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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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豊臣秀次

「ばば様…赤さまが生まれたというのは本当か」

何人もの子供がやって来ました。

「お前たち、定子に触りたかったら手を洗ってこい」

「はあ~い」  

子どもたちは散って行きました。

「今の子どもたちは」

「ああ…秀次の子どもたちじゃ」


そして、なぜか万吉はその秀次の子どもたちに懐かれているのでした。

「薬師様…、薬師様、また、いそほ物語の話をしておくれ」

「ああ、いいよ…何の話をしようか」

「北風と太陽」

「うさぎとかめ」

子どもたちがいろいろと言う中、大なしそうな少女に目をとめました。万吉はその子どもに尋ねました。

「名前はなんというの?」

「菊…」

その子ははにかみながら答えました。

「菊姫様か…菊姫様は何がいい?」

「ねずみの嫁入り」

「じゃあ、ねずみの嫁入りの話をしよう」


あるところにとても可愛らしいねずみの女の子がいました。女の子の両親はこんなに可愛いのだから一番偉い人にもらってもらおうと考えました。一番偉いのはなんといってもお日様だろうと、お日様に結婚を申し込みに行きました。お日様は私より偉いのは雲さんだよ。雲さんがでたらわしなどは隠れてしまう。それを聞いたねずみの親子は雲さんに結婚を申し込みに行きました。雲さんは言いました。私より偉いのは風さんだよ。風さんには私など吹き飛ばされてしまう。次に風さんに結婚を申し込みに行きました。風さんは言いました。私より偉いのは壁さんだよ。いくら私が吹雪いても壁さんはびくともしない。それもそうかと壁さんに結婚を申し込みに行きました。壁さんは言いました。ねずみには叶わないよ。私はねずみに齧られて閉口している。なんだ?やっぱり一番偉いのはねずみなんだ。ねずみの娘は隣のねずみの家に嫁入りました。


「薬師様、本当に一番偉いのはねずみなの?」

「そうだね。この話はきっと、幸せというのは、案外、自分の近くにあるのではないかという話ではないかな」

「そうか…」

子どもたちはなんとなく納得したような、してないようでしたが…

「お前たち、北政所様がお菓子を用意してくれている。手を洗っていただいておいで」

「あっ、父上…」

「おう、皆、仲良くしておったか」

「うん…薬師様にいそほ物語の話をしてもらっていたの」

「そうか、そうか…北政所様が待っている。あまり、待たせてはいけないよ」

「はぁーい。薬師様、またね」

子どもたちは行ってしまいました。

「可愛らしい子どもたちですね」

「ええ…私の宝物です」


へぇ…女人にだらしないと聞いていたけど、案外、子煩悩なのかな。それにしても顔色が悪いな。


「お疲れのようですね」

「はは…北政所様が手伝って下さって、少しは楽になりましたが…中でも、今は朝鮮との和議の調整が難しくて」

「和議ですか?」

「わが国の武威は十分に示しましたから、後はどこで落としどころをつけるかです。石田三成と小西行長が頑張ってくれていますが」

「なら、もう、本当に戦は無くなるのですね」

「ええ…もともと、わが国の武威を各国に見せつけるのが目的でしたから。後は徳川殿が関東を治めてくれれば、私も関白の座を降りられます」

「秀次様はそれでよろしいのですか?」

「ええ…私には荷が重いのですよ。関白などという地位は。叔父から暫定的なものだからというので引き受けましたが。妻妾たちも私が関白を降りたらそれぞれ良い縁を見つけてやろうと思っています」

「それは…」

「正室の一の台は、元々、叔父の愛妾だったのです。まあ、他の女も似たりよったりで、朝廷や公家、その他の事情があって、私の元に来た者たちです」

「そうだったのですか。私は誤解していたようです」

「女にだらしないとですか」

「ええ…まあ…なんか…すみません…」

「構いませんよ。本当のことですから」

「ですが、なぜ、私にそのようなことを…」

「うん…私は子供の頃会った頃があるのですよ。私の養父は宮部継潤でしたから」

「宮部継潤?確か…父上に叛いた」

「恨んでいますか」

「いえ…皆、守るべき領地、領民がいたと…助作が言ってました」

「助作?」

「あ…片桐且元です」

「そうですか。和議が整えば且元も帰って来るでしょう」


助作も朝鮮まで行っていたのか。

「宮部殿も迷ってましたよ。浅井長政殿はそれだけ、人々に慕われてましたから。私もその一人です」

「秀次殿がですか?」

「宮部殿が叛いたのです。そのとき、宮部殿の妻子は、宮部殿の元に戻ってましたが…私は小谷城に取り残されていたのですよ。浅井長政殿の情で生かされて…だから…なんとなく、薬師様にはわかって欲しかったんです」

「そうだったのですね。そうだ。疲れのとれる薬湯をお作りしましょう」

「それは…ありがたいことです」



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