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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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血の業を背負わせないでください

長浜で元の日常にもどった万吉の元にもさまざまな噂が聞こえて来ました。

徳川秀忠に嫁いだ江に姫が生まれた。五大老、五奉行制が敷かれた。朝鮮への出兵がふたたび行われたものの旗色は悪くなっている、伏見で地震が起こり、伏見城が崩壊したなど…


1598年 春、豊臣秀吉は大がかりな醍醐花見をおこない、そこでで茶々と龍子が盃争いをしたなどという噂も聞こえてきました。


醍醐の花見から数ヶ月後、秀吉は伏見で寝込んでしまいました。

秀吉はもう長くないだろうと言う噂が聞こえてきました。


「あの…秀吉が…」


伏見城で秀吉は臥せっていました。

「誰じゃ…ま…万福丸…また、文句を言いにきたのか」

「いえ、茶々と秀頼を迎えに来ました」

「茶々と秀頼を…」

「徳川さまはじめ、誓詞を差し出させたそうですね。そんなものが何の役にもたたぬことを誰よりも知っていたのはあなたではありませんか」

「………」

「あなたが築いてきた、その血の業を秀頼に背負わせないでください。秀頼が、天下を欲しいと言いましたか?」

「……血の業か……」

「私の父の話をしましょう。父は小谷城から私を落とす時、言ったのです。浅井の再興など考えずともよい。優しい女を妻に娶り子を生み育て幸せに生きて天寿を全うせよと。あなたも父なら、秀頼を解放してやれませんか」

「血の業か……確かにわしの生涯は血塗られたものであった」

「秀頼を市井で生きさせませんか?秀頼はまだ6歳です。今しかないのです。このままでは好むと好まざるをえずに、秀頼は破滅の道を進む事になります」

「市井で生きるか…それもよいかもしれんな…」


「……おね、おるか。淀も……」


絞り出すような秀吉の声に応えるように、襖が静かに開きました。

そこにいたのは、天下人の妻として、母として、この激動を共に歩んだ二人の女です。

「淀…よく、今まで支えてくれた。だが、もうよい。秀頼と共に万福丸殿の元に参れ。」

「おね…」

「ここにいます」

おねは秀吉の手を握りました。

「おね、わしはなぜ、偉くなろうと思ったんじゃろな。おっかあやおとうのいうとおりだった。お前がいてくれればそれでよかったのに」


「お前さまがいたからこそ、この国は平和なんです」

「そうです。殿下がいたから、この国は平和なんです」


「ありがとうよ。二人とも……」


足軽の身分から天下人までのし上がった一代の英雄はこうしてその生涯を閉じました。



露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢





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