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異世界の騎士が、初めてもんじゃ焼きを食べるよ

作者: 凍港くもり

 

 私の名前は二宮明希、東京下町月島のもんじゃ屋さんの娘だよ。


 もんじゃ焼きっていうのはね、キャベツとかの具材に、小麦粉を水で溶いたやつをかけてね、鉄板で焼いてヘラで食べる。ちょっと独特な食べ物だよ。見た目が苦手だって言う人もいるよ。私は子供の頃から食べてたから、気がつかなかったけど。そういう意見もあるんだね。


 ここ東京月島では、もんじゃ焼き屋さん。もんじゃ焼きの専門店がいっぱいあるよ。他の地域の人が、よく食べに来てくれるよ。どこもオススメだけど、せっかくだからウチの店に食べに来て欲しいな。


 ところで、これはちょっと前に私が体験した話なんだけど。


 店の裏で騎士を拾ったんだ。


 その日は曇っていて、お客さんの入りはそこそこだったかな。もんじゃ焼きは、お客さんの前で店員が焼くサービスがある。私も仕事中はよく焼いてたよ。自分で焼きたいお客さんもいるから、焼き方わかりますか?って聞くんだよね。そうすると大抵の人は、店員さん焼いてもらえますかって言うよ。私は自分の腕前を披露できるから、そう言われると嬉しいよ。私は毎日焼いてるからね、やっぱり普通の人より上手に焼けるよ。すごい上手って言われると、嬉しいんだ。

 夕方過ぎてしばらくしたら、お店を閉める時間になったよ。お店を閉めても、まだ作業は続いてるから、材料運んだり掃除をしたりしてた。お父さんがお疲れ様って言って冷たいイチゴジュースを作ってくれたよ。もんじゃ焼き屋さんってアツアツの鉄板があるから、クーラーきかせても暑いんだよね。喜んでジュースを受け取って、お父さんのビールと乾杯したよ。


 私は今日も仕事を終えて満足感でいっぱいになった。よく働きました。えらいぞ私、偉いぞお父さん。私は店の前を箒で掃除していて、裏手もきれいにしておこうかなって思って、ひょいと覗いたんだよ店の裏手を。そうしたら何かあるんだよね。街頭に照らされた、薄暗がりの中で、人間サイズの塊が落ちてた。


 私は急に現れたそれに、ちょっとびっくりして硬直した。でもそれが人間だったら大変だなって思って駆け寄った。ばったり倒れてるなんて普通じゃないからね。どこか体が悪いのかもしれない。


 近寄ってよく見ると、それは思った通り人間だった。


「大丈夫ですか?」


 私はその人の肩をポンポンと叩いて、ゆさゆさとゆすった。


 肩に手を当てて気がついたんだけど。この人、肩に何かつけてる、肩パットかな?それにしてはいかつい。金属みたいにひんやりしてる。

 その人はピクリと身じろぎすると、頭がゆっくりと持ち上がった。私はその人に聞いた。


「どっか痛いとこある?」


 聞きながら顔色を伺おうとするも、夜の帷が降り始めた路地裏では顔色まではわからない。ただ、ひとつわかることがある、この人とんでもないイケメンだ。


「いえ、ご心配をおかけして申し訳ございません。僕は大丈夫です」


 意識を取り戻したばかりのイケメンは、ゆっくりと時間をかけて答えた。その顔に、徐々に強い意志がみなぎるのを私は見た。


「不覚!気を失っていたようです、せめてこの少女だけは守らなければ」


 イケメンは颯爽と立ち上がると、腰に刺していた剣を、すらりと抜き放った。これが本物の剣なら銃刀法違反だよ。私はその行動にあっけに取られている。イケメンは大通りの方を警戒しながら、私を守るように背を向けた。


「落ち着いて」


 私は手をひらひらさせながら、彼をなだめた。


「何にも攻めてきてないよ、敵はどこにもいないよ」


 大通りの街灯の光に照らされた彼は、真っ白な鎧を着ていて、真っ青なマントを身に付けていた。髪の毛の色は黄色…?金髪っぽい。まるで何かの物語の中の登場人物みたい。イケメンなのも相まって、ここにいるのに現実感がない。

