を合わせました。
「弥助殿も、万福丸様、いや、万吉を守ることができて、満足度しているだろう」
「うむ。父上とお師匠様のことは雄山和尚より聞いた」
「それで、今日はなんの用だ?」
「少々、また、きな臭くなってきてな。秀吉様と徳川家康殿との間で戦になるようでな。しばらくここに来れないから暇乞いにきた」
「徳川家康?なぜ、羽柴殿と徳川殿との間で戦になるのだ?父上と違って、徳川殿は信長がなくなるまで、同盟者であり続けたお方ではないか。羽柴殿が信長の嫡孫である三法師殿を担いでいる以上、徳川殿は戦をする理由がない」
「そうなのだがな。どうやら、信雄様が徳川殿に泣きついたらしい」
「信雄?織田信雄殿か?」
「そうだ。嫡孫とはいえ、三法師様の母上は身分の低い女性だ。それに引き換え、信雄様の母上は信長様の正室であられた吉乃様だ。信雄様としては自分こそが織田家の当主となって当然という気持ちがおありだろう。だが、秀吉様に対抗するだけの力が無い。だから徳川殿を頼ったのだろう。徳川殿にしてもかっての同盟の相手の子息から頼まれれば嫌とはいえまい」
「まあ、我ら、浅井の遺臣たちは徳川殿が相手と聞いて色めきだっているのだがな」
「なぜ、徳川殿が相手だと浅井の遺臣たちが色めきだつのだ?」
「万吉は幼かったから、覚えておるまい。龍ヶ鼻の戦で、徳川殿さえいなければ、あの戦は浅井軍の勝利だったのだ」
「あの頃、我らはお館様の元でもとで戦えば、勝利は当然のことだと思っていた。事実、我ら浅井軍は織田軍を蹴散らしていた。しかし、朝倉軍を追い払った徳川軍が襲いかかってきたのだ。徳川の軍と織田軍を相手にしなければならなくなって、浅井軍は小谷城に退くしかなかった。ある意味、徳川殿はお館様の仇だ。秀吉様に仕えていても浅井に心を寄せるものも少なくない」
「そういえば、いまだ、父上の墓に手を合わせてくれるものもいるときいた。助作もそうしてくれているときいた」
「うーん、私はお館様に感謝しているからな。私が秀吉様の元でどうにかやっていけているのもお館様のお陰だ。お館様は私に武略、知略はいうに及ばず、どんなに兵站が重要かも教えてくれた」
「浅井の家は滅んでしまったがお館様の志を継ごうとしているものも多い」
「父上の志?」
「お館様は人の才を見抜くのに優れていた方でな。与吉(藤堂貴虎)や佐吉(石田三成)もお館様の薫陶受けていた。与吉は築城の才があり、佐吉は文治の才がある」
「そうなのか。私は父上から何も学ぶ事ができなかった」
「そうでもないぞ。こうして薬師として立派にやっているではないか。それもお館様が万吉に弥助を付けてくれたからではないか」
「そうか。そうだな」
「実はな我ら三人は小谷落城の前にお館様に織田に降ってくれと説得にいったのだ」
「父上は承知しなかったのだろう」
「ああ、だから我らは言ってやった。お館様は大莫迦者だと」
「それで、父上はなんと?」
「微笑んでおられた。そして、我らに仰せられた。わしの様な大莫迦者ではない、良き主に仕え、一廉の武将になれと。そうして我等に感状を与えてくださってな。その感状には我らが羽柴殿に仕えるに足る推薦が書かれておった」
「人が良すぎる。なんなのだ。父上は?」
「そうだ。人が良すぎる。だから大莫迦者だと我らはお館様に言った。そして、こうも言った。だけど大好きじゃと」




