子どもをいっぱい作ろう
「お袖、どうしたんだい。食事もしないで、気分が悪いのかい」
「万吉さん、ねぇ、抱いて」
「え?」
「万吉さんがあたしを抱かないのはあたしが汚れている女だから、ねぇ、そうなの?」
「落ち着いて、私はお袖が汚れているなんて思ったことはないよ」
「嘘よ。じゃあ、何で、あたしを抱かないの?」
「それは…」
万吉も激情に駆られて何度も抱きたかったのですが、しかし、そのようなことをすればおそでの命を縮めるのではないかと思うと怖くて抱けなかったのです。
「万吉さんはひどい。あたしは楼主様のために稼いで、その日の食事にありつければ、それでも満足だったんだ。なのに、万吉さんに出会って、あたしは贅沢になった。欲張りになったんだ」
「あたしに幸せだとか寂しいとかいう感情を教えた万吉さんが悪いんだ」
「あたしの病が治らないのは分不相応な夢を見たバチがあたったんだ。健康になって、小夜姉さんみたいに万吉さんにいろんなことをしてあげて、子どもをたくさん産んで、そんなことを夢見たからいけないんだ」
「夢じゃないよ」
「あたし、うすうすわかっていたよ。長く生きられないって、でも…万吉さんが治してくれるって言ったから信じたんだ」
「治すよ。絶対、治してみせる」
「じゃあ、ジョアンさんに何であんなこと言ったの?万吉さんがあたしの病を治せないからじゃないの」
「お袖、私はね、本当は10歳でこの世を去るはずだったんだ」
「え?」
「私の父はこの辺を支配していた大名だったんだ」
「万吉さん、大名の若様だったの?」
「うん、誰にもいうつもりはなかった。私の父は浅井長政というんだ。織田信長と戦って敗れたんだ。父が自刃して、私は城を落ちたのだけど…」
「城?」
「うん。小谷山ってあるだろう。今はもうないけど、そこに城があったんだ。その麓に清水屋敷という館があってね。普段はそこで暮らしていたんだ。父と義母と異母妹たちと」
「織田方に捕らえられた私は磔にかけられたんだ。でも、父が生前、手を打ってくれていて助かったんだ。」
「ちょっと待って、万吉さんって10歳だったんだよね。どうして、10歳の子供が磔にかけられるの?」
「それが戦ってものなんだ」
「ごめん、あたし、万吉さんがそんな辛いおもいをしてきたなんて知らなかった」
「そうでもないよ。私にはお師匠様と千吉がいてくれたから」
「父が私に最後にこう言ったんだ。浅井の再興など考えずともよい。優しい妻を娶り幸せに生きて天寿を全うしろって。そしてお袖に出会った。私はお袖が好きだよ。明るくて、強くて、たくましくて」
「ジョアンさんは医療宣教師を連れて来てくれると言ったよ。だから、お袖の病はきっと治る。そしたら子どもをいっぱい作ろう」




