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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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茶々が見込んだ男

「私、長浜へは歩いて行きたいわ、だって、そつでしょう。市井で生きるなら駕籠で移動するわけにはいかないでしょう」

万吉と治長は顔を見合わせました。

「茶々の言うことはもっともだが、お前の今の身体じゃ、とても歩いてなど無理だ」

「それでは、徐々にに体力をつけていくというのはどうでしょうか?」

「この城の中を歩き回って体力をつけていけば」

「それもよいでしょうが、母上、庶民が着るような衣装を用意できますか?」

「ええ…できなくもありませんが…」

「確か、この近くの村で今晩、祭りがあります。万福丸様、連れて行ってくれませんか」

「それは構わないが」

「まあ、体力をつけるとともに、庶民の暮らしにも徐々に慣れて行ってもらうということです」


「どうかしら?」

「うん…、なかなか似合うじゃないか」

庶民の衣装をつけた茶々です。


二人が城を出ようとしたとき、万吉は治長に耳打ちされました。

「万福丸様、万福丸様の腕っぷしの方は?」

「えっと…私は…薬師の修行三昧だったから、武芸の方は…」

「はあ~武芸に優れていた長政様のご子息とは思えませぬな」

「仕方ないでしょう。10歳で父に死に別れたのですから」

「陰供をおつけいたしましょう」

「う…よろしく頼む」


城を出た二人です。

「わあ~、お祭りなんて初めて、あそこで皆が踊っているわ。楽しそう」

「はは…初めてではないよ。昔、私たちが子供の頃、父上に連れられて小谷城城下の祭りに行ったことがあるよ」

「そうなのですか。覚えていませんわ」

「父上が初を肩車をしていたものだから、お前は拗ねて膨れてな。義母上も窘めていたが、納得しなくてな。私が変わって肩車をしてやりたくても、私も幼かったからな。城に帰ったら私が馬になってやるからと宥めたら、ようやく機嫌を直したんだ」

「そう、私って我儘だったのですね」

「その我儘も可愛かったよ。それに率先してお前の我儘を許していたのは誰だと思う?」

「どなたですの?」

「父上だよ。父上はお前が可愛くて仕方なかったんだろうな」

「それで…兄上は馬になってくれたの?」

「一日だけだと思っていたのに何日も続くから根をあげたよ。その後は助作に押し付けてしまった」 

「ああ…小さい頃、いつも遊んでくれた少年がいたわ。あれ、且元だったの?」

「殿下もね。鶴松を背中に乗せて馬になってね」

「殿下が?想像がつかないな」

「あれで、殿下は子煩悩でしたから」


「あれぇ~お兄さん、久しぶり」

「お袖殿」

「なんだ、未来永劫、女は亡くなった奥さん一人だなんて言っていたくせにこんな綺麗な人連れちゃてさ」

「ば…ばか。これは異母妹だ」

「妹さん、じゃあ、あたしたちの一座を見においでよ。木戸賃はいらないからさ。あたし、今度、いい役がついたんだ」

「いい役?」

「うん。名古屋山三郎様の役。今の出し物はね座頭と名古屋山三郎様の悲恋物語」

「悲恋?」

「うん。座頭と名古屋山三郎様の恋を名古屋山三郎様のご主君の豊臣秀次様が許さないんだって」

「それだけで、悲恋とは乗り越えればいいではないか」

「それはそうだけどさ。芝居の中では、名古屋山三郎様は死んだことになってるのさ」

「名古屋山三郎殿は亡くなられたのか」

「まさか、生きているよ。あくまでも、お、し、ば、い」

「茶々、見に行って見るかい」

「ええ」


「ほう…歌と踊りも素晴らしいわ。特にお芝居は作り事だとわかっていても面白かったわ」

「楽しかったらよかった」


「異母兄上は生涯、亡くなった奥様を愛されていくの?女はその方一人だなんて、その方が亡くなって、もう随分になるのでしょう。その方を大切に思っていらしても新しい方をお迎えになってもいいのではないの?」

「千吉にも同じことを言われたよ」

「千吉?ああ…千丸ですね。長浜にいけば千丸の奥様にも会えるかしら。どのような方かしら」

「いい人だよ。気が強くて面倒見がよくて、困った人はほっておけないおせっかい焼きだ」

「おせっかい焼き?」

「困った人を見て、何もしないと自分に恥ずかしいんだって」

「お袖も、困った人がいれば自分の身を売ってでも助けるって言っていたよ」

「………」


祭りが終わって茶々は無口になり考えことをしているようでした。

どうしたというんだ。さっきまであんなに楽しそうだったのに。


「異母兄上…私、自分が恥ずかしい…」

「どうした?我儘だったことかい?」

「ううん…父上は薬師になりたかったのよね。でも、浅井の家を継いで武将として生涯を終えた。父には逃げなかった。千丸の奥様やお袖さんも何もしないと恥ずかしいと言ったのでしょう」

「私、自分が出来ることがあるのに逃げようとしたの。自分だけの幸せを求めて」

「どういうことだ」

「確かに秀次様はよい方よ。でも、それだけではだめ」

「お前は秀次殿では天下を治められない。そう言うのか?」

「殿下によって天下は統一されたわ。でも、天下を統一されたら、それに伴う新しい秩序を作ることが必要になるわ。秀次様はよい方だけど、その器量はないわ」

「では、誰ならいいというのだ?」

「徳川家康殿」

「なんだと?!」


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