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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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薬師への道

「万福丸様・・・万福丸様」

ある、小屋で万福丸によびかけていたのは、万福丸の父・浅井長政に仕えていた薬師でした。


万福丸が意識を取り戻したのは、処刑から随分たってからのことでした。

「ああ、よかった。意識が戻られましたか」

「わ・・・私は・・・生きて・・・生きているのか」

「はい。今さながらお館様の才覚には舌を巻くばかりです。このようなことになることを見据えて、忍びの者に命じておられたようで」

「そ・・・そうか・・・父上が・・・はっ・・・そういえば、千丸・・千丸は無事か」

「はい、千丸は許されて釈放されていました。全く、千丸も万福丸様をお守りできなかったと泣いて大変だったのですよ」

「千丸、そなた、そこまで、私を・・・」

「いえ、お館様の情に比べれば・・知っての通り、我が父・阿閉貞征はお館様を裏切り織田の軍に下りました。人質として小谷城に出されていた私はお館様に成敗されて当然でした。ですが、そんな私をお館様は抱きしめてくださったのです。そして、その日、お館様たちと膳をかこんだのです。初めてでした。人と膳をかこむなど」

「そのような、たった、それだけのことで私の身代わりになろうとしたのか」

「私は、父に抱かれたことも優しい言葉もかけてもらったこともございません。初めてだったのです。あのように抱きしめてもらったのも優しい言葉をかけてもらったのも。私は父が浅井家を裏切った以上、死を覚悟していました」

そこへ薬師が口を挟みました。

「そのように恩に感じずとも、お館様は落城と決まった折には千丸様ばかりでなく、他の人質として小谷城にいたもの、すべて返されていたのですから。それに、お館様とて、時には非情に磯野員昌殿のご母堂をを処刑もしています。いわば、落城と決まれば、千丸様を見せしめに殺す必要もなかったからでしょう」

「そうなのですが、お館様が人質を返すと触れをだしたおり、他の家の者達は迎えのものに連れられて帰っていきました。ですが、阿閉の家から迎えはこなかったのです。お館様は駕籠を出して阿閉の家へ送ってくださろうとしたのですが・・・」

「それでも私は処刑を望んだのです。私が立派に死ねば父も少しはよい息子を持ったと思ってくれるのではないかと。そんな私に、お館様は言いました。それならその生命、自分にくれと。そして、万福丸様を守ってくれと」

「そうか。そなたの心はよくわかった。改めて礼を言う」

万福丸は頭をさげました。

「いえ、頭をあげてください。結局、私は何もできなかったのですから」


「それで、お二人はこれからどうなさいますか?万福丸様は浅井家の再興を目指しますか。また、千丸様は阿閉様のもとへ帰られますか」

「いや、父上は私にこう言われた。浅井の再興など考えずともよい。優しい妻を娶り、子を生み育て幸せに生きて天寿をまっとうせよと。だから、私は浅井の家を捨てる。ただの男として生きてゆく」

「そうですか。では、千丸様はどうなさいますか」

「私も阿閉の家にもう思い入れはない。万福丸様が浅井の家を捨てるというなら私も阿閉の家を捨てる」

「お二人の存念はよくわかりました。それではどうでしょう。薬師を目指すというのは」

二人は顔を見合わせました。

「万福丸様は小谷の城でも、ことさら、薬草に興味示されていました。そういえば、お館様も医療や薬草には憧憬が深うございました。おそらく、お館様は武将ではなく、その道で生きたかったのではと思います」

「わかった。よしなに頼む」

万福丸がいうと千丸も頷きました。

「では、これからは、お二方には元の身分を忘れてもらいます。また、名も万吉、千吉と改めてもらいましょう。今日から私はお二方の師です。お二方には農民出の弟子と扱いますからそのおつもりで」








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