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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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賎ヶ岳

お市の方が柴田勝家に嫁いだことにより、しばらくは平和を保っていましたが、それは長く続きませんでした。羽柴秀吉と柴田勝家の間で戦がおこりました、


世にいう賤ヶ岳の戦いです。

賎ヶ岳において、万吉と千吉は薬師として傷病者の手当てに奔走していました。そこで、彼らは見知った人物に出会います。

「私は、軽傷だ。もっと重いものから手当てをしてやってくれ」

万吉が、その声の主に顔を向けると、相手も万吉に気づいたようです。

「お、お館様、いや、そんなはずは、お館様は小谷落城のおり、自刃したはず、ま、まさか万福丸様?」

「人違いでしょう。よく間違えられます」

いくたび、この言葉を発したことだろう。戦場で傷病者の手当てをしていれば、自分の顔を見知ったものに出会うこともありました。、その都度、そう言って誤魔化してきたのです。


自分を万福丸とよんだ男は片桐且元でした。片桐且元は助作と呼ばれていた元服前から父・浅井長政に仕え、目をかけられていました。また、且元の父・片桐直貞は、次々と浅井の家臣が織田に降っていくなか、最後まで父に忠義を尽くしてくれた人でした。


今まで、羽柴軍の戦場を避けて薬師として活動していました。羽柴軍には浅井の遺臣たちが多くめしかかえられていたからです。万吉や千吉の顔を見知っているものがいるだろうとの師匠の配慮からでした。それなのにこの賎ヶ岳にやってきたのは、義母や、異母妹の事が心配だったからです。柴田勝家が勝てば、そのまま去るつもりでした。ですが羽柴秀吉が、勝てば義母や、異母妹たちはどうなるのか。


賎ヶ岳の七本槍という片桐且元らの活躍や前田利家の裏切りもあり、柴田勝家は北ノ庄城に敗退しました。北ノ庄城は羽柴軍に取り囲まれていました。


万吉はなんとか義母や異母妹たちを助け出せないか考えていました。柴田勝家は鬼柴田と異名をとっていても妻子を道連れにするような男ではないと思っていたのですが。一向に城を出す気配がありません。そんなとき、訪ねてきたのは片桐且元でした。


「万福丸様」

「わ、私は、、、」

「隠さずともよろしいのですよ。織田信長公もない今、今さら貴方様の命を欲しがるものなどいません」

「.............」

「万福丸様にお願いがあってまいったのです」

「私に?私は何の力もない一介の薬師だ」

万吉の言葉を無視して且元は続けました。

「北ノ庄城にお市の方様、茶々様たちがいらっしゃる。お救いしたいのです」

「私とて、義母上や異母妹たちを救い出したい。だから、ここまできたのだ。だが、柴田殿が許さぬ限り、」

「実は秀吉様は再三、降伏を勧める使者を出しているのです。ですが、城を出ることを拒んでいるのは柴田殿ではなく、お市の方様なのです」

「そ、そんな義母上は異母妹たちまで道連れにするつもりか」

「はい。ですが万福丸様のお言葉にならお市の方様も耳を傾けるかもしれません」

「だが、一介の薬師が柴田殿や義母上に、どうやって会える?」

「私が使者にたちます。、そのおり、万福丸様に同行してもらいたい。そしてお市の方様を説得してほしいのです」

「わかった。父上だって義母上の、このような最後は望んではおられぬだろう」

「では、明朝迎えに参ります」


「それにしても。皮肉です。羽柴の軍には浅井の遺臣が多い。それがお館様の正室であったお市の方様のいる城を囲んでいるのですから」

「……………」




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