冬を越えられない
「ねぇ、万吉さん、もっと側に行っていい」
「あ…ああ…おいで」
「ふふ…やっぱり。万一さんてあったかいんだね」
「こうしていると小さな頃を思い出すな」
「小さな頃って?」
「うん。私たちは貧しくてね。寒い冬の夜は炭も始末して、お互いの身体を抱き合って暖まったんだ。父が私を抱いて暖めてくれて、その温もりは今でも覚えている」
「ふうん……いい、お父さんだったんだね」
「そうだな。今でも父は私の誇りだ」
「お母さんは?」
「私を産んでくれた母は知らないんだ。でも、父と結婚していた人がわが子のように私を可愛がってくれたから、実の母のことは考えたことはなかったな」
「いい人だったんだね」
「綺麗で優しい人だったよ」
「羨ましいな。あたしには最初からおとうもおかあもいなかったから」
「あ…ごめん…無神経なことを言ってしまった」
「ううん、万吉さんが優しいのはきっとそのお父さんとお母さんのおかげだよ。あたしね、遊女屋で一人で寝ているときも寂しいなんて思ったことことなかったんだ。なのに、ほんの数日、万吉さんがいなかっただけなのに寂しかったんだ。寂しくて寒かったんだ。千吉さんも小夜姉さんもよくしてくれたのにどうしてかなぁ」
「ごめん。もうどこへも行かないよ。ずっとお袖の側にいる」
「ほんとう、うれしいよ」
「ああ…だから安心しておやすみ」
お袖の寝顔を見ていると涙が出そうになり、その顔をお袖に見せたくなくて、お袖が寝入ってしまったのを確かめて部屋をでました。
部屋を出て、庭先で、たたずんでいると千吉に声をかけられました。
「どうしたんだ。お前を、泣いているのか」
「…小夜殿の、言う通りだ」
「ええ!」
「さっき、小夜殿が言っていただろう。新婚の女房ほっておくような薄情な亭主だって」
「ああ…そっちの話か」
「お袖があんなに寂しがっていたというのに、私ときたら、薄情と言われても仕方がない。それに無神経に父上や義母上の話なんかして、お袖の生い立ちを考えればそんな話するべきではなかった。ちょっと考えれば分かることなのに。あ…すまん…お前にだって…」
「いや…私のことはいいんだ。今の私には小夜もいれば加代もいる。それで何があった?」
「寂しかったって。寂しくて寒かったって。私が一番に考えなくてはいけないのはお袖のことなのに」
「私たちは戦場で大勢、人が死んでいくのを見てきたよな。人が死んでいくのなんて慣れていたと思っていた。でも、わたしはお袖一人を失うのが怖いんだ」
「なあ、お前はいつも言っていたよな。自分は私より優秀だって。私には無理でもお前ならお袖の病を、治せるんじゃないのか」
「それは言葉のあやだ。私はお前より優秀だなんて思ったことはない」
「誰かいないのか。どこかにお袖の病を治してくれる人が」
「お前の見立てはどうなのだ?」
「……この冬は越えられないと思う。春を待たずに逝っしまうと…」




