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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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茶々の懐妊

秀吉が大政所の元に戻ると姉の智が大政所の口を湿らせていました。

秀吉はこの姉が嫌いでした。父を同じくしながら竹阿弥をおっとうと呼び媚びて甘えるその姉が嫌いでした。だからその子の秀保が不可解な死を遂げた時、葬儀も無用としてやったのです。もっとも智が大政所に泣きついて葬儀も済ませたのですが。

「姉さ、来ておったのか」

「ああ…わしのおっか様じゃからな」

「姉さは知っておったのか」

秀吉は大政所の手紙を見せました。

「ああ…知っておった」

「なんで…なんで教えてくれなんだ」

「おっとうが言うなと言ったからじゃ。お前が知ったら傷つくじゃろうと言ってな」

「そんな…そんな…」

「お前は死んだおっとうを慕っておったが、そのおっとうがわしらに何をしてくれたんじゃ。おっか様がこんな悲しいことを考えなければならなかったのは死んだおっとうのせいじゃないか。わしらを愛して支えてくれたのは今のおっとうではないか」

「知って…知っていたら…」

「相変わらず、お前は勝手な男じゃな。普段はわしを嫌っているくせに、都合のよいときは姉じゃ甥じゃと頼ってくる。秀次は小さいときからお前の駒のように宮部とやらの養子に出され、関白だなんて地位も望んでもおらなんだに、今は苦労しておる。可哀想に秀長や旭もお前のせいで死んだようなものじゃ。秀長はお前の為に働いて使い潰されて早死にしてしもうた。旭とて、好いて好かれた夫と別れさせられて徳川に嫁がせられた」

「わしは…わしはどうすればいいんじゃ」

「さあな…わしが望んでいるのは秀次を返してもらうことじゃ。あの子に関白なんぞ荷が重すぎる」

言いたいことを言って気が済んだのか、智は部屋を出て行こうとしました。

「どこへ行くんじゃ」

「江に会って帰ろうと思ってな。江はおっか様のお気に入りじゃった。秀勝が亡くして、心細いところにおっか様の死じゃ。お前も江のことは気にかけてやってくれ」


一人になった秀吉は慟哭していました。

秀長…旭…わしを恨んでおったのか…

秀勝…秀保…

おっかぁ…わしは間違っていたのか…


秀吉は大政所の為にさまざまな供養を行いましたが気は晴れませんでした。そんなときです。淀から使いが来て、淀こと、茶々が身籠ったと知らせがきたのです。

「奇跡じゃ!淀が…おっか様の見舞いにも葬儀にも体調が優れないと姿を現さなかったと思っていたが、そういうことだったのか。おっか様が遣わしてくれたに違いない」

「そうじゃ。万福丸殿はどこじゃ…淀城に行こう。今度こそ大切に育てるんじゃ」

「万福丸様?ああ薬師様ですか?多分、秀次様のお子様たちと遊んでいると思いますが」


秀吉が万吉を探していると子どもたちの笑い声が聞こえて来ました。

「薬師様、薬師様、次に馬になってもらうのは私じゃ」

「ああ…わかった。わかった。順番に馬になるから」

「本当だよ。絶対だよ。じゃあ私達は順番が来るまで、庭で石蹴りしよう」

秀吉が部屋に入ろうとすると何人かの子どもたちが部屋を出て行きました。万吉はといえば、1人の子どもを背中に乗せて馬になっていました。

「何をしておるんじゃ」

「あっ…秀吉様…」







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