表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブンタとマルとミカン

作者: 志村菫

ブンタとその家族と友達ワンコのお話です。

 春の日差しが心地よい月曜日の午後。

いつもの花道公園のベンチで、文香ママと智美さんと夏枝さんが恋バナ的な? 何か恋愛の話をしている。


 文香ママのリードには、フレンチブルドッグのボク、ブンタが繋がれていて、智美さんのリードには、ジャックラッセルテリアとビーグルのミックス犬のマルが繋がれていて、夏枝さんのリードには柴犬のミカン先輩が繋がれている。


 時々この公園で、文香ママが智美さんと夏枝さんとお話している時、ボクはマルとミカン先輩の話し相手になってあげているんだ。もちろん、人間には僕たちの会話は聞こえない。犬は心の中で話すからね。


「今日は何か、昔の話をしているわね? うちのお母さんちょっと照れてるわ」

「うちのママは何か楽しそうだな……」

「ふぅ……」

「どうしたの? ブンタ、今日は元気がないわね?」

「そうだよ。ちっとも僕とミカン先輩の話、聞いてない感じだし……」

「だってさぁ……うちの文香ママは今、恋をしているんだ」

「えっ? いいじゃないの。恋するってステキなことだわ」

「うん、そうだよね。で、文香さんはどんな人に恋をしてるの?」

「どんな人って……」


 ママの経営している美容室の隣にカフェができて、そのカフェのオーナーがさぁ、小学生の頃の同級生だったんだって。

 しかもね、ママの初恋の人だったんだよ。おまけにその同級生が独身だって知ってから、ママは今まで以上にお化粧とか洋服に気を遣い始めたんだよ。

 それから寝る前とかに、ママはボクに相談するようになったんだ……。


「ねぇブンタ、森岡くんは結婚してないんだって……前に同窓会があったんだけど、その時は来てなくてね……気になってたのよ……絶対に結婚してるって思ってたけど……」


 ママは41歳なんだけどね、同級生の女子の中でずっと独身なのってママだけなんだって。それ以外はバツイチだったりシングルマザーだったり……まぁ結婚の経験はあるらしい。でもママはね、ずっと独身。世界一綺麗なのに!

 同級生の男子の中では、まだ独身の人がチラホラいるんだけど、まさか森岡って奴が独身だなんて信じられなかったんだって……。たいしてカッコよくないのにさぁ!



「ねぇ文香さん、その方は女子生徒に人気があったの? 学級委員とか、スポーツができるとか? まぁ私達の頃はスポーツができる子が人気者だったけどね」

「えっ! 私も夏枝さんの頃と変わりませんよ。やっぱり小学生の頃はスポーツができる子が人気でしたよ!」

「じゃあ、夏枝さんも智美さんも活発な子が好きだったんですね?」

「うーん……どちらかと言うとね……」

「でも文香さんは文学少年とかの方が好きそうですよね?」

「うわっ、智美さん鋭い! そうなんですよ……どちらかというと、教室の隅で本を読んでいるようなおとなしい子が……」

「へぇ……それじゃあ、その子がそのカフェのオーナーさん? 一度、智美さんとお茶飲みに行こうかしら?」

「イヤだ! ちょっと恥ずかしいです……あっ、彼氏でもないのに……照れるなんておかしいですけど」


 ママは、完全にその森岡って奴に夢中になってるんだよ……。

 気にいらない! だってそのカフェはドッグカフェじゃないからボクは入れないんだよ。だからママは一人で行くんだよ……。

 アイツがママの事を「倉田」って呼ぶのも何か気に入らない!


 それに……。

 ボクはママのお店の看板犬だから、いつもお店の玄関の、一番日当たりのいいところに座ってるんだけど……。

 お店はガラス張りだから、アイツが通る時はよく見えるんだ。

 ママはアイツに気が付くと、たまに手を振ったりしている。だから、店の従業員のミキちゃんがボクに、「文香さんはあの人と付き合うのかな?」なんて言うんだよ……。

 


