会社のゲートを通ったら
「うぅ〜ん。どの本にしようかな〜。」
美麗には、平日は本を読む時間があまりない。
仕事に追われる毎日で、家に帰ればご飯を食べてお風呂に入って寝る毎日だ。
「1週間に一冊しか読めないからなぁ・・・面白いのを選ぶぞ〜。あっ!」
美麗は、気になる本に手を伸ばした。
同じ本に向かって大きい手が伸びてきた。
美麗の手は、その大きな手と触れてしまった。
「あっ。ごめんなさい。」
「こちらこそ申し訳ない。」
美麗が手の先に目をやると、そこには180センチくらい身長のありそうなイケメンが立っていた。
(素敵な人だな。)
男は本を取り、美麗に渡した。
「えっ?私、違う本探すんで、この本はどうぞ!」
美麗は一旦その場を立ち去った。
「びっくりした〜。すごく素敵な人だったな。」
美麗は恐る恐るさっきの本棚の辺りの様子を覗き込む。
「もういないみたい。よし!今度こそ本探すぞ〜。あれっ。さっきの人、この本置いていってくれたんだ。違う本を借りたのかな?なんだか申し訳ないなぁ。」
美麗は、せっかく置いていってくれたのだからと、その本を借りた。
「運命の人は会社の上司。なんて夢のある題名なんだろ〜。早く読みたいな!」
美麗はワクワクしながら図書館を出た。
休日は、早く寝る事に決めていたが、美麗は本を読み始めてしまった。
本の内容は、本屋さんで本を取ろうとしたら、同じ本に手を伸ばした男女が本を譲り合う始まり方だった。
「えっ!これ今日の私みたい!」
引き続きよみ進めると、本を譲りあった男は、女の会社に上司として転勤してきた上司だった。
「明日、ホントにあの人が上司として転勤してきたりして〜キャー!明日が楽しみ!よし!寝よう。明日が楽しみ。おやすみなさ〜い。」
チュンチュン。
カーテンに差し込む朝日と、鳥のさえずりで、美麗は目を覚ました。
美麗は本の事は忘れていて、
「あ〜また地獄の様な一週間が始まる。」
美麗は身支度を整え、会社に向かった。
「はぁ、このゲートを通らなければ運命の出会いに遭遇できるかもしれないのにな。このゲートの向こう側は地獄。」
「おぅ!白河!何立ち止まってんだよ!遅刻するぜ〜」
社員Aが美麗を追い抜いて行く。
「あ〜朝イチ会うのが社員Aですか。今週もいい事なさそぅ。」
美麗は観念してゲートを通り、デスクに座る。
何やらぞろぞろとお偉い様達が入ってくる。
「みんな集まってくれ!」
広いオフィスに専務の声が響き渡る。
美麗達は、専務とその他役職付きの方々を囲う様に立った。
「おはようございます!」
『おはようございます!』
「集まってもらったのは、他でもない。今日からこの部署の部長に就任する、奏唯人くんだ!」
「奏唯人です。先日までニューヨーク支店で勤務しておりました。本店での勤務は不慣れですので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、皆様、よろしくお願いします!」
美麗はハッとした。
「奏唯人?マジ?運命の人?見えない・・・」
美麗は後ろの方にいたため、唯人の顔が見えない。
美麗の後ろでは、噂好きな社員たちがコソコソ話している。
「新しい部長、社長の親族らしいよ。」
「えっマジ〜私狙っちゃおかなぁ。」
「ムリムリ。なんでも次期社長らしいよ。」
「あ〜それはムリだわ〜。」
美麗は聞き耳を立てながら思う。
「確かにムリだわ〜。とりあえず、顔だけでも見たい。」
美麗は頑張って背伸びするがやっぱり見えない。
専務がまた話始める。
「唯人くんは、私も幼い頃からしっていてね〜かわいがってるんだよ!」
「ちょっ、ちょっと専務。」
唯人が照れくさそうに言うと、笑いが起こった。
和やかな空気で唯人の挨拶が終わる。
専務は続けた。
「唯人くんは本店の業務は不慣れでね、補佐役を付けたいと思っている。」
我こそはと社員達が手をあげる。
「まてまて!もう補佐役は決まってるんだ。」
社員達は静まり、次の言葉を今か今かと待っている。
「ゔぅん。補佐役は、白河美麗くん。よろしく頼む!」
「えっ!?私?」
美麗は驚きのあまり、放心状態だ。
