会社のゲートを通らなければ
朝日が眩しい。
「今日も仕事か〜。」
美麗は昨日の妄想を思い出していた。
「よし!今日は会社サボろう。」
美麗は昨日の妄想と同じ様に会社のゲートの前で引き返し、公園を歩いていた。
公園のベンチは妄想と同じで先客で埋まっていた。
二人がけのベンチに一人で座る男の隣りが空いている。
「あっ、同じだ!」
美麗はワクワクしながら近づいていく。
ベンチに座っていたのはボロボロの服を着たホームレスの様だった。
「やっぱり現実はこんなものね。」
美麗は絶望して、やっぱり会社に行こうと思った。
「今から戻れば遅刻にならないし、私の人生なんてこんかもんよね・・・」
美麗が引き返そうとした時、ホームレスらしき男がベンチに倒れ込んでうずくまっている様子が目に入った。
「何?ホームレスさん、大丈夫かな?救急車とかよんじゃったら迷惑になるかな?」
美麗はとっさにホームレスに駆け寄ってしまっていた。
「あの〜ホームレスさん。もしもし。大丈夫ですか?」
美麗はホームレスらしき男に話しかける。
「お腹が空いた。お願い、何か食べるもの下さい。」
美麗はホームレスらしき男が必死にうったえるので、自分のお昼のお弁当を差し出した。
周りのベンチに座る人たちは、冷ややかな目で見ている。
ホームレスらしき男は、美麗のお弁当を必死にかき込む。
「美味しい!美味しい!」
美麗は、節約のために自分で作ったお弁当をこんなに美味しいといってくれる男が少し愛おしく思えた。
(ダメダメ。ホームレスさんに恋なんかしたらお父さんお母さんが泣いちゃうよ。)
男は、美麗のお弁当を完食し、幸せそうにこちらを見た。
「美味しかった!このお弁当、君が作ったの?」
美麗は嬉しくなって笑顔で答える。
「はい。余り物で作ったんだけどね。」
「料理上手いんだね。」
美麗は嬉しくてたまらない。
「いぇ。一般的なのしかできないから。」
「そっか〜。これが一般家庭の味なんだ。すごく美味しかった!お礼がしたいな。」
「そんな!お礼とか大丈夫です!美味しそうに食べてくれてすごく嬉しかったから。」
「君、素敵な子だね。」
「えっ?」
「名前教えて欲しいな。」
「美麗。白河美麗だよ。」
「綺麗な名前だね。」
「良く名前負けしてるって言われる。」
「そんな事ない!君は心が綺麗だし、地味なカッコしてるけど、顔もカワイイよ。」
「褒めてもこれ以上は何もでないよ。」
「はははっ!お礼したいくらいなのにもう何も要求しないよ!俺は、奏 唯人。」
「えっ?唯人?」
「えっ?うん。」
「ふふっ。なんだか笑える。」
「えっ?なんで?」
「ナイショです。」
美麗は顔を少し赤らめた。
「美麗。お礼がしたいから一緒に来てくれない?」
「お礼とか大丈夫だから。」
美麗は空になったお弁当箱を束ねて、立ち去ろうとする。
「待って!」
唯人は美麗の腕をつかんでひきとめた。
周りの人たちは、いわんこっちゃないという様な視線を送るが、助けようとはしない。
「俺がこんな身なりだから?」
「違うよ。本当にお礼とかいいから。美味しそうに食べてくれて嬉しかったんだよ。毎日お腹空いてるならお弁当、明日も持ってきてあげるよ。」
美麗はついつい、明日もお弁当を持ってくるといってしまい、大変になるな。とちょっと後悔した。
だか、唯人が少し愛おしくなってしまっていた美麗は、まんざらでもなかった。
「白河美麗さん、やっぱり君は素敵な人だ。俺、決心した。もう一度、働くよ。美麗に好きになってもらえる様に。」
「えっ?私、好きとか良く分からなくて。ごめんね。まぁでも、ホームレスさんが、もう一度頑張れるきっかけになれて嬉しいよ。頑張ってね!」
「ありがとう。美麗、付いてきて欲しい所がある。一緒に来て。」
「少しだけなら・・・」
「良し!決まり!こっち。」
唯人は美麗の腕をつかみ、歩き始めた。
「ちょっと痛い。付いてきいくから大丈夫だよ。」
「ごめん。戦いの前だから、力が入ってしまってた。大丈夫?」
「うん。大丈夫。でも、戦い?」
「付いてきてくれれば分かるよ。」
美麗と唯人は、大豪邸の前に立っていた。
「すっごいお家だね。ヨーロッパのお城みたい!」
「美麗。いくぞ。」
「えっ?唯人くん!勝手に人の家に入ったらダメだよ!」
ガチャ。
美麗は唯人に手を引かれ、大豪邸の中に入った。
映画で見る様な天井の高いエントランスホール。螺旋階段の向こうに大きな窓があり、プールと広い庭が見える。
「唯人くん、早くでないと!怒られちゃうよ。」
「大丈夫。怒られるのはそこじゃないから。」
「どういう事?」
美麗がエントランスで怯えていると、タキシードの様な服装の老齢の気品のある男が近付いてきた。
「お帰りなさい坊ちゃま。なんと痛々しいお姿に。おい!」
老齢の男が叫ぶと、メイドの様な子たちが数人現れた。
「坊ちゃまと、お連れ様を」