「別にいいんじゃないの? もう、ブンタ、ヤキモチ?」

「ミカン先輩……違うんだよ……アイツには子供がいるんだよ……」

「子持ち? ってことは、不倫?」

「マル! ママが不倫なんてするわけないだろ!」

「ごめん……」

「なんかね、8歳の娘がいるんだって……」

「なるほどね……ブンタは、文香さんが苦労するんじゃないかって思うのね?」

「うん、そうだよ……」

「あっ! 文香さんを独り占めできなくなるからだろ?」

「マル、うるさい!」


 そうだよ。マルの言う通りだよ……。

 でも、ボクはある日、森岡って奴の家に招かれた。勿論、ママと一緒にね。

その、8歳の娘に会いに行くっていうからね……。

 その娘のママになってほしいとか言うつもりじゃないだろうな……ってボクは思ってたんだけどさ……。


 森岡の家に行ったらさぁ……。

 娘なんていないんだ……いたのはラブラドールレトリバーのおばちゃん。


「僕の娘……レインだ」

「まぁ、可愛い……よろしくね、レインちゃん!」


 ママは撫でたりしないで、そのラブラドールレトリバーに微笑んだだけだった。

 で、そのおばちゃんはボクの方をじっと見てさぁ……


「犬なのに牛の柄の服?」

「べ、別にいいだろ? ママが作ってくれたんだよ!」


 その日はお出掛け用の新しい服を着ていたんだ。


「それで……誰だい? お前は」

「誰って……ブンタだよ……」

「私はレインだよ……あの人の犬なんだね?」

「そうだよ……犬って……犬だけど……ママはボクの事を、私の子って言ってくれるよ」

「ハハハッ!」

「何が可笑しいの?」

「ごめん……そうよね。涼太さんも私の事を娘って言ってくれるわ……こんなおばちゃんなのに……」

「そうだよね、娘って……ハハハッ!」

「まぁ、笑い過ぎよ」

「ごめんなさい……女性に年齢いじりはNGだって……いつもミカン先輩から言われてるのに……」

「ミカン先輩?」

「うん。いつも公園で会う友達だよ」

「ああ……私も最近はあんまり散歩に行けなくて……友達に会えてないわ」

「どうして?」

「ちょっとね、身体の調子が悪くてね……」

「ふうん……大丈夫なの?」

「今日は調子いいみたい……」


 ママは、「レインちゃんに触ってもいい?」って森岡に聞いてから、優しくレインさんの頭を撫でたんだ。その横で、森岡もレインさんの腰の辺りを撫でたんだ。

 そしたら森岡が「ブンタくんを抱いていいかな?」なんて言うから!


「森岡くんが抱っこしてくれるって、よかったね、ブンタ」


 そう言った後、ママがボクを抱っこして、森岡に渡そうとしたんだ……!


「ママ! イヤだよ」


 足をバタバタして、普段はそんなに吠えないけど、ちょっと吠えちゃった。

 森岡がそっとボクを抱いた時……思いっきりのけ反ったら……。


「あら、ブンタ? どうしたのかしら? 結構人懐こいのに……」

「フレンチブルドッグって、前に働いていた会社の同僚が飼っててね、凄く賢くてブンタくんみたいにお洒落で……でも、嫌われちゃったのかも……」

「そんなことないわよ……来たことがない場所だから緊張してるんじゃないのかしら」


 森岡の部屋は、余計な物が何もない……そう、こういうのって無機質っていうんだっけ? 生活感がない? とか?


「森岡くん、お部屋をとても綺麗にしてるのね」

「いや……物がないだけだよ」

「物があるのが苦手なタイプ?」

「……うーん……そうでもないかな……」


 それからママは森岡の部屋でコーヒーを飲んで、ボクはおやつにレインさんと一緒に、柔らかめのささみジャーキーを食べた。

 二人の様子を伺っていると、ボクが心配していたことにはなりそうもなかった。

 学生時代の同級生で、お互いに犬と暮らしているから……そうだ、智美さんや夏枝さんと同じような関係? ママは森岡の事を初恋の人だから気になっていただけなんだろう……たぶんね。


 でも……それは違っていたようだった……。

 ママは家に戻ると、やっぱりボクに相談したんだよ。


「ねぇブンタ、森岡くん、前にあの部屋で彼女と一緒に暮らしてたんだって……まぁこの年齢だから色々な事があったのかもしれないけど……でも、その彼女とはどうして別れちゃったんだろう……やっぱり気になるところだよね……」


 ボクは、過去にママが辛い恋愛をした事を知っているんだ。だから、森岡がママを泣かすような事があったら許さないんだよ!



