たくましく生きている女たち
ややこ踊りを、見物した数日後、片桐且元が訪ねてきました。
「あ…助さ…いや……片桐様」
「片桐様か…」
「しばらく領地へ帰ろうと思ってな。その前に茶々様の気持ちをお前に伝えておこうと思った」
「茶々の気持ち?」
「茶々がそのような考えを持っていたとは。だが、茶々はそれでいいのか」
「茶々様が決められたことだ。私はできる限り茶々様をお支えしていこうと思う」
「………」
「話はそれだけだ。じゃあな」
「もう帰るのか」
と、そこへお袖が帰ってきました。
「お袖か。私もしばらく顔を出せなくなる。達者でな」
「あたし…片桐様を見送りしてくる?」
「あ…お袖」
「待って、片桐様」
「どうした?お袖」
「教えて、万吉さんてどういう人なの?偉い人なの?あたしみたいのが側にいていいの?」
「うん……座って話そうか」
「お袖は万吉が極悪人で、私はそれを捕まえに来たとしたらどうする?」
「あたしは万吉さんが泥棒でも、人殺しでも構わない。片桐様が万吉さんを捕まえに来たっていうなら、あたし、刺し違えてでも万吉さんを守ってみせる」
「だ、そうだ。万吉。いい女房を持ったな」
「ま…万吉さん!」
「お袖を追いかけてきたんだ」
「安心しろ、お袖、万吉は泥棒でもなければ、人殺しでもない。万吉が私を助作と呼ぶのはな、昔、万吉の父親に私が世話になったからなのだ」
「万吉さんのお父さん?」
「ああ…私にいろんなことを教えてくれた。私が秀吉様のもとでどうにかやっていけるのも、その方のおかげだ。その方ももうこの世には居ない。もう、私を助作と呼んでくれるのは万吉だけだったのに」
「いや……昔はともかく、私は一介の薬師だし」
「お前に片桐様と呼ばれるのはくすぐったくてかなわん。次に来た時は、今までどうり、助作と呼んでくれ」
「それにしても女は強いな。一見か弱そうなお袖にこんな一面があるとはな。もしかして私たち男は女の手のひらで踊らされているだけなのかもしれんな」
「お袖、帰ろうか。寒くないか。助作、今度は蜆汁を振る舞ってやる。近くに来たら寄ってくれ」
「おう」
万福丸様はもう大丈夫だ。お袖がついている。助作か。茶々様でさえもう助作とは呼んでくれなくなったな。
「さ、蜆汁ができた」
「わぁ、あたし万吉さんの作る蜆汁大好き」
「はは…蜆汁ぐらい、いつでも作ってやるさ。なんたってお袖は私を守ってくれるんだから」
「やだ、もう忘れて」
「ところで助作がくる前、どこへ行っていたんだ」
「うん、考え事をしていて、外を歩いていたんだ」
「考え事?」
「あたしね。自分が不幸だなんて思ったことなかったんだ。でも、万吉さんとくらしはじめて幸せだなって。だけど、あたしみたいなのが側にいていいのかなって不安になったんだ」
「片桐様のご様子からきっと身分のある人じゃないかって思っていたんだ」
「私は嬉しかったよ。私が泥棒でも、人殺しでもかまわないって言ってくれて」
傲慢だった。彼女たちを不幸だと決めつけて、彼女たちに何もしてやれない自分が無力だといじけて、お袖にしても茶々や蜆を採っていた女たちにしろ、お国という女芸人にしろ、皆、一生懸命たくましく生きているっていうのに。傲慢だったな。茶々に言わせれば、私の考えなど、また、よけいなお世話なんだろうな。