 そしてなんだか、誰かと敵対している様だよ。


 彼は私の声を聞くと、ゆっくりと剣を下ろした。


「本当ですか?」


 私は何度もうなずいて見せる。


 その人は私と剣を見比べて、静かにため息を漏らすと、そっと剣を鞘に戻した。


「驚かせて、すいません」


 彼は頭を下げる。


「とんでもない」


 私は彼が剣を抜いた時、恐怖よりもその美しい所作に惚れ惚れしてしまったよ。まぁ驚いてはいたけど。

 それより私は、彼がどうしてこんな格好でこんなところにいて、何と敵対しているのか気になった。


「私は明希、学生だよ。あなたの名前は?」


 とりあえず名前を聞くことにしたよ。


「あき…、明希さんで、あってますか?」


 彼は私の名前を確認した。


「そうだよ。明希でいいよ、私の方が年下だし」


「わかりました、明希。僕は騎士です。名はアルバートと申します」


 彼は、ポツポツと自分のことを話してくれたよ。


 彼は、とある国の騎士であるらしいよ。騎士としてその国に勤め、戦い死ぬことが自分の運命であると信じていたんだって。

 しかし、魔物が攻めてきて彼の国は火の海になった。魔物と戦い、人々の避難を急ぐ。が、やがて傷つき倒れると、魔物からとどめを刺された…。


 …そう思ったが、気がつくと、ここにいた。


 彼…、アルバートはそう教えてくれたよ。あまりに荒唐無稽で信じがたい話だよ。だけどアルバートの真剣な眼差しはとても嘘を言っているようには見えないね。


 よく見ると彼の鎧には、赤いものが飛び散っているね。これは血なのかな、アルバートの?魔物の?


「僕の血ですかね…?」


 アルバートは怪訝な顔で答える。


「僕は魔物に頭を踏み潰された。僕の、気を失う前の最後の記憶です」


「えっ、大変だよ!よく見せて?」


 私は彼の頭に手をやろうとする。彼は背が高くて、とても届かない。私は彼の肩を叩いてしゃがむように促す。そうするとアルバートは困惑しながらも、素直にしゃがんでくれた。


「痛い?大丈夫?」


 私はワシャワシャと彼の金髪をかき分けて、傷口を探した。ちょっと汗臭いよ。傷っぽいものは見つけられなかった。


「あっ、大丈夫です。大丈夫です」


 彼は困ってしまった。それでも私から離れたり、立ち上がったりする事はなく、私の気の済むまで頭を触らせてくれた。


「大丈夫そうだったよ」


 私は彼に得意げに報告したよ。


「ありがとうございます、明希。自分に怪我がないことがわかってよかったです」


 アルバートは微笑みながら私に伝えた。しかし、その表情には影があったよ。


 アルバートは確かに、胸を貫かれ頭を潰された感覚があったと言うよ。

 彼は、そう言うと剣を握る手に力を込めた。鞘に収まったままのそれは、カタカタと鳴っている。


「異世界転生かもね」


 死んだ瞬間に異世界に転移する。こちらの世界の物語でよく聞く話だからね。

 私は、異世界転生について、かいつまんで説明した。


 死んだ瞬間、あるいは死にかけた瞬間に、異世界に行く。深い傷、死に至る傷を負っていた場合は、それは完治している。そういう事象について私の知っている限りのことを話したね。


