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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――静かな攻防戦

作者: 小山らいか

 ――あと1分。

 外の様子をうかがう。郵便配達のバイクの音は聞こえない。カウントダウンを始める。

 12時。タイムリミット。仕方ない。電話の子機に手をかける。

「昨日お送りいただいた(はずの)ゲラ(校正紙)、まだ届かないのですが」

 校正プロダクションの社長へ電話をする。昨日、次の仕事の依頼を受け、発送してもらったはずのゲラが届かない。ここから送られてくるものはたいてい赤いレターパックの翌日午前着なので、郵便配達のバイクの音をずっと気にして待っていたのだ。

「ああ、昨日ね、ちょっと出すのが遅くなっちゃったんだよね」

 またか。聞こえないようにため息をつく。こちらは時間の予定を立てて待っているのに。発送のタイミングが遅かったため、到着が午後になるパターンだ。

 校正プロダクションの社長は、非常に優秀な校正者だ。こちらが何日もかけて校正したものを持っていくと、わずかな時間その場で目を通しただけでこちらが気づかなかった点を見つけてくれる。プロの仕事だ。

 ただ、ちょっと困ったところもある。何人もの校正者を抱えて仕事の割り振りをしているので、常に忙しくしている。今回のように、送らなければいけないものを送るのを忘れていて、到着が遅れることはよくある。ここでも、キレそうなところをぐっと抑える。

 気を取りなおして、届いたものを開封し、さっそく仕事にとりかかる。

 校正プロダクションから来る仕事はさまざまだ。もちろん、内容を聞いて断るなどということはない。法律の条文を一字一句確認していくようなかたい仕事(法律のコンメンタールなど)から、小中学生の女子が読んでキュンキュンするような読み物まで幅広い内容のものがあり、基本的にどんな本でも引き受ける。

 そして、今回の仕事はキュンよりのほう。若い世代をターゲットにした恋愛小説だ。

 小説は、ふだん私が多く担当している実用書などとは観点がだいぶ異なる。固有名詞の調べ物などはあまりなく(まれに駅名などを調べることはある。ちなみに東京の「よつや」は駅名は「四ツ谷」だが町名は「四谷」)、時間の流れがおかしくないか、登場人物の一人称が途中で変わったりしていないか(「俺」が「オレ」になったり)などを見る。

 もうひとつ、大事なのがルビをつけること。ルビとはふりがなのことだ。編集者からは、読みづらい漢字にルビをつけてください、などと依頼がある。「読みづらい漢字」の定義もあいまいなのだが、常用外の漢字や熟字訓のようなちょっと変則的な読みなどを拾ってルビをつけていく。そして、つける頻度にもルールがあり、本全体の初出のみつける場合、章ごとの初出につける場合など、本によってさまざまだ。

 今回の依頼の本からはちょっと逸れるが、ルビについてひと言。小学生向けの学習教材の校正ではルビのつけ方はもっと厳格だ。文部科学省が作成した「学年別漢字配当表」というのがあり、それぞれの学年向けに、この表にそってルビをつける。私が仕事をいただいている出版社では、たとえば2年生向けであれば、「1年生の漢字はトジて(漢字にして)ルビなし、2年生の漢字はトジて総ルビ(出てくる都度、すべてルビをつけること)、3年生の漢字はヒラク(ひらがなにする)が、3年生の漢字が1、2年生の漢字と熟語になるときはトジて総ルビ」、となっている。例を挙げると、2年生向けでは「小学校」はすべて1年生配当なのでトジてルビなし、「漢字」は「漢」が3年、「字」は1年で熟語なのでトジて総ルビ、「発表」は「発」も「表」も3年なのでヒラいて「はっぴょう」となる。

 教材の仕事はだいぶ長く担当しているので、この「学年別漢字配当表」はだいたい頭に入っていた。ところが、平成30年4月、新学習指導要領に変わったことでこの「学年別漢字配当表」が大きく変更になった。4年生配当漢字に都道府県に使用する文字(岐阜、沖縄など)が加わって、それに伴い5、6年生の漢字も変更された。もう6年以上前の話だが、いまだに慣れない。

 恋愛小説の仕事の話に戻る。

 作業を終え、校正プロダクションの事務所へ行く。「また、ゲラが届くの遅れましたよね」と言ってしまいたいところをぐっとこらえ、笑顔で「終わりました」とゲラを手渡す。

 すると、ゲラを見終わった社長から二つの指摘があった。

「家族は家業を盛り立てていた」

「そんな話は、今まで聞いた試しがない」

 一つめは「盛り立てる」。これは正しくは「守り立てる」と書く。二つめは「試し」。これは漢字にすると「例し」となるが、「ためし」とすることが多い。うーん、やっぱり難しいな。ちょっと落ち込む。でも、何とか無事に出版社へ納品することができた。

 後日、社長から一本の電話。

「小説の表紙と帯と挿絵と奥付の校正が来てるんだけど、ちょっと見てくれる?」

 聞くと、今日の午前中に返してほしいと頼まれているという。時計を見ると、11時。少し前に頼まれていたものが手配できず、こんなタイミングになったという。だから、それ、早く言ってよ。慌ててメールで来たものをプリントアウトし、作業に入る。

 スキャンしたものをメールで先方へ送り返す。ギリギリセーフ。ふう。


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― 新着の感想 ―
下手なファンタジーや恋愛ものよりもワクワクしながら読ませていただいてます。他者の日常は私にとっての非日常ですからね。このシリーズ大好きです!
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