薬オタク 徳川家康
万吉は京から長浜に帰り、しばらくは平常な日々を送っていましたが、ある日、徳川家康から使者がやってきました。
「徳川様が?徳川様は長浜にいらっしゃるのですか」
「はい。長浜に、きたついでにその方に会いたいと、仰せられてな」
「私にですか?あの、もしかして、先日の傷の様子が思わしくないのでしょうか?」
「いや、なんというか、傷は治りかけているのだが、痒いと申されてな。殿に仕えている薬師たちもそれは治ってきている証拠だと申し上げているのだが、納得なさらなくてな。どうだろう、一度、見てもらえぬか」
「は、はあ、そちらの薬師の方たちの見立て通りと思われますが」
「まあ、とにかく、来てもらいたい。駕籠を用意してきた」
「おう、来てくれたか」
徳川家康は柔和な顔を向けました。
「あの、こちらの薬師の方たちのいうようにその痒みは治ってきている証拠だと思うのですが」
「まあ、見てくれ」
「は、はい」
万吉は、傷口に巻き付けてあった布を外しました。
よかった。傷口はふさがっている。だけど、かぶれているな。痒みはこれが原因だな。
「かぶれておりますな」
「そうなのだ。痛みには耐えられるが。こう、痒くてはかなわん」
「そうですね。みたところ、ここには多くの薬草がありますね。痒み止めの薬をお作りいたしましょう」
「それは助かる」
「それと、痒くても掻きむしったりはなさらないでください。痒み止めを塗って、布は毎日、清潔なものと取り替えるようにしてください」
「わかった」
「それにしても、よく、これだけの薬草を集められましたね」
「まあ、薬作りには元々、興味があってな。薬師たちに集めさせた。だが、わしに仕えている薬師たちよりもその方の方が優秀だ」
「そんな、私は一介の薬師です。こちらの薬師の方々の足元にも及びません」
「そう、謙遜するな。実はその方をよんだのは、提案があるからじゃ」
「提案ですか?」
「そうじゃ。その方の知識を書に起こしてみぬか」
「書にですか?」
「うむ。貧しくて医者にかかれぬ者も多い。また、世の中には善良な薬師ばかりではない。だが、みながそのような知識を持てばと思うのじゃ。その方が、書き起こしてくれるならば、わしが後ろ盾になろう」
「や、やらしてください。お師匠様も、人々のために尽くせと私に教えてくださいました」
「そうか。やってくれるか。その方が書き起こしてくれれば、できる限り書写させよう」
「あ、ですが、世の中には字の読めないものも多いのです。いくら、本を作っても読めなくては」
「そうだな。これからは身分の低い者にも学問は必要じゃな。それは、それとして、その方の薬草の知識、わしに教えてくれぬか」
「徳川様にですか?ですが、これだけの薬草を集められているのですから、徳川様の知識は相当なものだと推察いたしますが」
「いや、わしのは机上の学問にすぎぬ。書を読んでみたが、それだけでは足りぬ」
「では、伊吹山に一緒に参りませんか」
「伊吹山?」
「ええ、あそこは薬草の宝庫なのです」