 アルバートは納得してはいないようだが、命の恩人である明希の言うことだったらと、疑問を一旦は飲み込んでくれた。


「僕以外の人間はどこへ行ったでしょうか?」


 と尋ねられるものの、もちろん私は知らない。


「アルバートのおかげで逃げ切れたんじゃない?」


 私は希望的な意見を言う。


 アルバードの表情が和らぐ。私の意見に満足したみたいだったよ。


 それと同時ぐらいに、彼のお腹が鳴った。


「大変、失礼いたしました」


 彼は、恥ずかしそうにうつむいた。


「お腹空いてるの?」


 私はそれを見逃さなかったよ。だって飲食店の従業員だからね。


「ウチでご飯食べてきなよ、ちょうど店閉めたとこだから。これからお父さんと、まかない食べるんだ」


「まかないですか?それは食べたことが無いので興味は有ります。が、僕は現在、財布を所持しておりませんので…」


 私はケラケラと笑った。


「ごめんね、わからない言葉を使って。まかないっていうのはね、無料のご飯てことだよ。ウチでご飯を食べて行きなよ。お父さんもね、アルバートの話を聞きたいと思うんだ」


 彼はよほどお腹が空いていたのか、遠慮しながらも店に来た。





 そういうわけで、もんじゃ焼き屋に連れてきたよ。

 アルバートはキョロキョロしている。そりゃ見慣れないよね、異世界から来たんだもんね。


 テーブルを拭いていたお父さんが、作業の手を止める。


「おや、その人どうしたんだい」


 と言う。


「裏で倒れててお腹が空いてるみたいだから」


 と、私が言うと。


「じゃあ何か食べさせてあげなきゃね」


 と、お父さんも私と同意見だったよ。この人に何か食べさせてあげたいよね。


「はじめまして僕は騎士です。名前はアルバートと…」


 アルバートが自己紹介を始めると、お父さんがそれを遮った。


「ちょっと待って、その子…怪我してない?」


 お父さんも鎧についている血が気になったみたい。白い鎧だから余計気になるよね。


「僕は、怪我をしていなくて、これは…魔物の血…、」


 アルバートが説明するけど。


「魔物の血?」


 お父さんは怪訝な顔している。


「コスプレだよコスプレ、こういう服」


 私はお父さんにそう説明した。


「あー、なるほどね。知ってるよお父さんだってコスプレぐらい」


 お父さんは、知らないことがあると知っているふりをする。いつもはちょっとめんどくさいなぁって思うけど、今日は助かったね。


 アルバートを座敷に連れて行きアレルギーはないかと尋ねる。


「無知で申し訳ないのですが、アレルギーとはなんですか?」


 そうだね、ちょっと難しい言い方をしちゃったね。


「何か食べたときにかゆくなったり苦しくなったりした事はある?」


 私は言い直した。


「無いです」


 ちょっと考えてからアルバートは答えた。


「嫌いな食べ物は?」


「無いです」


 アレルギーも嫌いな食べ物もないのね、それは助かるね。


「野菜と魚介やチーズ、お餅を使うよ」


 私の言葉にアルバートは驚いた様子だよ。


「魚?そんな高価なものを…」


 恐縮したアルバートは肩を縮こまらせた。


「いいよ、ぜひ知って欲しいもの。うちのおいしい料理を」


 お父さんもうんうんとうなずいている。お父さんは片付けをしながら私たちを見守ってくれている。


「ありがとうございます。ところでオモチってなんですか?」


 そうだよね、この東方の島国の特殊食材だもんね。異世界の人はもちろん知らないよね。私は、お餅をアルバートに見せた。


「これだよ」


「これは…?石鹸ですか?」


 アルバートは疑問を口にする。


「これは食べ物だよ、餅米を蒸して固めた食べ物」


「餅米?」


「麦と同じ穀物だよ。」


 今の説明、あってる?私、いい加減なことをアルバート教えてない?私はお父さんに視線を送る。お父さん何か知ってたら教えて?お父さんは、視線が合うと慌ててテーブルを拭き始めた。さっきまで、ぼんやりこっち眺めてたのに。


「初めて見ました」


 アルバートは理解してくれたみたい、よかった。


「餅米は蒸すと柔らかくなるよ。それをつぶして固めるんだ」


 私は説明しながら、餅の手間暇のかかりっぷりにあらためて感動した。ちっちゃい餅米のつぶつぶを集めて、それを蒸して、一生懸命つぶして、そしてこんなに綺麗な塊にする。大変だよね。大事に食べないとね。


