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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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父のおもい

江が佐治与九郎に嫁ぎ、初が京極高次に嫁いで間もなく、万吉と千吉を育ててくれた薬師が亡くなりました。二人は相談をして師をねんごろに弔うとともに、浅井家の菩提寺である徳勝寺に葬ることに決めました。


徳勝寺の住職である雄山和尚は驚いていましたが二人が生きていたことを喜んでくれました。

「それにしてもお二人共立派になられた。しかも薬師とは、泉下の長政公も、さぞお喜びのことでしょう」

「そういえば、昔、お師匠様から聞いたことがあります。父上は薬師の道を進みたかったのではなかったかと」

「そうですね。あの方は浅井の家に生まれなければ、さぞや立派な薬師となっていたことでしょう。ですが、あの方は優秀過ぎました。優秀であるがために、久政公に不満を持つ浅井家の家臣たちに担ぎあげられてしまわれた」

「お祖父様に不満を……」

「ええ、長政公が生まれたとき浅井家は六角氏の支配下にありました。それをよしとしないものも多く、いわば無理やり久政公を隠居させ、まだ15歳であられた長政公を浅井家の当主と仰いだのです。長政公はその期待に応え、倍する六角氏の軍を破られました」

「うん、野良田の戦いだな。確か、父上が初陣を飾られた」 

「ええ、わずか15歳であられましたから、その武勇は天下に轟きました。その武勇を誇るような方であればよかったのですが」

「何か、問題でもあったのですか」

「浅井軍が屠ったもの、自分の指揮のもとに死んでいったもの、巻き込まれて命を落とした民たち、みな、命の数だけ、確かな未来があったはずなのだと仰って、大層、心を痛めていらっしゃいました。ですが、人前で、そのようなことは口にできぬと拙僧に零されました」

「………父上が、そのようなことを」

「ええ、世間ではあの方を江州一の剛の者よ、猛将よと持ち上げていましたが。本当は気の弱い心のお優しい方でした。万福丸様が生まれたときも、自分の手は血にまみれている。武将というものは大義名分をかかげて戦をするがとどのつもりはただの人殺しだ。この子に人殺しはさせたくないと」 

「………信じられん。あの父上が」

「申し訳ありません、長々とつまらぬ昔話をしてしまいましたな。ですが、そのようなお方でしたから、今も片桐且元様や藤堂高虎様たちも、長政公の墓に手を合わせに参ります。それに弥助も万福丸様がこのように立派な薬師になられたのですから、長政公にご恩を返すことができたと満足しているでしょう」

「お師匠さまが?」

「弥助の二親は野良田の戦いで巻き込まれて命を落としたものでしてな。長政公は不憫に思われたのでしょう。小谷に連れ帰っで薬師としました。自分の果たせなかった夢を弥助に託していたのかもしれませんな」

「長政公も巻き込まれて命を落としたのは弥助の親だけではないが少しでも償いになればと」

「そうか。それでお師匠さまは、私たちを愛情深く育ててくれたのか」

「おそらくは」 


徳勝寺からの帰り道、万吉は言いました。

「私は父上は強い方だと思っていた。強い父は私の憧れだった」

「がっかりしたのか」 

「いや。小谷城から私を落としたときの父の言葉を思い出していた」

「お館様はなんと?」

「浅井の再興など考えずともよい。優しい女を娶って子を生み育て幸せに生きて天寿を全うせよと」

「そうだったな。お館様の、そのことばがあったから、お前は浅井の家を捨てたのだったな」

「だが、私は女というものがよくわからん。助作はなかなかいいものだと言っておったが」

「まあ、いいもんだぞ」 

「え?」

「実は私は嫁を貰おうと思っている」

「そんな、いつの間に」

「小夜というんだ。器量はそれほどではないが気立てのいい女でな、腹に子もいる」

「祝をいうべきなんだろうな」

「お師匠様の喪が明けたら一緒に暮らし始めようと思っている。むこうも親、兄弟のいない身の上なのだ。小夜とならうまくやっていけると思う。私は親に恵まれなかったが、わが子は精一杯愛情を注いで育てたいと思っている」


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