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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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豊家が滅びるのは今ではない

慶長8年(1603)徳川家康は伏見にて勅使を迎え、征夷大将軍の任につきました。


大坂城


征夷大将軍…亡き太閤殿下が望んで得られなかった地位…


「淀のお方様、伏見城には諸侯が続々と祝に訪れているようです」


「茶々、秀頼も祝いに上洛したほうがいい」

「異母兄上…」

「母上、私もそれがよいと思います」

「秀頼様…それは…」

「大野殿…何が問題でも?」

「秀頼様が上洛すれば、お命が危のうございます」

「治長、江戸のじいが私に何かするというのか?」

「大野殿、徳川様はそのような方ではありません」

「内府殿はそうでしょう。ですが周りのものは違います」

「治長、私はそれでも行った方がよいと思う。じいが征夷大将軍になったということは、この国を統べる覚悟を決めたということだ。もう、豊臣の出る幕ではない。これで、私の身に何かあっても、それはそれでよいではないか。亡き父上も三成も、その他の方々も、望みはこの国から戦をなくすことだった。むしろ、旗印になるべき、私がいない方がいいのではないか」


「秀頼…」

茶々は思わず秀頼を抱きしめました。

「そなたの気持ちはよくわかります。でも、私たちが滅びるのは今ではない」

「どういうことですか?」

「そなたも知っているでしょう?関ヶ原で、主家を失って多くの浪人がいることを…彼らが豊家を頼ってきたときこそ、私たちが滅びるときです」

「母上…」

「お前を平和の世のために贄に差し出す非情な母を許しておくれ」

「母上のお気持ち、よくわかりました」


「治長、内府殿に伝えなさい。秀頼はあなたの主君です。上洛はしないと」

「茶々…いいのか…本当にそれでいいのか…」


伏見城で茶々の言葉を聞いた家康は思わず目を閉じ、ため息をつきました。


淀のお方様はそこまで、覚悟を決められてしまったか…


そして、四男の松平忠輝を自分の名代として、大阪城に派遣することを決めたのです。


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