世話のやける弟
「あっ!本当に来てくれたんだ」
「う……うん……今日はコレを持ってきた」
「なあに」
「鶴の肉を乾燥させたものなんだ。食事も出ない時があると言っていただろう。少しは腹の足しになると思って持ってきた」
「え……いいの…ありがとう。じゃあ今日はうんともてなすね。この間はしなかったし……」
「そんなことはいいんだ。お前の病は滋養のあるものを食べて養生すれば治るんだ。だから、私がきた時ぐらいはゆっくり休め」
「ええ……そんなの良いの……お客さん変わっているね」
「そ……そうか……」
「じゃあさ……一緒に寝よ。ほら、この間もあたしが褥、占領したから、お客さん、寝られなかったでしょ。ほら、元々、二人分の広さがあるからさ」
「そうだな……」
「えへへ……お客さん……あっ!お客さんっていうのは変かな。名前、教えて」
「私は万吉と言うんだ」
「万吉さんかあ……万吉さんてあたたかいんだね」
そうしてお袖の元に通いながらも添い寝のようにして、胸に抱く日が続いていました。
「おい……万吉……」
「あ…千吉か」
「どうしたんだ。最近、変だぞ。お前。ほら、小夜が、男の一人暮らしは不便だろうと煮物を持っていけって。飯も炊いてないんじゃないかというんで握り飯も」
「ああ…いつも、すまないな。小夜殿によろしく言っておいてくれ」
千吉が持ってきてくれた食事を食べながら、万吉はつぶやきました。
「なあ、千吉……私たちが食べ物もなくて木の皮や草で飢えをしのいでいたとき、お師匠様もお前も私が父上が私に持たしてくれた刀を売ろうと言わなかったよな」
「なんだ、いきなり、お前にとってお館様のたった一つの形見ではないか」
「だけど、あの時、あの刀を売れば少なくともましな食べ物を贖えたはずだ」
「本当にどうしたんだ?お前」
「その刀を女のために手放すと言ったら怒るか」
「怒るも何も、あの刀はお前のものではないか。で、女のために手放すとは」
「うん……実はな……」
「ふうん……片桐様が正しいな」
「わかっている。助作のいうことが正しいということは」
「お袖はな、遊女屋で小さい時は下働きをしていて、年頃になって客をとるようになって、手をあかぎれにならずにすむようになって嬉しかったと言ったんだ。小さい時はその手があかぎれになるまで働かされて年頃になったら客を取らされて、死んでいくしかないなんて、そんな人生は悲しすぎるではないか」
「死んでいくとは…」
「患っている。肺をやられている。労咳だ」
「惚れたのか」
「惚れた?可哀想な女だと思った……それだけなのか……そうか……私はお袖が好きなんだ」
「わかった。私が遊女屋と話をつけてやる。その刀はお館様の唯一の形見だ。持っていろ」
「え?」
「お前がその楼主とやらに掛け合っても足元を見られるだけだ。ついて来い」
遊女屋の前までやってきました。
「お前はここで待っていろ」
「だが、私のことだ」
「いいから、任せろ」
千吉が遊女屋に入って楼主と話をしようと面会を求めていると、お袖と片桐且元が出てきました。
「片桐様……」
「千吉ではないか」
「楼主と話はつけた。この女を万吉のもとへ連れていってやれ」
「あ……あの……万吉さんて……どういう人なんです。片桐様のような偉い人が」
「ただの薬師だ。私にとっては弟のようなものだ。世話のやける弟だがな。な、千吉」
「はい。世話のやける弟です」




