芸は売っても色は売らない
万吉が陣屋の外に出ると載ってきた駕籠がありません。
まあ…仕方がないか。どこかで辻加護でも…拾って帰るか…などと考えて歩いているといきなり、袖を引かれ、路地のようなところに引っ張り込まれました。
袖をひいたのは妙齢の女でした。どうやら、男から逃げていたようです。この陣の雑兵のようです。女を探してキョロキョロしています。
「そなたは…」
女は万吉をを連れてその男の前に行きました。
「おあいにくさま、あたしにはちゃんと亭主がいるんだ。わかったら、あたしに構わないでおくれ」
男が万吉を見るとせせら笑いました。
「はっ……そんな、優男がか」
万吉に挑みかかろうとするので、おもわず避けた万吉です。そのまま、男は地面につっぷして…顔を打ってしまいました。
「おのれ…舐めたマネを」
「って…私は何も、向かってくるからよけただけなのですが」
と…そこへ、先ほどの使者がやってきました。
「何をやっているんですか」
「いや…私は、なにも…このご仁が…」
「ここで、揉め事はご法度ですよ。殿下に申し上げましょうか?」
「覚えていろ」
すてゼリフを吐いて男は去って行きました。
何なんだ…
万吉は女の方を振り向きました。
「ありがとう。そちらの方も」
「一体、何がどうなっているのか…」
「ごめん…あいつ、しつこくてさ、あたしたち、お国一座は芸は売っても色は売らないっていうのが信条なのに、聞く耳持たなくてさ。色を売るのが芸人だろうって」
「ああ…芸人一座には色を売るものもいると聞いたことがあるが」
「でも、あたし達は芸で勝負するんだ。色は売らないよ」
「まあ、それはわかったが、私はいつ、そなたの亭主になったんだ」
「ごめんってば。その代わり、あんたたち二人は一座に自由にして出入りしてもいいようにするからさ」
「戰場に芝居小屋なんかあるのか」
「まあね。あたし達は関白様に呼ばれてここで芝居をしているんだ。そうだ、あんたたち、今からでもおいでよ。座頭に紹介するよ」
「座頭というと…お国か…一度、ややこ踊りをみに行ったことがある」
「そうだよ。座頭はややこ踊りで天下を取るって言ってるんだ」
お袖とややこ踊りを見に行ったのも、遠い昔のことに思われました。
「薬師殿、行ってみましょう。今日はもう遅いので、明日、駕籠を出そうと伝えに来たのです。時間はあるのですから」
「へぇ~お兄さん、薬師なんだ」
女に連れられて二人は芝居小屋の方に歩き出しました。
「しかし、のどかなものですね。本当にここは戰場なのですか」
「まあ、ここは最後方ですからね。前線では、多少、干戈をを交えているようですが。なにせ、小田原城は天下の名城、関白殿下も長期戦の構えです。諸侯にも妻子を呼び寄せろとのお達しで、後方は、おっしゃる通りのどかなものですよ」
「座頭、お客さんを連れてきたよ。危ないところを助けてもらったんだ」
「それは、お袖が世話になったようだね」
「!」
「そなた…お袖というのか?」
「そうだけど、どうかした?ねえ、座頭、関白様に言っておくれよ。あたし達は色を売っているんじゃないって、関白様が触れをだしたら、さっきみたいなのいなくなるよ」
「また、絡まれたのかい。そんなのはいいかげんにあしらっておけばいいんだよ、まあ、関白様には申し上げておくけど。ほんと、勘違い野郎が多くて嫌になるねえ」




