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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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よけいなお世話

小牧、長久手から帰ってきた万吉は、薬師として人々の治療にあたっていましたが、そこで、患者たちから聞き捨てにならない噂を聞きました。なんと、茶々が秀吉の側室とになるというのです。

「助作の奴!」


その噂を聞くとともに万吉は片桐且元の元へ向かいました。

「万吉ではないか?どうした?」

「異母妹たちに何かあったら許さないと言ったはずだ。茶々が秀吉の妾になるなどと」

「まあ、落ち着け。茶々様が承知している以上、家来の私が口だしすることではないではないか」

「何を言っている?秀吉は父上より年上なのだぞ。そんな男の妾になどさせられるか」

「では、茶々様に直接あってみればどうだ。私が手引きしよう。今、茶々様は江様とともに聚楽第にいらっしゃる」

「江が?なぜ江がそこにいるのだ。佐治殿に嫁いで幸せに暮らしているのではないのか」

「いや、佐治殿は秀吉様の勘気に触れられてしまってな」

「佐治殿の人物に間違いはないとお前がいったではないか」

「そうなのだが。小牧長久手のおり、徳川殿が三河に帰れず難渋していてな。みかねた佐治殿が船を出したのだ」

「それは、ただ、親切心でしたことではないのか」

「それが秀吉様の癇に障ったのだろう。和議を結んだとはいえ、徳川殿には苦しまされていたからな。江様の夫でありながら徳川殿に味方するのかとな」

「だが、それでは江の気持ちはどうなる。確か仲の良い夫婦だと聞いていたが」

「秀吉様の勘気により浪人暮らしを余儀なくされた佐治殿としては、そのような暮らしを江様にさせるには忍びなかったのだろう。江様を離縁して、秀吉様のもとに送り返されてきた」

「お前、手引きをすると言ったな。今すぐ、私を聚楽第に連れてゆけ」

「わ、わかった。すぐに駕籠を用意させよう」


片桐且元の手引きで聚楽第にやってきて茶々に会いました。

「茶々、迎えに来た。逃げよう。江も望むなら佐治殿のもとに連れて行ってやる」

「余計なお世話です」

「茶々……お前は平気なのか?秀吉の妾になるなど」

「妾ではありません。秀吉殿はおね様を説得して、私を正妻格として扱うと約束してれました」

「お前が秀吉を、慕っているとは、私には思えないのだが」

「そうね。慕っているのではないわ。でも、私はあの男に賭けたのです」

「賭けた?何をだ?」

「この乱れに乱れた、戦国の世を統一して平和な世界を作ってくれるのは秀吉殿をおいてありません」

「だからといって、なぜ、お前があの男の妻にならねばならないんだ」

「秀吉殿は織田家の婿という立ち場が欲しいのですって。義母兄上もご存知でしょう。小牧長久手の戦で徳川殿が織田信雄殿を担いでいたのを。秀吉殿が信雄殿と和議を結んで、戦は終結したけれど、他の誰かが、また、織田の血筋の者を担ぎ出すかもしれないから、形だけでも私を妻に迎えた形をとりたいと」

「それなら、信長の息女である姫路殿がいるではないか」

「姫路殿は確かに伯父上の息女だけれど、母君の身分が低いから、立ち場は弱いのよ。その点、私の父は近江の名門、浅井家であり、母は伯父上の妹で、出自に問題はないと言っていたわ。それに私が嫌なら一指も触れぬとも約束してくれました。すべてはこの戦乱の世を終わらせる為です」

「それでいいのか。お前はそれでいいのか。恋をして、女としての幸せを掴もうとは思わぬのか」

「話は、もう、終わりです。浅井を、武士を捨てた義母兄上には関係のないことです」

「助作、義母兄上をここに連れてきたのは、あなたでしょう。もういいから、帰ってください」

「万福丸様、いえ、万吉、帰りましょう。茶々様のお気持ちはわかりましたでしょう」

「いや、江に会ってゆく。江の気持ちも確かめたい」


戦乱の世を終わらせる……、そのようなことができるのだろうか。中国には毛利がいて、関東には北条もいる。東北には最上や伊達もいる。九州や四国だって戦乱の中だ。


と、且元の、手引きにより、江の住む郭にやってきました。江の姿が見えました。そして、江に寄り添っている男がいました。

「あの男は誰だ?」

「羽柴秀勝殿だ。秀吉様の甥にあたられる。秀吉様は江様を秀勝様に娶せるつもりだ」

「江は佐治殿を慕っていたのではないのか」

「うーん。これは私の考えなのだが、おそらく、佐治殿は江様に手をつけていないと思う」

「仲のよい夫婦だと聞いていたが」

「江様が佐治殿に嫁がれた時、江様は10をいくつも出ていない少女だった。そのようないたいけな少女に佐治殿が無体な真似をするとは思えん」

「形だけの夫婦で、あったと」

「おそらくは」

「秀勝殿の兄の秀次殿は多少、女性関係が派手なお方だが、秀勝殿は違う。誠実なお人柄だ。今度こそ、江様は幸せになれる」


「はは……茶々の言う通り、私は余計なお世話を焼こうとしていたのだな」

「まあ、せっかく、ここまできたんだ。京見物でもしていけばいい」







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