鶴松の誕生
豊臣秀吉が関白となり惣無事令が出され、天下は徐々に治まりつつありました。そんな中、秀吉と愛妾·淀の方との間に待望の男児が生まれました。
淀城には各地の武将からたくさんの贈り物が届けられました。
「みな、素晴らしい贈り物ですね」
「ええ、丁重にお礼の手紙を書かなければね」
「ですが、無理をなさらないでくださいね。あら、これは何かしら片桐且元からのもののようですけど、手紙がついておりますわ」
「手紙?持ってきておくれ」
無事、男児が生まれたこと、嬉しく思う。産後はよく、養生して、滋養のあるものを食べ睡眠をよくとるように。初や江もそれぞれの夫君の元で幸せに暮らしていると聞く。喜ばしい限りだ。いつも、そなたたち三人の幸せを祈っている。この手紙を助作に託す。
異母兄上だわ。
「どうした、恋文でも見ているのか」
「まあ、殿下、いつの間に」
「おお、若君はご機嫌だな。この子が生まれたと聞いて急いでやってきた。よくやってくれた。で、その手紙は…」
「ほほ…妬いておられますのか。異母兄上からの手紙ですわ。且元の祝の品に紛れ込んでおりましたの」
「万福丸殿の?且元は万福丸殿が生きていた事を知っていたのか?知っていて、わしに報告しないのはけしからんな」
「ほほ…且元が、いなければ、今、私がこうして殿下と共にいることはありませんわ」
「どういうことだ?」
「母は私たちも、一緒に柴田殿と殉じるつもりだったのですわ。且元が異母兄上を北ノ庄城に連れて来てくれて、異母兄上が柴田殿や母を説得してくれたのですわ」
「そんなことがあったのか?では、なぜ、且元はわしに言わなかった?」
「異母兄上のためでしょうね。且元は異母兄上の傅役でしたから。市井で生きる異母兄上をそのままにしておきたかったのですわ」
「そういえば、万福丸殿は数年前に妻女を亡くされたとか」
「ええ、一時は薬師の仕事まで投げだしていたそうですが、まわりの方々に支えられて、このような手紙も書けるぐらいに立ち直ったみたいですわ」
「それはよかった。本当に大切にしておられたのだな」
「ええ…お会いしたことはありませんが素晴らしい方だったと思います」
「それで、私、殿下にお願いが」
「おお…何でも言ってくれ」
「父のことですの」
「浅井長政殿の?」
「知っての通り、父は伯父に叛いて討たれました。その首は獄門に晒されました。いわば、罪人ですわ。このままではこの子は罪人の孫ということになります」
「ふむう。この子が罪人の孫では困るな」
「だから、殿下に父の名誉を回復してもらいたいのですわ」
「どうすればいいのだ?」
「殿下の名で父の法要を営んでいただきたいのですわ。殿下が父の法要を営んでくだされば父は罪人ではなく、殿下の岳父となります」
「一時はおねの反対で立ち消えになった寺の建立だな」
「ええ、そのとおりです。今、天下の経済は停滞しておりますわ。私の父のために寺を建てるのも、また、経済を活性化させたいからですわ」
「わかった。若君のためといえば、今度はおねも反対はしないだろう」
私、おね様は好きですわ。だって、私と違っておね様は心から殿下のことを愛していらっしゃるのですもの。




