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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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小田原城落城

小田原から帰った万吉は元の日常を過ごしていました。

小田原で且元から聞いた話は衝撃的でした。初や江の今の境遇。そして、今まで考えたこともなかった自分の母のこと。自分にとって母はお市の方であり、慕う対象でした。ですが若くして亡くなっていった母のことが気にかかリました。


「おい、万吉」

「ああ…千吉か」

「そろそろ、お袖殿の三回忌だから、その法要の話をしにきたのだが」

「そうか…もう、そんなになるのだな」

「で、小田原で何があった?」

「いや…なにも…ただ助作から私の母の話を聞いた」


「ふむ。なるほどな。お館様もいろいろあったのだな。だが、お館様はそれを乗り越えられ、お方様と愛し合っておられた」

「何がいいたい?」

「お袖殿のことを忘れろとは言わん。だが、愛は一つではないということだ。また、新しい恋をしてもいいのではないか」

「そんな、私にとって女はお袖一人だ」

「お館様も優しい女を娶り子を生み育て幸せになれと言ったのだろう」

「お前は小夜殿がいるから、そんなことが言えるんだ。お前だって小夜殿がいなくなれば私と同じ気持ちになる」

「そうかもしれんな。だが、小夜なら、私がそんなになったら、叱り飛ばしにくるだろうな」

「はは…違いない」

「お袖殿もお前の実の母のことも大事に思って生きてゆけ。でなければ、次の世にお袖殿に出会うことができても振られてしまうぞ」

「そうだな。そうしょう。お袖に振られたくないからな」


「それはそうと小田原の城が落ちたぞ」

「あの堅固な城がか」

「落ちたというよりは無血開城だったらしい。籠城を、決め込んでいた北条だが、18万もの大軍に囲まれてはな。北条氏政殿と氏照殿は切腹、だが、当主の氏直殿は徳川様の助命嘆願が聞き入れられて高野山に蟄居となったそうだ」

「そうか…徳川様にも多少の情があったのだな」

「しかし、北条にすれば、あてにしていた徳川殿の支援がないばかりか敵にまわってしまったのだからな。胸中、複雑だろうな」

「それとな、鶴松様は茶々様の元へ参られたそうだ」

「それはよかった。秀吉様は約束を守ってくれたのだな」

「しかし…これで、茶々様は嫌でも関白様の跡継ぎの母という立ち場になる。表に出らるをえなくなってしまったな」


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