「これは面白いですね」


 アルバートも興味を持ってくれたみたい。


 私はご機嫌になって鉄板に火を入れて油を塗り始めた。


「これは魔法ですか?」


 だんだんあったかくなっていく鉄板に、アルバートは疑問を持った。


「これは鉄板の下で火をつけているよ」


 私は鉄板に油を塗りたくりながら、質問に答えた。


「それにしては、煙も少なくて…、まるで魔法みたいですね」


 騎士は鉄板を正面から見たり横から見たり、そわそわしている。アルバートは反応が面白いね。初々しくて嬉しくなるよ。


 鉄板の上に具材を投入して炒める。


「これはキャベツ、天かす、小エビ、チーズ、餅、明太子。餅チーズ明太子もんじゃだよ」


 これは私が1番好きなもんじゃ焼きだよ。お店でもよく売れるんだ。


「キャベツはわかります。でも、それ以外は初めて見ました」


 どの食材も結構説明が難しい。


「お餅はさっき説明したよね」


「はい、オモチについて答えられます」


 アルバートはよく通る声で言った。


「オモチは麦と同じ穀物で蒸して潰すと、この形状になります」


「大正解!よく覚えていたね」


「丁寧に説明していただきましたから」


 アルバートはまっすぐな瞳で私を見た。とってもイケメン、ものすごくモテそう。ドキドキしちゃうから、あんまり見ないで欲しい。

 私は食材を鉄板の上で炒めながら、大きなヘラで細かく刻んでいく。


「赤いのが魚の卵だよ」


「そんな貴重なものを。魚の卵はすぐ腐ってしまうと聞きます。新鮮な魚の卵が手に入るとは、ここは海の近くですか?」


 アルバートは勘が鋭いね、賢い人なんだろうね。


「そうだよ。ここは海の近く」


 この世界の冷凍とか、冷蔵の技術については今はまぁいいや。


 などと言っている間に野菜に火が通ったので炒めた具材で土手を作っていく。


「奇妙な作り方ですね」


 アルバートは私の手元に注目している。


「ここにだし汁を入れます」


 これは水、小麦粉、ソースなどを混ぜたもんじゃ汁だ。不穏な色の液体の登場にアルバートの表情はよどむ。


「その液体をかけなくても、既に美味しそうですよ」


「でも、これがもんじゃ焼きだからね」


 アルバートの抵抗を私は受け流す。だってこれじゃただのキャベツ炒めだからね。確かに、もんじゃ焼きの見た目が苦手だって人は多い。同じ国の日本人でも、苦手な人はいるし、海外の人もいる。異世界生まれのアルバートは、そりゃもう不安だろうね。でも私はアルバートにもんじゃ焼きを食べて欲しいと思うんだ。私はこれが大好きで、この店はもんじゃ焼き屋さんだ。私はこれを食べて育ったから、その味を知って欲しい。


 土手の中にもんじゃ液を流し込む。溢れ出す液体を混ぜ返して火を入れていく。

 アルバートは無言になっちゃった。さっきまで反応してくれてたのに。


「どうした?お兄ちゃん具合悪い?」


 お父さんがテーブル拭きを終えて、私たちの席に座った。お父さんは、顔色の優れないアルバートを見て、


「あーなるほど!わはは!もんじゃってちょっとゲロに似てるよな。だから、ちょっと食欲なくなっちゃったのかな」


 お父さんの歯に絹着せぬ言葉にアルバートの表情は曇る。


「でも大丈夫だって、これはうちの看板メニューだ」


「そうですか」


 アルバートは言葉少なに鉄板の上の物体を眺めていた。


 アルバートの不安をよそに、良い匂いがしてくる。


「もう食べられるよ」


 そう言って私は、ヘラをアルバートに渡す。自分でも食べて見せた。もんじゃ焼きをすくって、ひっくり返して鉄板にヘラで押し付けると、じゅうじゅう音が鳴った。よく焼けてる。それを確認すると、口に運ぶ。うん、おいしい。


