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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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近江商人

お拾いが生まれ表面上は何事もなく過ぎていました。

翌年、浅井長政の菩提寺が完成しました。浅井長政の戒名から養源院と名付けられました。

今日はその落成式でした。


「ねえ、これをご覧になって」

茶々は1枚の絵を広げました。その部屋には茶々、万吉、初、江がいました。

「父上と母上の肖像画よ。父上の17回忌、母上の7回忌に描いてもらったものよ」

「あら、父上はこんなに太っていたかしら」

「そうだね。私が覚えているのはもっと凛々しい方だったような。徳川様も父上は天下一の美丈夫と呼ばれていたって言っていたし」

「それは、浅井長政殿が領民から差し入れられたものは躊躇なく口に入れていたから、そんな方は太っているのではという印象から描かれたのではないかと思います」

「あら、秀次様、いらしてくださっていたのですか」

「淀の方様、我らはいずれ姑、舅という間がらになるのですからもうすぐ打ち解けて欲しいものです」

「どういうことでしょうか?」

「叔父はお拾い様と私の姫の一人と娶せようと考えています。それにあたり、天下を五つ似分け、その一つをお拾い様に与えようという考えなのです」

「それは…」


よかった。秀吉様は理性を失っていないようだ。


「話を戻しましょう。浅井長政殿は本当に気さくに振る舞っていました」

「でも…そのように不用意に食べ物を口にするのは?」

「まあ…これは私の養父であった宮部継潤殿から聞いたことなのですが、自分の身体を毒に慣れさせていたそうですよ。何でも薬草などの知識には詳しかったそうですから」

「確か…父上は薬師になりたかったと聞いたことがありますが…その知識はそのような事に使うしかなかっただなんて」

「ごほごほ…あ…失礼しました。万福丸様、よろしければ、また、聚楽第にいらして下さい。子どもたちが薬師様は、今度はいつ来るのかと姦しい」

「ええ…近いうちに。大阪城に帰る前にうかがいます」

「では…これで…」


「茶々、心配することもなかったようだ。秀吉様は理性を失っていない」

「ええ…よかった。」


後日、万吉は聚楽第を訪れました。万吉は子どもたちに会うのも楽しみでしたが、秀次から聞く父の事を聞くのも楽しみでした。それに秀次の咳も気がかりでした。


「私が幸運だったのは養父が宮部継潤殿だったことです」

「ですが…あなたは小谷城に取り残されたと」

「それは仕方ないでしょう。誰だって血も繋がらない養子より血のつながった子供の方が可愛い。それでも、浅井長政殿の温情で小谷城から逃れられた私は宮部継潤殿からいろいろな事を学ぶことができました」

「もともと、近江は惣村(村による自治が認められていた)の多い地域です。あなたの父上が治められていた江北も…だから、それほど年貢米に頼ることはできなかった。それで、あなたの父上は商業に活路を見出そうとした」

「そうです。天候などに左右される年貢米よりは商業だと。近江商人と言う言葉を知っていますか」

「近江商人?」

「ええ…各地で商品を売りさばき、その代金でまた、商品を仕入れ、そのいく先々でまた、売りさばいて帰ってくる。私が近江八幡堀を治めていたときもそれをしました。ですが、それを始められたのはあなたの父上です。まあ…私も宮部継潤殿に聞いた話ですが」

「ごほごほ…」

「大丈夫ですか?咳に効く薬を作って来ました」

「ああ…やっぱりあなたは優秀な薬師ですね。この咳は子供の頃からです。しばらくは治まっていたのですが、関白になって、またぞろ、出て来ました」

「激務なのですね」

「今、なんとか戦は治まっていますが、叔父は諸侯を朝鮮から引き上げようとはさせません。諸侯の戦費の負担は大変なものでしょう。叔父に批判がこないよう、諸侯には便宜をはかってやらねばなりません。早く、徳川様が…関東から戻って来てくださればいいのですが」


「徳川様ではなく、ご自分が天下を統べればよいと思われませんか?」

秀次は首を振りました。

「私に能力がないことはわかっています。朝鮮のことにしても三成や行長に頼り切りです。あの二人は明国を動かしてこの戦を終わらせようとしています」

「朝鮮で苦労している諸侯にしても、この戦は不本意なものでしょうが…その不満は叔父ではなく、三成に向かっています。諸侯たちは朝鮮で苦労しているのに、安全なところから指示だけ出す三成は恨む対象なのです。朝鮮に食料その他諸々を送るのは戦場で戦うよりも、ある意味難しいのですが。戦を終えることができればなんとか仲を取り持たねばなりません。それができるのは私ではなく徳川家康殿なのです」






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