「白河くん!どこにいる?ちょっと前に出てきて!」
美麗は人混みをよけながら、前に出た。
「しっ、白河美麗です。力不足かもしれませんが、頑張ります!」
美麗は唯人に頭を下げる。
「頭を下げるのはこちらだよ。よろしく頼むね。」
唯人は美麗に頭を下げた。
二人同時に頭をあげると、
「あれっ?君は図書館の?」
「あっ。」
専務が二人を見て微笑む。
「なんだ知り合いだったのか。」
「知り合いというか、先日・・・」
「まぁ、頑張ってくれ唯人くん!」
挨拶が終わろうとした時、社員Aが声をあげる。
「はい!専務!白河では力不足では無いでしょうか?部長の補佐の補佐を誰かしないといけないと思いま〜す!」
社員達から笑いが起こる。
専務は怪訝そうに社員Aに話かけた。
「白河くんは、仕事もミスなくこなすし、面倒見もいい。コミュニケーション能力には欠けるが、唯人くんと一緒に動けば、白河くんの成長にもつながる。私はそう思っている。人に仕事を押しつけたりする様な社員に任せるよりはよっぽど良い判断だと思うがね。私たちは、ぼっとしている様に見えて、君たち社員をしっかり見ている。頑張っている者にチャンスが舞い降りるのは当然だよ。」
「はっ、はい。余計な事を言ってしまい申し訳ありません。」
社員Aは引き下がり、頭を下げた。
「では白河くん、しっかり唯人くんの補佐を頼むよ!」
「はっ、はい!ありがとうございます!」
先に言っておく。
これは妄想ではない!
現実世界で起きている事だ!
美麗は、恋の予感を感じずにはいられなかった。
美麗は唯人の補佐役になり、ウキウキしていたが、ウキウキできる様な話ではなかった。
唯人は超多忙な様子だった。
1日目は、
打合せや挨拶など、次々と会社を回り、息をつく暇もなかった。
(唯人さん、予定詰めすぎでは?私たち、お昼ご飯も食べておりませんが・・・お弁当、腐っちゃったかな?外に出る予定も無かったし、保冷剤入れてないし。)
美麗は、余裕のなさそうな唯人を見て心配になった。
夕方、会社に戻った頃には、美麗はクタクタになり、デスクに倒れ込んだ。
「これ・・・毎日続くのかな?私持ちそうにない・・・っていうか、唯人さんも大丈夫なのかしら。」
美麗は唯人の方をみた。
唯人は休む間もなく、大量の荷物を整理しだていた。
「働き者なんだな〜素敵な人。」
美麗の視界に社員Aが写った。
「何だよ!くそぅ!いらん事言うんじゃなかった。あの後専務に呼び出しくらって絞られたんだよ!自分の仕事は自分でしろって。だから自分でやってんの!白河・・・お前すごいヤツだったんだな。自分の仕事をこなした上に、毎日こんな資料整理までやってくれて・・・ちょっと反省したわ。」
「ちょっと?全力で反省して。そしたら今までのは水に流そう。」
「はい。反省します。」
遠くで唯人が叫ぶ。
「白河さ〜ん!」
「はい!」
「ごめん。ちょっと来て!社員のネットワークにつながらないんだ!」
「分かりました。」
美麗はちょちょいと唯人のパソコンをネットワークに繋げた。
「ありがとう!これで仕事ができるよ。助かった!」
「いえっ、まだ仕事されるんですか?体が持たないんじゃ?」
「ははっ!体力には自信があるんだ!」
「そうですか・・・無理しすぎないで下さいね。」
「うん。ありがとう!白河さんは、今日はもう帰りなよ。昼ご飯も食べず引っ張り回して悪かったね。明日も頼むよ!」
「はい。では、失礼します。」
「お疲れ様!」
美麗は、クタクタだったが、唯人と1日中一緒にいられて嬉しい気持ちで帰っていった。
次の日、美麗は早起きした。
「今日はお弁当を二人分作るんだ〜。へへっ。ちゃんと保冷剤も入れて〜。完成!」
美麗は意気揚々と会社に向かう。
早起きした分、大分早く会社に着いてしまったが、唯人は既にデスクに座り、パソコンとにらめっこしていた。
「おはようございます。お早いですね。」
「あっ!おはよう。気付かなくて申し訳ない。外回りの前に少しでもしておきたくてね。昨日終電ギリギリになっちゃったから、朝にした方がいいなと思ってね。」
「働きすぎないで下さいね。体調管理も仕事のうちですよ!」
