運命の人は会社の上司
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
唯人はまどろみの中、掌の柔らかい感触に目を覚ました。
(また触ってた!ヤバっ。)
唯人はとっさに手を引っ込めた。
唯人は美麗の顔をみた。
「おはようございます。お目覚めですか?」
美麗が笑いかける。
「おっ、おはよう。俺が起きるの待っててくれたの?」
「そうですね〜5分くらい前に胸の当たりの変な感じで目覚めました。」
「ご、ごめん。」
「ふふっ。」
美麗は唯人を愛おしそうに見つめる。
「おっ、起きようか?朝ごはん食べよる?」
「はい。」
二人は起き上り、朝食の準備を始めた。
美麗も唯人も幸せで仕方がなかった。
「あの〜」
美麗は唯人に話かけた。
「ん?」
「提案があるのですが。」
「どんな提案?」
「一ヶ月に一度のディナーの日、こうやってお泊りする日にしたいと思いまして。」
「うん!賛成です。」
「良かった。断れたらどうしようかと思いました。」
「断らないよ。だって・・・」
「えっ?だって?」
「・・・残念ですが、次回からは着替えを持参しますよ?」
「はははっ。ホントにごめんね。」
美麗は今の自分の服装を思い出して、恥ずかしそうに縮こまった。
「ホントになかなかの罰ゲームでしたよ!このお詫びはお願いしますね!」
「う〜ん。考えておくよ。」
「ふふっ。」
二人は朝食を取り、しばらくダラダラしていた。
「そういえば部長、今日お休みして大丈夫だったんですか?」
「うん。今週からは、平日頑張れば週休2日できそうなんだ。」
「良かった〜。部長の体が心配だったんです。」
「ありがとう。でも、平日はあんな感じだと思う。」
「えっ?ずっとですか?」
「大体は。白河さん無理しすぎないでね。限界を感じたら休んでいいからね。」
「いえ。お仕事はお仕事なんで、頑張ります!」
「さっ、明日、社長に呼び出されてるし、今日のうちに洗濯とかしょうかな。白河さんはゆっくりしてて。」
「えっ?明日予定あったんですね。」
「うん。そうなんだ。何の話か分からないけど。俺怒られちゃうのかな?」
「大丈夫です!部長は頑張ってます!」
「ありがとう。」
「あっ、じゃあ私今日は帰りますね。」
「えっ?じゃあ送るよ!」
「大丈夫です。電車で帰ります。」
「じゃあ、駅前で買い出しもしたかったから、駅まで送る。」
「はい。じゃあお願いします。」
「うん。」
二人は駅まで一緒に歩いた。
「じゃあ部長、ありがとうございました。」
「うん。楽しかったよ。ありがとう。気を付けてね。」
「はい!」
美麗は何度も振り返りなが改札をくぐって帰っていった。
(あ〜楽しかった!幸せだな。白河さんも俺の事好きでいてくれてるのかな?)
唯人はそんな事を考えながら、買い物をした。
美麗の方も幸せな気持ちで電車に乗っていた。
(あ〜早く月曜日にならないかな。えっ?私、月曜日にならないかなとか初めて思っちゃった。でも平日のあのバードなスケジュールは辛いな・・・でも早く唯人さんに会いたい。)
コトン。
日曜日、唯人は料亭にいた。
「唯人、随分頑張ってるようだな。専務から聞いているよ。体を壊さない様にしてくれよ。」
「社長、ありがとうございます。」
「唯人、今日は仕事じゃない。叔父さんでいいよ。」
「あっ、うん。」
「唯人は今彼女とかいるのか?」
「いえ。」
「良かったよ!実話な、うちの取引先の社長の娘と縁談の話があってな。それで今日は来てもらったんだ。」
「叔父さん、その縁談を受けて、うまく進めば会社のためになるってのは分かってる。分かっているけど、断って欲しい。」
「なんでだ?すごくいい子でものすごく美人なんだぞ!」
写真を唯人に差し出した。
「だろうね。社長令嬢って大体そんなイメージだよ。でもお願いします、断って下さい。」
唯人は、写真をたいして見る事なく、つき返した。
唯人の叔父は、がっかりした様子だった。
二人は、一旦縁談の話を忘れ、楽しく食事をした。
「すまない唯人、これから用事があってな。縁談の話はまだ時間があるから考えておいてくれ。」
叔父はそう言い放つと、足早に店を出ていった。
唯人の叔父は、店をでるなり、電話をする。
「専務、すまない休日に。」
(いえいえ。社長、どうでしたか?唯人くんは縁談は受けてくれましたか?)
「ダメだったよ。」
(えっ?とてもいい話だと思うんですけどね〜。)
「彼女はいないみたいだが、写真をろくに見もせず突き返されたよ。もしかしたら、好きな子がいるんじゃないか?」
(唯人くんは仕事三昧で、恋してる余裕なんて・・・あっ)
「何か知ってるのか?」
(今唯人くんの補佐役の白河美麗という社員が気になっているといってらっしゃったのを忘れておりました!)
