関白としてやらねばならないこと
「秀吉様は?」
「帰られたわ。大阪城に移る用意をしておくようにと」
「そうか…」
「異母兄上、お願い。聚楽第な行って欲しいの」
「秀次様のところへか」
「そうよ。秀次様の真意はわからない。でも…とっても恐ろしいことがおきる気がするの」
「恐ろしいこと?」
「異母兄上もさっきの殿下の言葉を聞いたでしょう。この子のために世界までとるなど」
「落ち着いて。秀吉様は若い頃より大言壮語で有名な方ではないか。いくらなんでも世界など」
「ええ…そうよ。だけど怖いのはその言葉をことごとく現実にしてきたことよ」
「本当に…いくら…秀吉様でも…」
「殿下はもう、今までの殿下とは違うわ。だからお願い。聚楽第に行って秀次様に関白の座を降りるように説得して欲しいの。でなければ、殿下は秀次様に何をするか」
「何を言ってるんだ。秀次様は秀吉様が自ら選んで関白の座につけたのではないか」
「ええ…そうよ…だけど…だけど、どうしょうもなく不安なの」
「わかった。わかったから、秀次様に会ってくるよ。茶々、産後間もないんだ。気を楽にもって」
万吉は聚楽第にやって来ました。
秀次の子どもたちが万吉の周りに集まって来ました。
「あ…薬師様だ」
「ねぇねぇ…また、しばらくこちらにいらっしゃるの」
「石蹴りをしようよ」
「いそほ物語の話を、また、してよ」
「また、馬になってよ」
口々に子どもたちが言いました。
「おみやげを持ってきたよ。いそほ物語の写しを10冊。読み書きができる子は小さい子に読んでおあげ」
「わあ~い」
「これは万福丸様…」
「あ…父上…薬師様にこれをいただいたの」
「そうか…よかったな。父はこの方と少し話がある。あっちへ行って遊んでおいで」
「ええ~また、薬師様と遊んでもらえると思ったのに」
「あとでね」
「仕方ないな。薬師様、きっとだよ」
子どもたちはそれぞれに行ってしまいました。
「それで、今日はどうなさいました」
「単刀直入に言いましょう。あなたは関白の座を降りられた方がいい。茶々も心配しています」
「淀の方様が…そうですか…でも…出来ません…」
「なぜです。あなたは関白だなんて荷が重いとおっしゃっていたではありませんか」
「今でも関白だなんて荷が重いと思っています。でも…やらなきゃならないことがあるのです」
「やらなければならないこと?」
「叔父はまた、明征伐の戦を始めるつもりです。狙うのは明ばかりか世界です」
「なんですって?先の戦で我が国の武威は十分に見せることが出来たはずでしょう」
「先の戦は目的はそれでした。でも、今度は違います。明らかに侵略が目的です」
「侵略ですか」
「ええ…だから、私は、まだ…関白の座を降りられません。叔父のそのような妄執でこの国を滅ぼすわけにはいきません。叔父をどうやっても止めねばなりません。関白として私がやらねばならないことなのです」
「ですが、どうやって…今…秀吉様に逆らえる方など…」
「いらっしゃるでしょう。この国無二のお方が…」
「まさか帝…主上ですか」
「そうです。朝廷を動かして勅命を出してもらいます」
「ですが…今の主上は君臨すれど統治せずが信条のお方」
「ええ…だから諸侯を味方につけます」
「諸侯をですか?」
「先の戦で各地の武将たちは一片の土地を手に入れたわけではありません。なのに戦費は負担しなければなりませんでした。だから、関白として経済的な支援を行なうつもりです」
「このことが片付けば関白の座など欲しいものにくれてやりますよ」
「…逃げないのですね。あなたも…」
「逃げるですか。考えたこともありませんでした。いえ、そういえば、昔、私に逃げろと言ってくれた方がいました」
「………」
「あなたの父上ですよ」
「父が?」
「自分は浅井の家から逃げられなかった。だけど、そなたは違う。もし、辛くなったら逃げろと。まあ…その頃は叔父がこのような地位までに登り詰めるとは思ってもみませんでしたが」
「そうでしたか。小谷城が落城する前、父は私に言ったのです。浅井の家の再興など考えずともよい。優しい女を娶り子を生み育て幸せに生きて天寿を全うしろと。思えばあの言葉は私に逃げろということだったのですね。だから…私は幸せに生きてこれた」
「そうでしたか」