「ありがとう。気をつけるね。今日は、9時には外回り始めたいから、そのつもりでよろしく。」
「かしこまりました!」
美麗は自分のデスクに座り、お弁当の入った袋を見た。
「喜んでくれるかな?てか、食べる時間あるのかな?」
美麗と唯人は9時から外回りをした。
2日目もハードスケジュールだった。
美麗は、必死で唯人に着いていった。
昼頃、唯人は立ち止まり美麗に話しかけた。
「白河さん、ごめんね。いっぱいいっぱいで話したりも出来てなくて。」
「いぇ。私もついていくので精一杯で、お話している余裕ないです。」
「大丈夫?ごめんね。」
「いぇ。頑張ります!」
「そうだ白河さん、昨日を反省して、今日は昼ご飯だべられる様にスケジュール組んだんだ!何か食べようか。」
「あっ!それなら、これ。」
「えっ?お弁当?」
「はい。部長、お昼も食べずに頑張って、夜もちゃんと食べてるのか心配になって。体調管理も補佐できればと・・・」
「確かに・・・昨日の晩はカップラーメンだったな・・・」
「やっぱり。そんな雰囲気が出てました。そこに座って食べませんか?」
美麗は、ベンチを指さす。
「そうだね。白河さん、ありがとう。」
「いぇ。お口に合うかはわかりませんが。」
美麗と唯人はベンチに座り、お弁当を食べた。
「うまい!」
「本当ですか?良かった〜。」
唯人はパクパク食べて一瞬で完食した。
「ちゃんと噛みましたか?早すぎですよ〜。」
「あぁごめん。ずっとバタバタしてたから、クセなんだ。」
「ずっと忙しかったんですね。」
「まぁね。聞いてると思うけど、俺社長の唯一の親族だから。プレッシャーがすごいんだ。だから人一倍働いて頑張らないといけないんだ。」
「お休みは?お休みはちゃんと取ってますか?」
「うん。日曜日だけはちゃんと休む様にしてるよ。」
「そうですか、安心しました。あっ、日曜日図書館に来てましたよね?あの本!」
「あ〜なんか悪いなって思って、戻したんだ。」
「私、借りさせてもらいました。読み終わったら渡しますね。」
「でも、期限があんまりないと思うから、変なプレッシャー感じるんじゃない?そうだ!返しに行くときに、一緒にいこうか?そしたらそのまま借りれるし・・・あっ、ごめん。休日に会社の上司と会うのは嫌だよね。」
「いぇ。そうしたいです!」
(ふっふっふっ!唯人とデートの約束をしたよー!お母さ〜ん!)
「ありがとう。じゃあ、本返す日が決まったら教えてね。」
「あっ、というか、一週間に一冊読むって決めてて、今週の日曜日に返したいんです。ご予定大丈夫ですか?」
「大丈夫。じゃあ、日曜日の昼からでもいいかな?毎週日曜日は、午前中は起きれなくてさ。」
「はい!でも部長、恋愛小説読むんですね。」
「ナイショにしてくれよ!小さい頃から勉強、勉強で、大人になったら仕事、仕事、仕事でさ、恋愛してみたいんだけど、なかなか余裕がなくてさ。だから小説読んで、恋愛気分を味わってるんだ。」
「見かけによらず・・・」
「見かけによらず?なんだ〜?」
「カワイイなと思って。」
「こらこら。一応上司だぞ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「ごちそうさま。美味しかったよ!」
「良かったです。明日も食べる時間ありますか?また作ってきます。」
「えっ?嬉しいんだけど、悪いよ。」
「私いつもお弁当なんで、一人分も二人分も余り変わらないんで、気にしないで下さい。」
「じゃあ、お願いしようかな!」
「はい!」
二人は、お弁当条約を結んだ。
1、しんどい日は無理して作らない事。
2、移動中は、お弁当は唯人が持つ事。
3、お昼代として月の終わりに唯人が一万五千円払う事。(美麗の一万円と唯人の三万円の戦いは凄まじいものだった。)
4、月に一回は唯人が美麗にディナーをご馳走する事。
5、よく噛んで食べる事。
だ。
(なんかちゃっかり月一、デートできる契約になりました。私、幸せです!)
美麗は、気付いた。
「ここ数日、私・・・妄想してない!」
美麗は、生まれて始めて現実世界の恋に触れた。のかもしれない。