「おぃおぃ、相談した時に教えて欲しかったぞ!あ〜。補佐役かぁ。唯人は一般人と結婚させるのは惜しいんだがな。」
(う〜ん。すごく複雑な心境なのですが、唯人くんの将来を考えると、社長令嬢と結婚するべきではありますね。)
「唯人を説得してくれないか?」
(気がすすみませんが・・・分かりました一度考えてみます。)
コトン。
唯人は畳に寝転んでいた。
「はぁ。まったく。話って縁談の話かよ。今日叔父さんに呼ばれてなかったら白河さんともう1日いれたかもしれなかったのに。」
唯人はブツブツ言いながら立ち上がり、帰路についた。
それから縁談の話を叔父がしてこなかったので、断ってくれたと唯人は思っていた。
数週間がたった。
唯人は美麗と、平日の仕事を頑張って、久しぶりのディナーとお泊りの日を迎えた。
二人はディナーを済ませた。
「あのさぁ。今日のお泊りなんだけどさ・・・」
「もしかして?キャンセルですか?・・・キャンセル料かかりますよ?」
美麗は寂しそうに笑った。
「ちっ、ちがうよ!その〜・・・今日は白河さんの家がいいなって思って。ダメかな?」
「なんですと!?油断しておりました!確かにそのパターンもあるんですね・・・分かりました。その代わり、外で5分ほどお待ちいただけますか?」
「やった!待つよ!5分!」
「はぁ。部長の家に行くつもりでいたのにな。」
「白河さんの家いってみたかったんだよ。」
二人はコンビニで酒とつまみを買い、美麗の家に着いた。
「部長、約束通りこちらで少々お待ち下さい!」
「分かったよ。」
美麗は、大急ぎで片付けをした。
「あ〜お母さん!毎日毎日部屋を片付けろってうるさく言ってくれててありがとう!」
美麗は疲れていても、母から「部屋が汚いと心も汚くなるわよ!部屋はいつもキレイにね」と言われていたから片付けだけはちゃんとしていた。だから割と部屋はキレイだった。
ガチャ。
「部長、お待たせしました。」
「早かったね。まだ3分くらいだよ。」
「ははっ。以外と片付いてました。」
「おじゃまします!」
「どうぞ。誰も来ないし部長のお家みたいに広くないから、スリッパとかなくてすいません。」
「全然。こないだはちょっと気取ってみただけだから。スリッパなんて普段はかないよ。」
「そうなんですね。良かった。」
狭いですが、どうぞ。
美麗は、唯人をベッドの側面に背もたれにする形で座らせる。
「おつまみとお酒、準備しますね。」
「ありがとう。」
唯人は美麗の部屋を見回す。
「白河さん、やっぱり本好きなんだね。結構読んだことある本あるな〜。」
「気に入った本は買ってしまうんです。段々増えてしまって、ちょっと困っています。」
「ははっ。確かにすごい量だ。」
美麗は、氷の入ったグラスとお皿に盛り付けたつまみをテーブルに置き、唯人の隣りに座る。
「部長は最近図書館行ってないんですか?」
「そうだなぁ。あの本返してからはいってないかな。最近は本を読まなくても良くなったから。」
「私も、最近、一週間に一冊も読めないんです。」
「仕事しんどすぎて?!」
「違いますよ。理由は秘密です。」
「秘密?気になるな〜」
「ふふっ。さぁのみましょ!」
美麗は買ってきた酒をグラスにそそぐ。
「かんぱ〜い。」
二人は一週間の頑張りに乾杯し、楽しくはなした。
二人はそろそろ寝ようという話になり、お風呂の事を考えた。
「あっ!部分、服!」
「あっ・・・」
「はははははっ!こないだと逆ですね。」
唯人は、結局、美麗のラフなズボンははけるものがあったが、上着は着る事ができなかった。
美麗は、目を手で覆い、指の隙間から唯
人をみながら笑っている。
「残念ですが、それで寝て下さい。ふふっ。」
「恥ずかしいんだけど・・・前の罰ゲームっていうのすごく分かるわ〜。」
「そうでしょ。そうでしょ。
それじゃあ、寝ましょ。」
美麗は嬉しそうにベッドに入った。
唯人がベッド横になると、美麗は抱きついた。
「温かい。」
「うん。暖かいね。」
二人は幸せな気持ちで目をとじた。
相変わらず、なかなか唯人は眠れないが、美麗はすぐに眠った。
「疲れてるんだな。いつもありがとう。」
唯人は優しく美麗の頭をなでた。
それからも、ハードな平日は続く。
美麗たちは、ディナーの日以外に休みの日にも一緒に出かけたりする様になり、毎日が幸せだった。
そんなある日。
美麗は、唯人に頼まれた仕事を一人会社でしていた。
「白河くん。ちょっといいかな。」
専務が美麗に話しかける。
「はっ、はい。」
「少し会議室ではなしたいんだか、時間あるかな?」
「はい。大丈夫です。」
