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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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37/55

次の世も…出会いたい

春になりました。


「どうだい?調子は?」

「小夜姉さん、うん、春になって、暖かくなって調子はいいよ」

「そうかい…それはよかった。万吉さんは?」

「あたしが蜆汁飲みたいって言ったから蜆買いに行ってくれている」

「そうかい。大事にされているんだね」

「うん。今日は千吉さんは?」

「ああ…うちの人は忙しくしてるよ。ジョアンさんとルイスさんが手伝ってくれることになってさ、ただで手伝ってくれるからありがたいんだけどね。ほら、あの人たちの目的ってゼウスとやらの教えを広めることだからさ、うちにくる患者の中には洗礼ってのを受けた人もいるよ。おかげで、うちの家はその神さまの寺みたいになってるよ」

「そうなんだね。あたしもジョアンさんに洗礼を受けるように勧められたよ。でも…断ったんだ。何でも神の試練に耐えたら、死後は神の国に行けるって言っていたから。あたし、神の国なんて行きたくない。次の世で万吉さんと出会いたいんだ」

「今度は健康で、綺麗な身体で出会うんだ。そして、子どもをたくさん生んで幸せになるんだ」

「そんなこと、次の世じゃなくったって、今の世でもできるよ」

「うん…そうだね」

「え?お袖ちゃん?」

お袖は息を引き取っていました。


「おい、万吉、何をしてるんだ」

「ああ、万吉、お袖が蜆汁を、飲みたいっていうから買いに来たんだが、いつもここで蜆をとっている女たちがいないんだ」

「ああ、ここの女たちはどこかで戦があるとかで留守にしてるんだ」

「そうか…それで…」

「だから、蜆を捕ろうとして川に入っているのか」

「ああ…だが、なかなか捕れなくて」

「私も手伝おう」


二人がようやく蜆を捕って家に帰ると、お袖はもうこの世の人ではありませんでした。

「あ…万吉さん、お袖ちゃんが…」

思わず、蜆を、落としてしまいました。


「どうして、さっきはあんなに元気だったのに」

「嫌だよ、お袖が、いなくなるなんて、頑張って病を治すって言ったじゃないか。それで、たくさん、子どもを作ろうって」

万吉は涙が止まりませんでした。

放心したような万吉に代わって千吉と小夜が葬儀など一切を取り仕切ってくれました。


「おい、万吉、少しは何か食べろ。お前までどうにかなってしまうぞ」

「私はお袖に何もしてやれなかった。苦しめただけだった。前にお袖が言っていた。楼主様のために働いてその日の食事にありつければ満足だったって…私と出会わなかったら、お袖は苦しまずにすんだかもしれない」

「それは違うよ」

「小夜殿…」

「お袖ちゃんは言っていたよ。次の世でも、また、万吉さんに出会いたいって」

「お袖がそんなことを…」


「お前は冬を越せないって言ってだろ。でも…お袖殿は今まで頑張って生きてくれたんだ。お前のためにな」


お袖が逝って、しばらくして桜が散りました。

散った桜の上を歩いて…

「お袖、私も次の世でもお前に出会いたいよ」



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