 ママはね、美容専門学校で知り合った人と交際していたんだ。

 卒業後、都会の違う美容室で働いていたんだけど、お互いに腕を磨いて将来は地元で店を出す事を目標としていて……。

 でもある日、美容室を経営していた伯母さんが高齢の為、店を閉める事になったから、その後はママに継いで欲しいって話になってね。そろそろ結婚を考えてもいい頃だと思っていたから、交際中のカレシに相談したんだって。いい返事がもらえると信じて……。


「ごめん……文香とは勿論結婚したいってずっと思ってるよ……でもオレは……まだ地元の美容室で働く覚悟ができてない……まだこっちでやりたいんだ……」


 それから、遠距離での生活が始まった。ママは伯母さんの美容室を継いで、カレシはどんどん認められて、お互いの世界が明らかに変わって行くのを感じたんだって。

 それと同時に、カレシには他の女の人の影が……。

 だからママから別れを告げたんだって……15年も付き合ってたのに……。


「なんか、うまくいきそうな感じですか? 同級生の人と」

「やだ、智美さん……友達ですよ……このまま良いお隣さんとしてお付き合いしていけたらいいかなって……」

「まぁ、それじゃあ文香さんは仕事に生きるつもりなの? まさか、前に話していた、昔の彼が忘れられないとか?」

「……確かにずっと引きずってはいましたが、もう未練はないです……」

「それなら、そのお隣の同級生の方と交際して、その先は結婚を考えて……」

「け、結婚? まさか……今更……」

「今更って、まだ若いじゃないですか! 見た感じ、私と同い年くらいにしか見えないし、それに綺麗だし……」

「そうよ! ウエディングドレス姿、素敵でしょうね……私は和装だったからドレスって憧れるわ……」


 いつもの様にベンチに腰かけて、ママと智美さんと夏枝さんがお話をしているから、ボクもミカン先輩とマルとお話をしていた。


「夏枝さんが文香さんに結婚のお話をしているよ。えっ! 結婚するの?」

「マル! ママは結婚なんてしないよ!」

「でも、8歳の娘は犬のレインさんだったのよね? それならブンタが心配している事はない訳じゃない?」

「そうだけど……でも……」


 アイツはママを守ってくれるのかな? ママはもうお父さんもお母さんもいないんだよ。お父さんが死んじゃってから、すぐにお母さんも死んじゃってね……ママはひとりになっちゃったから……。

 そんな時にペットショップでボクと出会ったんだ。

 ママは潤んだ目でボクを見て……。


「うちの子になってくれる? 私ね、ひとりぼっちになってしまったの……でもね、寂しいって気持ちだけで……そんな中途半端な気持ちであなたと暮らせないからね……ちょっと待っててね……」


 ママは二度、三度……ボクとマルがいるペットショップに来てくれたんだっけ……。

 ちゃんとボクと暮らせるのか……すっごく考えたんだって……。


「ボクのママはね、最初はマルを抱っこしたんだよ……でも、この子じゃないって思ったんだって……運命を感じたのは、ボク!」

「またその話? 僕だって、ブンタが文香さんのとこへ行った後、すぐにママとパパと愛ちゃんと杏ちゃんが来てくれて、僕を抱っこしたんだよ! 愛ちゃんと杏ちゃんが僕じゃなきゃダメだって言ったんだよ!」

「えっ? 愛ちゃんはマルだったけど、杏ちゃんはボク推しだったんだよ!」

「ウソだ! 杏ちゃんは気まぐれなとこかるから!」

「まあまあ……ケンカしないで。でも、それぞれ縁があって家族になったって訳だし……」

「そう、ボクとママは運命の赤い糸で結ばれていたんだよ……」

「赤い糸? それって恋人同士や結婚する人同士の事を言うんじゃないの?」


 そうだっけ……。

 ボクには赤い糸の赤がどんな色かわからないけど……でも、森岡とママは結ばれているのかな? うーん……そんな事考えたくない!


 あれからママは時々ボクを連れて森岡の家に行ったり、レインさんの調子がいい時は行ったことのない、大きな公園で散歩をしたりした。

 森岡はそれほど面白い奴じゃないと思うんだけどさぁ……ママはいつも楽しそうに笑ってる。ボクといる時とは違う顔をするんだ……気に入らない!