唯人と美麗はメイド達に連れられ、それぞれ別の部屋へと導かれる。
「唯人くん!私はどうしたら?」
「美麗、大丈夫だからその子達について行って。」
美麗は、大きな部屋へ通され、椅子に座らされた。
メイド達は、まず美麗の洋服を着替えさせ、髪やメイク、靴など、美麗をコーディネートしていく。
「さっ、カガミをごらん下さい!」
「えっ!これが私?」
「あなた、さすがは坊ちゃまを射止めただけの事はあるわ!キレイ。」
「そっそんな。でも、私じゃないみたい。」
「あなたもキレイだけど、私達もすごいのよ!」
「ホントにすごいです!ありがとうございます。なんだかすごく幸せな気分です。」
「良かったわ。じゃあ行きましょうか。鬼の待つ所へ。」
「鬼?おとぎ話とかだと私食べられちゃうパターンですか?」
「はははっ!大丈夫よ。でも食べられた方がましって思うかもね。」
メイドはブルッと震えた。
ガチャ。
部屋を出ると、唯人が待っていた。
「美麗?なのか?」
「そういうあなたは唯人さん?」
『はははははっ』
美麗と唯人はお互いの変貌ぶりに顔を見合わせて笑った。
「美麗。いくぞ。」
「良く分からないけど・・・了解!」
美麗は生まれて初めてキレイにドレスアップしてもらえて、興奮していた。
トントントン。
「入れ。」
ガチャ。
「お久しぶりです。」
「唯人、戻ったか。戻ったという事は、婚約を受け入れて、ワシの会社を継ぐ決心ができたと言う事でいいんだな?」
「いえ。」
「まだワシに逆らうのか!!!」
部屋にいた男は、唯人に怒鳴りつける。
美麗は怒鳴る男の気迫に唯人の後ろで怯えている。
「会社は継ぐ。これから俺の全てをかけて、オヤジの会社のトップになれる男になる!でも・・・婚約は受けない!俺はこの白河美麗と婚約する!」
「あの〜ちょっと、、、私追いつけてないんだけど。」
「美麗、お前と生きて行く為に、俺はこれから全力で走り続けないといけない。だから追いついてこい!」
「いや〜ちょっと意味が分からないんですが・・・」
「オヤジ、俺は自分で見つけて来たんだよ!運命の人を!」
「ワシの見つけた婚約者が気に入らんというのか!?」
「あぁ。今までオヤジの言う通り生きてきた!でも、あの女と一緒になるのだけは嫌だ!」
「何故そこまで嫌う?」
「最初は、オヤジの言う相手だから仕方ないと思っていた。でも庭を二人で散歩してた時、傷ついた鳥が空から落ちてきたんだ。それを見て、あいつは、汚いから早く処分しろとメイドに命令したんだ。俺はメイドから鳥を奪い、だき抱えて獣医に預けにいった。そのまま町をさまよった。それが家出した理由だよ。俺はあの女とは一緒にならない!」
「では、そこにいる白河美麗?とやらは、さぞ素晴らしい女性なんだろうな?職業は?学歴は?」
「知らない!今出会ったばかりだ!」
「お前はふざけているのか!!!」
「ふざけてない!俺は、財布も持たず家を出たから食べる物もなく、公園で水だけ飲んで数日すごしてた。服はドロドロだし、体は臭いし、公園を歩く奴らは俺を冷ややかな目でみてたよ。空腹で限界に達したとき、ベンチに俺は倒れた。誰も助けてくれない。そんな時、美麗がホームレスさん大丈夫?って駆け寄ってきたんだ。何も考えずに体が先に動いた感じだったよ。お腹が空いたっていったら、美麗は自分の昼ご飯に作ったお弁当をくれたんだ!学歴とか職業なんてどうでもいい!帝王の妻は心優しい人間であるべきだ!俺は、美麗のおかげでもう一度頑張る決心ができた。美麗はきっと、きっとこの先俺の心が折れそうな時、蘇らせてくれる愛おしい妻になってくれる!」
「がぁはははははっ!良かろう。ならば、その結婚を認める。明日から励め!唯人!」
「オヤジ。いいのか?」
「唯人よ。初めてお前が反抗してきて正直嬉しかった。ワシも、父親のいいなりだった。父親のいいつけ通り、この会社を継いだ。だか、父親の連れてきた婚約者にだけは反抗した。お前の母さんとどうしても一緒になりたかったからだ。ワシの思った通り、良い妻だったよ。」
「母さん・・・優しかったな。美麗は母さんに似てたのかな。」
「お前の選んだ相手なら大丈夫だろう。美麗さんを大切にするんだぞ!」
「分かってる!」
美麗は、話を切り出すタイミングをうかがっていた。
「あの〜、そろそろ私、色々聞いても宜しいでしょうか?・・・」
「美麗さん。息子を頼むぞ!ワシの息子はワシを超えるだろう。しっかり支えてやってくれ!」
「・・・はっ、はぃ。」
(この親子は基本的に人の話を聞かないのね・・・これは、唯人さんと結婚すると言う事ですよね?今日出会ったホームレスさんが唯人さんで、唯人さんが大富豪の御曹司で、私がその妻?ムリムリムリムリ!ムリでしょ?私は究極の一般家庭育ち。しかもコミュニケーション能力ゼロです。絶対無理!うまく断って逃げなきゃ!)