「じゃあ、会議室に先に行ってるから、きりのいい所できてもらえるかな。」
「分かりました。すぐ行きます。」
社員Aの視線を感じる。
「何?」
「いやぁ〜別に。専務に呼び出されて、いよいよ補佐役を下ろされるのかと思ってさ。」
「ひど〜い。別に怒られる様な事はしてないよ。・・・多分。」
「まぁ頑張って。」
「はいはい。ありがとう。」
美麗は会議室に向かった。
トントントン。
「入ってくれ。」
「失礼します。」
「白河くん、忙しそうだね。良く頑張っているよ!」
「あっ、ありがとうございます。」
「大丈夫か?きつくないか?きつすぎて会社辞めたいとか思っているんなら、いつでも補佐役交代してくれてもいいからな。」
「えっ?いぇ。やりがいもありますし、頑張ります!」
「そうかそうか・・・」
しばらく沈黙が続く。
(専務、何で私を呼び出したのかな?ずっと黙ってるし・・・)
「あ〜ダメだ!」
専務が叫び出し、美麗はびくっとした。
「すまない。びっくりしたね。」
「はっ、はい。少し。」
専務は机におでこがひっ付きそうになるくらい頭をさげた。
「白河くん!この通りだ!唯人くんと別れてくれ。できれば補佐役も下りて欲しい。」
「専務どういう事ですか?私、まだ部長とはお付き合いしてませんし、補佐役も頑張りたいです。力不足ですか?」
「まだ・・・だよね?」
「えっ?」
「実は、唯人くんには、うちの会社の大口取引先の社長令嬢との縁談がきているんだ。社長も私も、唯人くんにはこの縁談を受けてもらいたいと思っている。それが唯人くんの将来のためなんだ。頼む!」
「そんな・・・部長は?部長はなんていってらっしゃるんですか?」
「社長から唯人くんにはなしたら、即答で断られたみたいだよ。唯人くんを説得するのは難しいだろう。だから、白河くんには、唯人くんの将来を考えて身を引いて欲しい・・・考えておいてくれ。」
専務は、気まずい様子で、会議室を出ていった。
美麗は、頭が真っ白になり、しばらく動けないでいた。
気づけば、涙が流れていた。
「そうだよね。良く考えたら、私なんかが部長と釣り合う訳ない。次期社長だもんね。それなりの人と結婚するのが普通だもんね。なんで恋しちゃったんだろ。辛いよ〜。」
美麗はしばらく会議室にいたが、涙をふき、デスクに戻った。
社員Aが話しかけてきた。
「なぁ白河、専務に何か言われたのか?」
「特に何も。」
「・・・だってお前、泣いてたんじゃないの?」
「バレたか。あなたのご希望通り、私は部長の補佐役を下ろされるかも知れないよ。良かったね。」
「えっ?大丈夫かよ?」
「何柄にもなく心配してくれてるの?」
「柄にもなくってなんだよ〜」
「ふふっ。」
美麗は少しだけ気が楽になった気がした。ほんの少しだけ。
その日の帰り道、美麗は唯人と初めてあった時に同じ本に手を伸ばした時の事を思い出していた。
「あ〜ぁ。結局あの本と同じになっちゃったな・・・今思えば、唯人さんと私が付き合ったり結婚したりとか、立場上あり得ないよね・・・辛いよぉ。悲しよぉ。」
美麗は歩きながら泣き始めた。
家に帰り、ベッドに座って放心状態になっていた。
「私は唯人さんと一緒にいたい。でも、唯人さんの将来を考えたら・・・どうしたらいいのー!」
美麗は沢山泣いて、沢山考えて疲れてしまった。
ベッドに倒れ込み、そのまま眠った。
次の日、美麗は専務の部屋の前にいた。
トントントン。
「白河です。」
「どうぞ。」
「失礼します。」
ガチャ。
「専務。おはようございます。」
「おはよう。白河くん。」
「専務、私・・・部長の補佐役を辞めます。」
「白河くん・・・本当に申し訳ない。」
専務は、また机におでこが当るくらい頭を下げた。
「白河くん、君は頑張ってくれていたし、つらい決断をさせてしまった。待遇面は考えるから、許して欲しい。」
「専務。私は、転職活動をしようと思います。」
「なんで?・・・って聞くのもおかしいな。君は優秀だし、何より頑張り屋だ。会社としては、いて欲しいが、やはり難しいか。」
「はい。唯人さんがいる会社ではもう働けないです。専務お願いがあります。」
「なんだね。できる限りの事はする。」
「部長には専務から伝えて欲しいのと、今日からしばらくお休みさせて下さい。」
「分かったよ。」
「でわ、失礼します。お世話になりました。」
「白河くん。本当にありがとう。」
美麗は唯人に会わない様に、足早に会社をでた。
「あ〜ぁ。終わっちゃった・・・初めての恋。辛いよ〜。」
美麗は家に帰り、ベッドに倒れ込んだ。
そして、眠った。