二律の道の残響
一回の裏――ワンアウト、黒峰の攻撃
観客のざわめきが収まる中、黒峰の二塁手・伊東ユウジが打席に向かった。バットを肩に軽く乗せ、インコースを冷静に睨むその目は、典型的なつなぎ屋のものだ。ランナーを進めるのが仕事で、派手な一発など求めていない。マウンドでは加藤リョウタが汗を拭い、佐原の三振の余韻を胸にリセットした。
中野ベンチの階段脇では、中村ハヤトがウェイトバットを下ろした。リョウタの好投に、ゆっくりとしたスイングが止まる。
やるじゃん、涼太。この調子で……くそ、なんで俺が出られないんだ? フィールドをちらりと見やり、羨望が胸をよぎる。待てよ……二刀流のスキル、ちゃんと確認したことねえな。なんかアップグレードできるかも。
視界にスクリーンが浮かび上がる。ハヤトは念じるだけでメニューを操作し、クラスパスへスクロール:二刀流(Two-Way Phenom)。
コア特性:二律の道。
投打両方で活躍できる稀有な才能。すべての「二刀流」シナジースキルにアクセス可能。欠点:疲労蓄積は両役割に同時に影響する。
ふむ……なるほど、両刃の剣か。 さらに深く掘り下げると、スキルツリーが枝分かれのように展開する。スキルはランク分けか。シンプルだな。でもこのネーミング……センスなさすぎる。誰が考えたんだよ、デュアルサーキット? サイクル・オブ・フォーカス? エナジードリンクみたいだぞ。
視線がRank IIIに止まる:ヒーローズ・バーデン。
真の二刀流が背負う重荷。
• 全主要ステータスの潜在能力+10%。
• 長丁場で疲労が30%速く蓄積。
• 疲労80%超で全シナジーボーナス停止。
• 疲労90%超でさらにパフォーマンス継続(クラッチヒットor三振時):
→ リミットサージ発動:1イニング限定で全体ステータス+20%、その後大規模スタミナクラッシュ。
これはヤバい……バフがエグいな。早く発動させてみたいぜ。 だが興奮はすぐに冷めた。待てよ……これ全部、出場しなきゃ意味ねえ。ほとんどスキルが出場と両役割でのプレーでしか解放されねえし、二刀流で使わなきゃ効果ゼロか。あーあ、二刀流選んだの失敗だったかもな。 意識だけで画面を閉じ、苛立ちがベースラインの埃のように残る。まあ、グラインドだ。せめて涼太はチャンス掴んでる。
フィールドでは、バットがボールをかすめた音が響いた。伊東の打席は空振り三振で終了――リョウタのカットが黒縁を抉るように沈んだ。「ストライク三振!」審判のコールに観客が沸く。
「おお! 中野にこんな投手がおったのか」
「鈴木ばっかじゃキツイよな。休ませられるバックアップがいてよかった」
記者席で佐久間ユウイチがメガネを押し上げ、ペンをノートに叩く。上出来だ。まだ粗いがポテンシャルはある。次が本番――楠木ダイゴ。面白い対決になりそうだ。
ハヤトはバットを再び振り始め、フィールドに集中した。涼太、燃えてるな。くそ……今はシステムなんか見てねえで、仕事しろ俺。
楠木ダイゴがルーキーの余裕たっぷりに打席へ。素早い二アウトにも動じず、一塁ベースを指差すようにバットをリョウタに向けた。
「悪くねえよ、投手くん。でも俺なら、それで満足しねえな」
リョウタは視線を返し、腹の底から声を絞る。
「さっさと打席に入れよ」
観客が身を乗り出す。緊張の波が広がる。
「あの二人、何かあったのか? 空気熱くなってきたな」
黒峰ベンチで司堂セイヤが腕を組み、前傾み。
「あのバカ、またやってる。出塁してから喋れよ」
隣で三宅ソウタがくすりと笑う。
「放っておけ。あいつはああやってこそ本領発揮だ」
セイヤは肩をすくめ、口元に笑みが浮かぶ。
「まあな。ただ、恥かかせんなよ」
ダイゴは構えに入り、遊び心の光が冷徹な集中に変わる。コンパクトな体躯がコイルのように巻かれ、バットが低く構え――野生じみたパワーが解き放たれを待つ。
ホームベース後方、秋山の頭が高速回転。こいつは一発の匂いがプンプンする。四球か? いや……この練習試合は成長のためだ。ここで逃げたら本番で足引っ張るだけ。 サインを閃く:内角カット。すまん、涼太。正面からいくぞ。
マウンドでリョウタが頷き、ゴムを軋ませる。分かってる、秋山先輩。逃げる気なんてねえよ。 セットから投球――カットがホームへ突き進み、打者の手元へ鋭く食い込む。
ダイゴは辛抱強く追い、タイミングを微調整。これだけか? もう読めてるぜ。 スイングが炸裂し、打球はデッドセンターへ低く鋭く飛ぶ。ホームラン級のライナーだ。
悪くねえ球だな ダイゴは足を進め、一塁へ向かいながら思う。タイミング少し狂わされたけど……関係ねえ。フェンス超える。 自信が胸に広がる。
リョウタは凍りつき、打球が耳元をかすめて飛ぶのを呆然と見送る。
「センター!」秋山の声が鋭く響き、ミットを太腿に叩く。
ダイゴの小走りが止まる。そこに――西村ソウマ、中野の無表情な中堅手が、すでに壁へ向かって疾走中。なんだよ……もう着いてんのか!?
西村は跳躍、グローブを伸ばしてダイビング。打球が革に収まる――フェンス目前でアウト。
観客がどよめく。首を振る者も。
「おい、いつ追いついたんだ?」
「見てなかったのかよ。ヒット音で即スタートだろ、本能だぜ」
リョウタは大きく息を吐き、肩の力が抜ける。危なかった……助かった、西村先輩。
中野ベンチが活気づき、攻守交代で選手たちが飛び出す。木村タイヨウが最初に西村の背を叩く。
「ナイスキャッチ、先輩! ホームラン、丸ごと奪ったな」
上杉コウキがヘルメットを脇に挟み、笑顔で続く。
「マジでカッコいいっす。こんな先輩いると心強いわ」
西村はグローブの土を払い、表情一つ変えず。
「まだ始まったばかりだ。祝うのは後にしろ」
ダイヤモンドの向こう、司堂は舌打ちし、空の外野芝を睨む。さすが西村か。チッ……こりゃ長引くぞ。
両チームが入れ替わり、正午の陽光の下をジョギングで交差する。二回の表――中野の攻撃ターン。四番・田中レンがバットを握り、ウォームアップ中の司堂セイヤを睨んで打席へ。空気は今、格段に重い――序盤の探り合いが終わり、本気の消耗戦が待つ。