「うん、良い出来良い出来」


「安定してもんじゃが作れるようになったなぁ。練習したもんなぁ。でも、もともと明希は上手だったもんなぁ」


 お父さんも満足そうだよ。

 アルバートも私の真似をして、ゆっくりとヘラを、もんじゃ焼きに向ける。私がしたのと、同じようにひとすくいすくって、ひっくり返して、鉄板に押し付ける。


「これは面白い作業ですね」


 アルバートが久しぶりに良いリアクションをくれた。


「そう、手を動かしながら食事を楽しむの面白いでしょう」


 アルバートは、こくこくとうなずきながら、ヘラにくっついたもんじゃ焼きを凝視した。もんじゃ焼きと見つめ合うこと、数秒。私とお父さんも、緊張の面持ちでアルバートを見守る。アルバートは意を決してそれを口にする。表情が和らいだのかわかるよ。


「おいしいです」


 アルバートが、そう言った。私とお父さんも、ほっと一息だね。その後は、お父さんが飲み物を用意してくれて、3人でワイワイもんじゃ焼きを食べた。アルバートは、深みのある味だとか、お餅とチーズの食感が面白いとか、焼き加減で味が変わって楽しいとか。ずっと褒めてくれたよ。


 アルバートはもんじゃ焼きを気に入ってくれたけど、その後、お好み焼きを出してしまったので、お好み焼きの方がお気に召したみたいだったよ。これは外見も良いし、味もおいしいと言っていたね。やっぱりもんじゃの外見が引っかかっていたみたい。うーん、残念だねぇ。


 アルバートは、恩義を感じうちの仕事を手伝ってくれるようになった。もともと行くあてもなかったので、ウチに住むことになったよ。そういうわけで、アルバートはウチの住み込みの店員さんになった、もんじゃ屋さんになったのだ。










 もんじゃの作り方を説明しながら、手早く手を動かす。

 もんじゃを作っているのは、金髪碧眼のイケメン店員で、それを聞いているのは黒髪の日本人のお客さんだ。お客さんは、もんじゃは初めてらしい。なんか面白い光景だよ。


 もんじゃの外見に、文句言うお客さんに苦笑いするアルバート。アルバートも、もんじゃの姿形、あんまり得意じゃないもんね。


 あれからこのもんじゃ焼き屋は、金髪のイケメン店員が焼いてくれる事もあり、繁盛しているよ。


 仕事終わりに、アルバートから呼び出される。


「また聞かれました、スマートフォンの番号を…」


 アルバートはかっこよくて礼儀正しいので、よく連絡先を聞かれているよ。


「そろそろスマートフォンを買おうか?」


 私がそう言うと、


「必要ないです」


 とアルバートは言う。


「それより重要なことがあります。僕は僕に恋人がいたら良いと考えます。そうすれば、番号を聞かれたときに恋人がいるからと、お断りすることができます」


 私はアルバートがそんなことを言い出すから、ちょっとショックを受けた。アルバードはこのままみんなのアイドルでいてくれる。そんなおごりがあったから。


「へー、なるほど好きな人がいるんだ」


 私は、動揺を悟られないように極めて、冷静を装ったよ。悲しいよ、こんな強がって。


「明希はいないんですか?」


「まぁどうかなぁ」


 私は曖昧な返事をした。


「僕は好きな人がいますよ。でも、相手に思いを伝えるためには、もっとロマンティックな場所が良いと、彼女のお父さんは言うのです。僕はこの店もロマンティックだと思います。でも、2人のこれからの思い出の中で、一際輝く記憶にしたいのです。だから、給料日まで待ってもらえませんか?給料日が過ぎたら、どこかロマンティックな場所に出かけましょう」


「それって」


 私は激しく動揺して、


「それってもう好きってこと?好きって言われたような気になっちゃったけど」


 ロマンのかけらもないことを言った。


「そうですね」


 アルバートは微笑んで、一呼吸置いてから言った。


「明希が好きですよ。でも、正式にお付き合いをお願いするのは、ロマンティックな場所で構いませんか?」


 アルバートはひざまずいて、私の手にキスをした。

 え?なんて?

 キス?キスしたの?今?


「来ていただけますね?」


 有無を言わせぬ勢いに、私はたじろいだ。

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