トントントン。
「失礼致します。」
先程の老齢のヒツジが部屋に入ってきた。
「坊ちゃま、先程承りました、婚姻届をお持ち致しました。」
美麗は頭が真っ白になり、気を失いそうになる。
(ヒツジさん、婚姻届持って来られました〜まずい。まずい。まずい〜!)
「美麗。これから俺を支えて欲しい。指輪は今はないけど、俺の気持ちの証明に婚姻届を一緒に書こう!」
「今?・・・です?よね?」
「うん!オヤジの前で書きたいんだ!」
(あぁ私はもう逃げられないのね・・・これまでNOと言えない人生を送ってきたけど・・・私は今日もNOと言えない・・・)
美麗は婚姻届に名前を書いた。
「これで俺達は夫婦だ!これからよろしくな。」
「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします。」
唯人の父は、満足げに二人を見つめていた。
婚姻届を書き終えた二人は唯人の部屋のソファーに座っていた。
「すっ、すごいね。この部屋だけで私の実家の一軒家くらいの広さあるよ・・・」
「すごいのは俺じゃないけどね。一人じゃ落ち着かないし、今日からは美麗がいてくれるから嬉しいよ。」
「えっ?今日から?」
「うん。今日からここが美麗の家だろ?」
「そうなりますよね〜・・・」
「明日から色々と忙しいよ。美麗のご両親にも挨拶しに行かないといけないし。」
「えっ?うん。ありがとう。」
「あ~!でも、今日は疲れた。」
唯人は美麗の膝に頭を置く。
「きゃっ。」
「ごめん。重い?」
「うぅん。大丈夫。」
美麗はドキドキしていた。
胸の鼓動が唯人に聞こえてしまうんじゃないかというくらいに。
(これ・・・これが恋?これが好きって気持ち?ものすごく強引だったから結婚までしちゃったけど、これで良かったんだろうな。なんだか・・・私、幸せです!)
その日は、唯人と唯人の父親と3人で夕食を食べた。
見たこともない立派なコース料理が順番に出てくる。
「美麗さん。」
唯人の父が話かける。
「はっ、はい。」
美麗は緊張した様子で答える。
「落ち着いたら、まずテーブルマナーや奏家の妻としての振る舞いを身に着ける様に。でも、今日はいい。緊張せずに食事を楽しみなさい。」
「はい。すいません。」
「ははははははっ。謝る事はない。これから少しづつ頑張ってくれ。」
「ありがとうございます。」
美麗と唯人は、食事を終え、唯人の部屋にいた。
「美麗、ごめんな。疲れただろ?」
「ちょっとだけ。でもとっても美味しかった!」
「専属のシェフが作ってくれてるからね。でも美麗のお弁当も美味しかった。また作って欲しいな!」
「いつでも作るよ!」
「ありがとう。明日も忙しいし、今日はもう寝ようか。」
二人は大きなベッドに横になる。
恥ずかしさで、二人はベッドの両端にお互い背を向けて横になった。
カチカチカチ。
無音の部屋に時計の音だけが鳴り響く。
「美麗。もう寝た?」
「うぅん。寝られなくて・・・」
「俺も。」
唯人は、美麗に近づき、後ろから抱きしめた。
「ほんとは美麗のご両親に挨拶してからと思ってたんだけど・・・もう、好きが抑えられそうにない。」
美麗は、唯人の方を向き、優しくキスをした。
「私も。唯人が大好き。した事ないから・・・その・・・優しくしてね。」
「カワイイ。俺も初めてだから、優しくできる様に頑張るね。」
「唯人も?嬉しい。」
「美麗。」
「唯人。唯人。唯人。」
「お〜い。お〜い。白河!おい!」
(また邪魔が入った。いいとこだったのに!)
社員Aの叫ぶ声に美麗は現実に引き戻される。
「白河〜。何ぼっとしてんだよ!俺外回りした後、直帰でデートだから、これよろしく!」
バサっ!
「えっ?また?」
「よろしくなぁ〜!」
社員Aは足早に去っていく。
「はぁまた今日も残業か。最悪だ。」