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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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異母兄上はもう手をさしのべてくれない

「殿下…異母兄上の無礼は私が幾重にもお詫び致します。どうか、お心を静められて下さい。お拾いがおびえています」

いつもと違う父の様子が怖かったのか、お拾いは茶々の袖を掴んでいました。

「おお…お拾い…怖がることはないぞ。父がお前の為にならぬものはすべて取り除いてやるからな」

打って変わって秀吉は優しい笑みを浮かべお拾いを抱き上げ、そのまま、行ってしまいました。


「異母兄上…」

「茶々は知っていたのか。父上のこと」

「そんなこと、どうでもよろしいわ」

「どうでも…お前だって、あれほど父上に可愛がられていたではないか。父上をあのように…」

「異母兄上は悔しかったのでしょう。父上をあのように侮辱されて。殿下にとって、異母兄上が言ったのは大政所さまを侮辱されたのと同じことですわ。でも、今はそんなことより、考えなければいけないのは江と完子のことですわ」

「どういうことだ?」

「異母兄上にはわかりませんの?いつ、殿下の矛先が江と完子に向かうか」

「なぜだ?江や完子が何をするというのだ」

「何もしませんわ。でも、殿下にとって、江と完子は秀次様の奥方様たちお子様たちと同じ立ち場なのですよ」

「江と完子には何の力もない。それに女だ」

「秀次様の奥方様たちやお子様たちにも何の力もありませんでしたわ。中には姫君もいらしたのですよ」

「………」

「だから、殿下の矛先が江たちに向かう前に逃がしたいのですわ」

「ちょっと待ってくれ。それがなぜ、徳川殿への輿入れということになるのだ。そのようなことをしなくても私が江と完子を連れて行く」

「異母兄上は殿下のお拾いへの執着がわかりませんの?きっと、草根をかき分けてでも探し出しますわ」

「だが…徳川殿は妻子まで犠牲にする方だ。そのようなところに江を嫁がせるのか」

「だから安全なのですわ」

「………」

「父上や殿下は情に動かされる方ですわ。でも…徳川様は違います。少なくとも殿下のように将来起こるかどうかわからないあやふやな推測でことをおこそうとはしませんわ。今、殿下に対抗できて、安全な場所ですわ」

「だが…江の気持ちはどうなる?まして、徳川殿とは年が違いすぎる。お前と秀吉のことを思えば無理のない話かもしれんが」

「家康殿ではありませんわ。嫡男の秀忠様です。秀忠様は旭様がとても可愛がられていた方で、旭様の養子でもあります」

「そうか…それでも…江は秀忠殿より六つも年上だ」

「秀忠様はとても真面目で誠実なお人柄のようですわ。それに江は殿下の養女として嫁ぐのです。私の妹です。蔑ろにはされないはずです」

「そうか…お前がそこまで考えているのなら、私はもういうことがないな。私はここを離れるよ」

「異母兄上…」

「秀吉にあれほどのことを言ったのだ。もうここにはいられない。お前だって、いつも、私に余計なお世話だと言っていだろう」

「どちらに?」

「そうだな。長浜に帰って、また、薬師に戻るよ」

「そう…ですか…」


異母兄上はいいわ。帰るところがあるのですもの…もし…異母兄上の手をとっていたら…

それは…北ノ庄城が落ちた時であり、秀吉の妻になる時であり、鶴松を亡くした時であり…

もう異母兄は自分に手を差しのべてくれない……それは…自分で選んできたことであると思いながら…茶々は…独りごちるのでした。




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