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ある薬師の一生  作者: 杉勝啓


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徳川家康

羽柴秀吉と徳川家康が戦かった小牧長久手の戦いは思いがけない形でおわりを告げました。徳川家康を頼ったはずの織田信雄が羽柴秀吉と和議を結んでしまったのです。これにより大義名分を失ってしまった徳川家康は兵を退くしかありませんでした。

「まさか、こんな形で戦がおわるとはな。我ら浅井の遺臣たちも肩透かしを喰らわされた気持ちだ」

そう言ったのは片桐且元でした。

「私は誰がどう戦おうと興味はない。薬師として、傷ついた人がいれば治療に当たるだけだ、この戦で傷ついた者たちの手当てがある程度、片付いたら長浜に帰る」

「そういえば、阿閉の息子はどうした?いつも、お前と二人で活動してたではないか」

「千吉は嫁をもらってな。子供もできるゆえ、危ない戰場での仕事はやめて、診療所でも開いて慎ましく暮らしていくつもりだと言っていた」

 

思えば、千吉はかって自分の身代わりになろうとしてくれたこともあった。お師匠様の修行の元ではなにかにつけて気づかってくれた。時に喧嘩もしたが寄り添ってくれた。兄弟になろうと言ったのは自分だが、実の兄のように一緒にいてくれた。その千吉は愛しい女ができて、幸せになろうとしている。もう、千吉は私から離れて幸せになってくれればいい。


「そうか。幸せになるといいな」

「ああ……千吉がいてくれたから私は幸せだった。お師匠様と千吉と三人、僅かな食べ物を分け合い、助け合いながら生きてきた」


と、そこへ徳川家康が万吉をよんでいると使いのものがやってきました。

「え?なぜ、徳川家康殿が?」


怪訝に思いながらも万吉は徳川家康の陣屋を訪ねました。

徳川家康は床几に座っていました、

この男が徳川家康か……助作はある意味、父の仇と言っていたが……だが、顔色が悪い……

「おお、よく来てくれた。腕のよい薬師がいると聞いてな。近くによってくれ」

「は、はい」

万吉はおずおずと、近づきました。穏やかそうな男に見えました。

「これを見てくれ」

家康は肩を半脱ぎになりました。

「こ、これは、銃弾のあと、もしや、まだ体の中に弾が……」

「そうなのだ。なんという不覚」

「弾を早く取り出さねばなりませんね」

「頼めるか」

「はい。清潔な布を用意してください。松明をこちらに」

万吉は手術道具である、小刀を松明の火に当てました。

家康の家臣たちは布を探しに行ったようです。

「痛みますが、我慢してください」

万吉は家康の銃痕に小刀を当てました。

「う…うん…」

さすがは家康、泣き喚いたりしない。いままで、大の男が万吉たちの治療に泣き喚いたりするのを何度も見てきました。

よし。銃弾はとり除いた。後は傷口が塞がれば……

家康の家臣の一人が布を持ってきました。それを包帯代わりに巻き付けていきました。

「たいしたものだ。どうだ、わしに仕えぬか」

「いえ、私は……徳川様なら、すでにお仕えしている薬師がいらっしゃるのでは」

「いや、わしに仕えている薬師たちは、その方のように小刀で身体を切るような芸当ができるものはおらん。うん、その方、誰かに似ておる。はっ!その方、あの男に似ている。わしが憎んでも余りあるあの、男、浅井長政に」

な、なぜ、家康が父上を憎んでいるのだ?確かに龍ヶ鼻で戦かったらしいが、あの戦は織田、徳川軍の勝利だった。徳川殿が父上を恨む理由が分からない。

「あの、その理由をお聞きしても」

「あ、いや、忘れてくれ」

家康は周りにいた家臣たちが、気になったのか、その場を取り繕いました。

「それは、それとして、わしに仕えぬか。今、わしに仕えている薬師共はわしの身体に傷つけるわけにいかぬなどとほざきおってな。役にたたん」

「光栄な思し召しですが、私は一人でも多くの者の役にたちたいと思っております。それが、今は亡き師の教えでとありますゆえ」

「そうか。残念だ」

「ですが、呼ばれれば参上いたします。また、当分、傷口は痛みましょう。痛み止めの薬を後でお届けしましょう」

「なら、その、処方を、書いてくれ。自分で作る」

「は、はあ、それは構いませんが」


 万吉が家康の陣屋から戻ると且元が声をかけました。 

「おう、どうであった?」

「いや。ケガの治療を頼まれただけだ。それよりも徳川殿は気になることを言っておった」

「気になること?」

「徳川殿は父上を憎んでいるというのだ」

「徳川殿が?なぜ、徳川殿がお館様を、憎んでいるのだ?」

「わからん」



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