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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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生の執着 死の矜持

慶長五年(1600)10月


万吉は徳勝寺で陣場女郎たちに雄山和尚の協力のもと、読み書きを教えてました。

また、読み書きのできる者には自分が書き記した薬師としての知識を書いたものを書写させてました。


そんな日々を過ごしていたある日、片桐且元が徳勝寺を訪ねてきました。

「助作ではないか」

「少し、話せるか」

「ああ…じゃぁ、皆、休憩にしようか。小夜殿が団子を差し入れてくれてる」

「はーい…小夜さんはありがたいねえ。しかも、小夜さんはあたしたちに縫い物まで教えてくれるんだから」

「はは…小夜は相変わらず、面倒がいいな」

女たちは休憩のために立ち去りました。


「それで、今日は何を…」

「お前のところにも噂ぐらいは届いているだろう」

「ああ…結局、徳川様と石田殿との戦は避けられなかったんだな」 

「そうだ。しかも、1日で決着がついた。関ヶ原でな」

「関ヶ原……」 

「お前にはつらい場所だな」

関ヶ原はかって万吉が磔にかけられた場所でした。


「それにしても一日ではとは?石田殿だってそう簡単に敗れるとは思えないが」 

「そうだ。だが、勝負をわけたのは金吾殿の裏切りだ」

「金吾殿?小早川秀秋殿か」 

「金吾殿がどのような心で裏切ったのかはわからん。だが、金吾殿は卑怯者、裏切り物がの誹りは免れまい。最も私も積極的には戦っていないのだから人のことは言えんが」

「………」

「それで石田殿は?」

「関ヶ原から逃れて隠れていたが伊吹山で捕らえられて斬首された」

「伊吹山……石田殿が斬首……」

「佐吉が選んだ道だ。佐吉は大義のために死んだ。そして、最後まで諦めなかった」




石田三成が斬首されたとき、徳川家康は大阪城にて政務をとっていました。


三成の最後を聞いた家康は呟きました。

「そうか…あの男は最後まで諦めなかったのだな」

報告によれば、三成は処刑の直前、喉の渇きを覚えましたが、「柿は痰の毒」として差し出された干し柿を断ったという。死の間際まで生の機を待つ執念に居合わせた近臣たちは失笑しましたが家康だけは静かに目を閉じました。

さらに使いの者は告げました。

「毛利殿は私の無茶な願いを聞いてくれたにすぎません。寛大なご処置を」 

と…最後の言葉でした。

己の命が消える瞬間、治部が願ったのはそれか。

「どこまでも優しい男であったな、治部は…」


家康の脳裏にそれぞれの大義のために散っていった男たちの顔が浮かびました。


「石田三成…大谷刑部…小西行長…皆…死なすには惜しい男たちであった…」

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