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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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余計な才などない方が長生きできますな

ふたたび、長浜に居をおくことを決めた万吉は落ちついたところで、千吉と一緒に徳勝寺に出かけました。


二人は浅井家の墓と、師匠、お袖の墓に手をあわせました。

住職の雄山和尚が茶を振る舞ってくれました。

「申し訳ござらんな。拙僧には利休のような上品な茶は点てられん」

「いえ、いただきます」


「おいしい」

竹阿弥のお茶を彷彿させるような茶だと思いました。


「あの…住職はご存じでしょうか?父が織田信長に刃向かったかった理由を…」

「おい…万吉…」

千吉は万吉の言葉を咎めようとしたのですが…


「そうですな。浅井長政公は敦賀を守ろうとしておられたのです」

「敦賀ですか?その時、敦賀は朝倉領です。なぜ、父が…世間で言われているように朝倉家への義理ですか」

「それも少しはあったかもしれません。それよりも何よりも敦賀を守ろうとしたのは民のためだったのです」

「どういうことですか?」

「ご存じかもしれませんが、長政公は農に限界を感じておられた。だから、商業に活路を見出そうとされていた」

「それは秀次様から聞いたことがあります。父の家臣であった宮部継潤から父の教えを授けられ、近江八幡で、それをなされたと。秀次様が近江八幡でなされたことは元は父の政策であったと」

「秀次様…そうですか…思えば、お気の毒な方でした。長政公もそうですが優秀でありすぎました」

「………」

「いっそ、余計な才などない方が長生きできますな」

「敦賀は朝倉家にとっても浅井家にとっても生命線でした。敦賀は古来より外国との貿易で栄えてきた港です。長政公はその貿易によってもたされる富によって人々を富ませようと考えられたのです」

「信長公の楽市楽座も元はといえばそれに近いことを長政公が小谷城城下でしていたのを信長公がなぞったにすぎません。あ…これはいささか、長政公びいきがすぎましたかな」

「秀吉は朝倉義景殿は信長に逆らう気持ちなどなかったのにそれを止めたと」

「それは事実です」

「なぜですか?朝倉義景殿が上洛していれば、織田信長も越前に攻め入ったりはなさらなかったのでしょう」

「朝倉義景殿が越前を留守にしたらどうなります。越後から上杉の兵が…加賀の一向一揆が、そうなると越後で平和に暮らしている人々はどうなります」

「………」

「長政公は越前の民のために止められたのです」



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