 森岡は、結構キツイ人生を歩んできたらしい。

 二十歳の頃に突然、両親を事故で亡くした。まだ幼い弟と妹がいたから、森岡はこれからどうしようか、途方に暮れたんだって。

 でも救いだったのは、その頃すでに大企業から内定をもらっていた事だった。仕事して、安定した収入さえあれば三人で何とかやっていける……頑張ろう……って思ってたけど……両親が死んだ事が受け入れられず、弟がグレちゃったり、身体が弱い妹が入退院を繰り返したりして……。

 ただでさえ、仕事でクタクタなのに……弟と妹が独り立ちするまでの15年間、次から次へと本当に色んな事があったんだってさ……。


「……森岡くん……大変だったのね……」

「まぁね……でも弟は今、ちゃんと仕事をして妻子と暮らしていて……僕の事も気遣ってよく連絡してくれるし……妹も結婚はまだだけど、ちゃんと元気に働いてる……」

「そっか……よかったね……森岡くん、よく頑張ったね」


 その時、ママが優しく森岡を見つめたから、森岡もママを恥ずかしそうに見つめたんだ……。

 何だよ! いい雰囲気になってるよ! 気にいらない!


「ねぇレインさん、森岡……森岡……さんって、彼女と暮らしてたって本当?」


 ママと森岡は、森林公園のベンチで仲良く喋っていて、ボクとレインさんは、二人とは少し離れた芝生の上で日向ぼっこをしながら話していたんだ。

 やっぱり、森岡の元カノの事は気になる……ママも気にしてたし……。


「そうだよ。私は元々その彼女と暮らしていたんだけどね、涼太さんのお部屋で一緒に暮らす事になって……でも3年くらい経ったころかしらね……彼女は出て行った。私を置いて……」

「寂しかった?」

「そうだね……共働きだったから、ひとりでいる事が多かったけど……でも、彼女は早く帰ってきてくれて、散歩へ連れてってくれたわ……」

「そうなんだ……なら、一緒に出て行きたかった?」

「うーん……でもね、彼女が出て行く時、私に言ったのよ……ごめんね……涼太さんの傍にいてあげて……って」

「何で?」

「多分……涼太さんの方が私を必要としているって思ったからだよ……」

「どうして?」

「涼太さんはね、色々な事を私に話してくれる……職場での辛い事とか、ややこしい人間関係とかね……彼女よりも私に……」


 ふーん……仕事の愚痴をこぼしてたって事か……。


「……で、どうして出て行ったの?」

「さぁね……でも、ひょっとして戻ってくるかもしれないって、暫くは帰りを待ってたのよ……私も涼太さんもね。でも、帰って来なかったから、涼太さんは私に何度も言ってた……僕が全部悪いんだって……」


 悪いって……? だったらママを泣かせるかもしれない……。

 そんなの絶対にダメだよ……!


「ブンタとレインちゃんは相性がいいみたいね……」

「最近は体調がいいみたいだし……若いブンタから元気を貰ってるんだよ」

「そうだといいけど……」

「……レインは前に、食事も水も取らなくなって死にかけた事があったからね……」

「えっ……どうして……?」

「……彼女がレインを置いて出て行った時……ずっと帰りを待っていてね……僕も辛かったよ……あっ、ごめん……」

「何で謝るの? いいのよ……何でも話してよ……と、友達じゃない……」

「…………うん……」


 日当たりが悪くなってきてレインさんが寒そうだったから、ボクとレインさんはママと森岡が座っているベンチに移動した。


「弟も妹も自立して心配がなくなった頃、友達の紹介で知り合った彼女と一緒に暮らし始めて……僕はずっと彼女とレインとそのまま一緒にいられたら……そう思っていて……でもある日、彼女に言われたんだ……あなたとこのまま年を取りたくない……って」


 そう言うと、暫く森岡は黙ってしまった。ママはその先を聞こうとせず、ただ周りの景色を眺めていた。


「……僕は、手間のかかる子供を育て上げた父親みたいになっちゃってたのか、どこか疲れ果ててしまっていたのかな? 結婚したり子供を授かったり……ずっと自分の事は後回しになっていたからね……でもいざとなると、暫くは何事もない穏やかな時間を過ごしたくて……止まっている僕と前に進みたい彼女との間に……気が付いたら大きな溝が出来ていたんだ……僕が悪かったんだよ……彼女の事を考えているようで考えていなかった……」


