きっと大丈夫
昔は毎日友達と遊んで家に帰れば誰かがいる、そんな時間が永遠に続くのだと本気でそう信じていた。
今日は世間でいうところの成人の日だ。選挙権とかそんなのじゃなくてお酒とかたばこが買える正真正銘の大人だ。僕はすでにその仲間入りはしているけど、改めてこういう日が来ると自分が大人なのだと実感する。そんな取り留めもないことを考えているといつの間にか電車の時間が迫っていた。慌てて支度をし、行ってきますと誰もいない家につぶやく。
電車にギリギリで滑り込み、一息つきながら周りの同じような格好の人を眺める。ふと会うのは何年ぶりだろうと考える。先生に見つからないように一緒に自転車で隣の県まで行ったあいつも、帰り道に恋バナしたあいつも今はなにをしているのだろうか。そんな古い記憶を漁っているうちに電車は最寄り駅に滑り込んでいく。少し息を吐いて駅を降りる。
駅から出れば、そこにはいくつかの見知った顔があった。少し目があった気がしたが相手は気づいていないようで、もう他のだれかを見ている。
「そっか、もういないんだ」
そう呟き、僕は認めるほかなかった。
会場はどうやら駅から少し歩いたところにあるらしく、同じような格好の人の流れにのって頼りない足取りで歩いていく。久々に起動したグループラインを眺めながら、集合場所を探す。そこにはすでに人がたくさん集まっていた。見れば、かつてからは全く想像できないほどに髪を明るくしてはしゃいでいるやつもいれば、びっくりするくらいに綺麗になっているやつもいた。今更ながら五年の月日の大きさを思い知らされた。
そんなことないはずなのに、全く知らない人たちの中に迷い込んだようだった。なんだか自分の時間だけが止まっている気がしてとても恐ろしかった。なんとか知っている人を探そうと歩き回っていると肩をつつかれ、振り返るとそこにはかつてと全く変わらない彼がいた。
「久しぶり、りっくん!元気してた?」そういう彼はあの頃のままの笑顔で話しかけてきた。なんだか急にあの頃の僕らに戻れた気がして、懐かしさと一緒に肩の力が抜けていくのを感じた。
「学校さぼって、二人で隣の県まで行ったの覚えてる?」
そう尋ねれば
「そんなこともあったなぁ。たしか家の前の道路がどこにつながってるのか見に行ったんだよな、懐かしいなぁ」
そういって少しおっとりした、ちっとも変わらない笑顔で返してくれる。
「あの頃って俺たちバカだったよな」
僕はそう言って少し遠くを眺めた。そして僕らは運動会で学校の先生がアイスを買ってきてくれたこと、修学旅行で騒ぎすぎて怒られたこと、中学校最後の部活の試合前に怪我をして出られなかったこと、いいことばかりだけではなかったけれど確かにあった記憶を宝物のように取り出し、語り合った。思い出話がひと段落すると、自然と話題は今の話に移っていった。ビールは思ってたよりも美味しくないとか大学の授業が難しいとか、そう愚痴をこぼしているくせに、彼はずっと楽しそうだった。
成人式を終えた後、僕らは近くの居酒屋によった。最初はあんなにのっていた話もお互い話す内容が尽きたのか今は周りの喧騒だけが二人を包んでいる。
「…もう俺たち大人なんだな。今日でもう二度と会わないやつも、きっと…いるんだろうな。」
彼がぼそっとつぶやいたそれはやけに頭の奥で響いていた。僕はそんなことないよと言おうとして、だけどそれが言葉になることは無かった。実際にもうすでにみんなはそれぞれの人生を歩き始めてしまっている。
「…そうだね。今日会ったクラスメイトの大半がそうだろうね」
僕が力なく返す。
「さびしいなぁ、多分こうやってみんな大人になっていくんだろうなぁ」
そう言うと彼はビールを煽った。まただ、また自分だけが取り残されているような感覚になる。
それからはお互い何も言えず、何となく気まずい雰囲気のまま解散してしまった。彼の寂しそうな顔ともう二度と会えないかもしれないという思いが胸を締め付けていく。
その夜、僕は本当の意味で繋がりを失う怖さを知った。
それから僕は人と関係を持つことに少し臆病になった気がする。この人間関係が目まぐるしく移り変わっていく日常では、人間関係なんてすぐに消えてしまいそうだから。何か思い出ができてもその繋がりが無くなってしまったら、それさえも意味を為さなくなりそうで怖かった。そして気づけば表面的にしか関われない自分になっていた。
どうにかしてこの恐怖から逃げようと冬休みが終わる前日、過去の記憶にすがるように中学校を訪れた。外から見る学校は休みも相まって人気がほとんどなく寂しい雰囲気が漂っていた。昔入っていたテニス部のコートに行くと、記憶よりもフェンスは錆び、ネットはだらしなく風に吹かれていた。そばを歩いていると排水溝にテニスボールが落ちているのが目に入った。ふと記憶がよみがえる。
「みんな下手くそだったからフェンスを越えて外に出ていくなんてことは日常で、いつも練習終わりにボールを外に探しに行ってたんだっけ、楽しかったなぁ。」
風が頬をなでる。ふとどこか心が軽くなった気がした。
「なんだ、ちゃんと残ってるじゃん。」
このとき繋がりは消えてないのだと、ただ思い出という形に変わって自分の中に静かに息づいているのだとそう思うことができた。
昔は友達と遊んで家に帰れば誰かがいる、そんな時間が永遠に続くのだと本気で信じていた。いま大人になってしまった以上、あの頃のように誰かと別れずにいることはもう避けられないんだろう。くだらない話をしたあいつも、一緒に学校をさぼったあいつもいずれ会わなくなるんだろう。そしてこれからも死ぬまで数えきれないほどの別れを経験するのだと思う。だけれど僕は知っている。別れがこれまでのつながりを無くしてしまうことでは無いこと、思い出という宝物にかわっただけだと、悲しむことではないということを。
だからきっともう大丈夫。