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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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生き残った者 散っていった者

徳川家康と別れた万吉は片桐且元の屋敷に連れて来られました。

「なんなのだ。一体」

「お前が徳川殿と出かけたと聞いて心配していたのだ」

「今さら、私の命を欲しがる者などおらんとお前が言ったではないか」

「まあ、そうなのだが。私はずっと後悔していたんだ。小谷落城のおり、なぜ、お前を連れて逃げなかったのかとな。お前が処刑されたときいて……私は……」

「そんなに私のことを」

「ああ、だから用心してくれ。確かに、一介の薬師であるお前を狙うものはおらんと思うが」

「わかった。助作の気持ちはうれしい」

「まったく、私を助作などといまだに呼ぶのはお前ぐらいだ」

「なんだ。片桐様とでもよんでほしいのか」

「いや、助作で、構わん。で、徳川殿と何かあったのか」


「うん……実はな」

万吉は徳川家康との会話を話しました。

「そうか。徳川殿がそんなことを。徳川殿も一人の父親だったのだな」

「………」

「どうした?」 

「阿閉貞征のことを考えていた。父上を裏切り、千吉を見捨てた。私は阿閉貞征を卑怯な心の冷たい男だと思っていた。だが、阿閉貞征にしても徳川殿のように苦渋の決断だったのではと」

「そうだな。そうかもしれんし、そうでないかもしれん。だが、阿閉貞征ももうこの世にはいない。阿閉貞征の心の内など、もう、誰にもわからんだろう」

「そうか。そうだろうな」

「だがな。お館様はそれを恨むような人ではない。お館様を裏切って織田に降ったものの多くは召しかかえている家臣がいて、守るべき領地、領民がいたのだ。いくらお館様が好きでも慕っていても、みな、苦渋の決断だったのだ。だがお館様は、理解して許してくださっていた」

「だが、お前の父は最後まで父上に尽くしてくれたときいている」

「いや、父は最後までお館様と共に戦うつもりだったのだが。お館様に城から追い出されたのだ。最後まで自分に従っていたとなれば、須賀谷の民にどんな災いが、ふりかかるかもしれないと仰せられてな」

「父上が、そのようなことを」

「それでも父は不忠者になりたくないと食い下がったのだが、お館様が、感状を、したためられてな、「お前は不忠者などではない。最後まで、こうして尽くしてくれたこと、感謝している」そう仰ったそうだ。父はお前を、連れて城を出るつもりだった。だが、お前は既に城からいなかった」

「父はお前を旗頭にして、須賀谷にこもってもう一戦するつもりだったのだ」

「な、なんだと!」

「お館様は父のそんな思惑を見抜いていたのだろうな。だから、お館様はお前を父や私ではなく弥助殿に託したのだ」

「父上はそこまで私のことを考えていてくれたのか」

「お館様の望みはお前に人殺しをさせたくないだったからな」 

「だがな、家臣もなく、治める領地もないしがらみのない者たちはお館様と共に戦い散っていった。私はときおり、彼らが羨ましいと思うことがあるよ」


「千吉にはこのことは告げぬほうがよいだろう。混乱させるだけだ。それに幸せに暮らしているのだろう」

「少し前に娘が生まれてな。目もまだ、開かぬうちから、自分に微笑んでいるとか言っていた」

「幸せならよかった。ところで、お前はどうなのだ。好きな女はいないのか」

「わ……私は…」

「ま……まさか……女を知らぬのか」

「戦場で、薬師として、働いていたのだから陣場女郎ぐらい、抱いたことがあるのでないかと思っていたが」

「いや…ない。お師匠様はあの女たちには近づくなと申されていた」

「はあ~」

片桐且元はため息をつきました。

「よし、わかった。いこう」 

「いこうって、何処へ?」


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