 森岡の声はとても頼りなくて……最後の方は掠れてた……。


「彼女が出て行って……僕なりに今までの人生を振り返って、これからのことも考えてさ……それで仕事を辞めた……昔からやりたかったカフェをやる為に……」

「ああ……そういえば、小学校の卒業文集に将来は喫茶店を開いて、お店の隅で本を読むのが夢って書いてたよね」

「よく覚えてるね……倉田は美容師さんだったよね?」

「じゃあ、二人とも夢が叶ったんだね! すごい!」


 ママの夢は半分叶ったけど、半分は叶ってない……。

 僕は知ってるよ。美容師さんになって、その後は好きな人とずっと一緒に暮らすことだって……。


「ねぇ、レインさん……あれ? レインさん……」


 ずっと黙ったままでおかしいと思ったら、レインさんは目を閉じたまま……苦しそうにしていた……。


「ワンワンワン!(ママ、森岡! レインさんが!)」



 あれから……レインさんはかかりつけの動物病院で処置を受けた。

 森岡は店を閉めていたから、ママは心配して時々ラインをしていた。


「……ねぇ、レインちゃんね、甲状腺機能低下症っていう病気だったんだって……それで、今……彼女がレインちゃんに会いに来てるって……でね、彼女に叱られたって……ちゃんとレインちゃんを検診へ連れてっていなかったんじゃないのって……」


 ママの声は元気がなかった。それはレインさんを心配してるからなのか、森岡の元カノの事が気になるからなのか……。


「レインちゃんは彼女が来てくれたら元気になるわよね? ……森岡くんも……そう……あの日公園で話をしてて感じたの……きっとずっと彼女の事を思っていたんだって……」


 あれ? ママ……泣いてるの? ママ! 

 森岡のバカ! バカ! バーカ!! あいつはやっぱり気に入らない奴だった!



「えっ! それじゃあ、その初恋の人、元カノとよりが戻るかもしれないんですか?」

「ええ……レインちゃんを心配してすぐに駆け付けたらしいです……レインちゃんが再び二人を結びつけたんですよ……」

「まぁ……そう……でも文香さんはそれでいいの?」

「いいも何も……二人がレインちゃんと幸せに暮らせるなら、それでいいと思いますよ」

「で、でも……文香さん……」

「いいんですよ、智美さん、そんな心配そうな顔しないで……実はちょっと無理してますけど……でも、元々友達として付き合っていけたらって思ってたので……」

「あっ! 前にも言いましたけど、文香さんは綺麗だし……あっ、それだけじゃなくて性格もいいから! 男性が放って置かないですよ!」

「やだ……ありがとう。でもね、私はもうこのままブンタと一緒にのんびりと暮らせたらいいの……」

「そんな、私みたいな年寄りじゃないんだから! まだ人生の……半分くらいじゃない!また誰かに恋をして欲しいわ……初恋の方のお話をしてる時の文香さん、いつもより増して綺麗だったわ……だから……ねっ!」


 いつもの様にベンチに腰かけて、ママと智美さんと夏枝さんがお話をしているから、ボクもミカン先輩とマルとお話をしていた。


「えっ? 文香さん、失恋しちゃったの?」

「うん……あっ、違うよ! 最初からあんな奴、ママは好きじゃなかったんだよ!」

「でも、泣いてたんでしょ?」

「泣いてないよ!」

「でも泣いてたって……」

「マル! しつこい!」

「でも……」

「まあまあ、それよりも、レインさんは大丈夫なの?」

「うん……たぶんね……」

「ああ、もし文香さんが森岡さんと会わなくなったら、ブンタはレインさんとも会えなくなるのかしら」

「あ……そっか……なんか寂しいかも……」


 でも、レインさんにとっては、森岡と彼女が一緒の方がいいに決まってるよね。

 ママは辛そうだけど……大丈夫だよ。ボクがいるよ……。

 でもさぁ……ボクも悲しい気持ちなんだよ……。

 森岡なんて好きじゃない筈なのに……なんでだろ……?


 お店を閉めて、ミキちゃんが帰ったから、ママも帰る支度をしてたんだけど、いきなり力が抜けた様に、お客さんがいつも座っている椅子に腰かけたんだ。


「ああ……今日は忙しかったから疲れちゃった……ブンタ、ちょっと待ってね。ママ、ここで少し目を閉じて休むね……」


 暫くママは眠っていたんだ……大丈夫?

 そうだね、最近はあんまり眠れてなかったみたいだから……。

 アイツが悪い! 森岡! 

 ボクがイラついていたら、お店のドアが開いたんだ。


「すみません……」


 誰? ママが起きちゃうでしょ! もう閉店ですけど? あれ?

 レインさんと森岡が立っていた。


「倉田……ブンタくん……」


「ワンワンワン!(何の用だよ!)」


 ボクが吠えたから、ママは驚いて席を立ったんだ。そして、森岡の方をゆっくりと見たんだ。



「……レインちゃん……もう大丈夫なの?」

「ああ……ラインで伝えた通りだよ。それよりも、最近、店に来なくなったから……忙しかった?」

「うん……あっ、ど、どうしたの?」

「……引っ越しをする事になってさ……」


 彼女と結婚して新しい家に? そんな事ママに報告に来ないで!


