江の懐妊
「まあ…ついてきなされ、あ…その野菜の籠を持ってくれんか」
籠にはいま採り入れたと思われる野菜がいろいろ入っていました。
「孫の嫁に子供ができてのう、精のつくものを食べさせてやろうと思っての」
「それはおめでたいことですね」
「あの子も長い事、子ができんで悩んでおったからな。無事に生まれて来て欲しいと思っとる。ええ子なんじゃ。だけど、日吉や姉に遠慮してのう」
日吉?日吉といえば確か、関白殿下の子供の時の名前では?
「あ…あの…おばあさんは?」
「ああ、わしか。わしは日吉の母親じゃ」
「申し訳ありません。知らずにご無礼を」
「何…かまわんよ。それにしてもお前さん、ただの薬師にしては品があるのう。日吉よりよっぽど、あの阿呆は関白だなんだと言っておるが元は足軽の小倅じゃ」
「…ありがとうございます。その、で、関白殿下や姉に遠慮しているというのは…」
「あの阿呆と姉との間に生まれた子が幼くして亡くなって悲しんでいるから、自分に子ができたなんて言いづらいんじゃろ。そんな気遣いのできるええ子なんじゃ」
それって初のことか、それとも江なのか
二人が話しているうちにどんどんと城の中に入っていき咎めるものもいません。
「まあ、おっか様、姿が見えぬから探していたのですよ。庭の畑にもおられぬから」
「城の庭の畑じゃ陽当たりが悪いからの。近くの畑を借りた」
「いつの間にそんなことを」
「で、この男がな手伝うてくれたので、案外、今日、耕す分は早く終わった」
「まあ、それはありがとうございます」
「いえ」
このおばあさんをおっか様と呼んでいるということはおね様か。しかし、私のようなものに腰の低い方だな。
「この男…あっと、お前さんの名前を聞くのを忘れっとった」
「私は万吉と言います」
「そう、この万吉さんが日吉の阿呆に言いたいことがあるっていうので連れて来た。わしも言いたいことがある」
「その前に、これを江に届けてやってくれ。良い子を生むには精のあるものを食べることじゃ」
「わかりました。江殿も喜ばれるでしょう」
おねは笑顔でしたが寂しそうでした。
そうか…おね様には子がいない。辛いのだろうな。子のある無しで女の値打ちが決まるものではないが…
それにしても江に子ができたのか。以前、助作が江が婚家で苦労していると言っていたが、天下の後継は秀次様と発表されているし、子もできたのなら、きっと江の立ち場も良くなるだろう。