「ワンワンワン! (帰れ!)」

「ブンタ、どうしたの? やめて……涼太さんに吠えないで……」


 興奮しているボクのそばに、心配そうなレインさんが来たから吠えるのをやめた。

 病み上がりのレインさんにストレスを与えてはいけないからね。


「えっと……ああ、もっと広い部屋に引っ越すの?」

「そういう訳じゃないけど……でも、今よりは広いかな……」

「やっぱり……家族が増えたりすると……」

「えっ? ああ、そうだね……家族が増えたら嬉しいけど……まだ早いかな……相手の気持ちを聞いてから……」


 レインさんは、森岡とママが向かい合って立っている場所から離れて、お店の隅の方へ移動した。そして、ボクもこっちへ来るように合図した。


「レインさん、彼女と一緒に暮らすんでしょ?」

「どうして?」

「だって、病院に彼女が来たって……それって、彼女が戻って来るって事でしょ?」

「……そう思うかい? なら、涼太さんの話を聞いてあげて」


 森岡は、いつもよりも声が上ずっていて、緊張しているみたいだった。

 そう、まるで好きな子に告白するみたいな……?


「店の近くに越して来るんだ……今のマンションだと車で30分以上かかるからね、いつかは越して来ないとって思ってたんだよ……あっ本当は、今住んでる建物の下の店舗でカフェをやる予定だったんだけど……でも、急遽ここになった……」

「どうして?」

「今のカフェをやる為に、知り合いの店で働いていたんだ。そこのお客さんが、この辺は立地がいいからって勧められて……折角言ってくれたから断れなくなって……。で、その時、ここ……「サロン・ド・文香」を見たんだ……ガラスの向こうにはフレンチブルドッグのカワイイわんこがいて……その向こうには倉田がいた……」

「えっ……」

「自然に……倉田のそばで店をやりたいって思ってしまったんだよ……」

「で……でも、病院に彼女が来てたって……やり直すんじゃ?」

「……病院の人が、知らないうちに彼女の携帯に連絡していて……僕らが別れた事を知らなかったからね……」


 レインさんが言うには、彼女は突然の病院からの電話で、レインさんが死んじゃうんじゃないかって……そう思って駆け付けたらしい。


「彼女、もうすぐ結婚するんだって……安心したよ……それよりも……実は、レインが倒れた日、言おうと思ってたんだけど……」


 森岡はママにめっちゃ近付いて……ママをじっと見つめたんだ。


「……く、倉田の事が好きなんだ……だから……ぼ、僕と付き合って下さい……いや、違うな……結婚して下さい!」


 いきなりのプロポーズに驚いたママは、何も答えずに固まっちゃったから……暫く、森岡と見つめあってた……。

 すると、なにやら甘い雰囲気になっちゃって、二人の顔が近付いて……まさか……!


「ワンワンワン!(やめろ! やめろ!)」


 気持ちが伝わったのか……森岡はママからすぐに離れた。


「そうだ! 大切な事を忘れていたね……」


 そして……なぜかボクの方へ来て、ボクをそっと抱き上げたんだ。


「ブンタさん、文香さんと一緒にいさせて下さい……いいですか?」


「ワンワンワン!(離せ! 何するんだ!)」


 足をバタバタさせて吠えたけど……ドキドキ……森岡の心臓の音が伝わって……。

 ……不覚にも……ちょっと心地よかった。匂いも、嫌じゃなかった……。

 そんなボクを、レインさんがじっと見ていた。「よろしくね」って……。



 それから、ほんの少し時が流れた……。


 桜が散った公園で、夏枝さんと智美さんがお話をしていた。

 そこへママが森岡と一緒にやって来た。勿論、ボクとレインさんも一緒だよ。


「はじめまして……森岡涼太です……」


 この町へ引っ越して来た森岡は、夏枝さんと智美さんに挨拶をしに来たんだ。


「皆さんと是非お会いしたいって言うので……連れて来ちゃいました」

「まぁ……この方が噂の? あっ、私は西島夏枝です。よろしくね」

「私は佐藤智美です! 噂通りの素敵な人ですね!よろしくお願いします!」

「噂が……気になりますが……よろしくお願いします」


 ママたちは、和気あいあいと楽しそうに話し始めたから、ボクもミカン先輩とマルとお話をする……あっ、今日はレインさんを紹介するんだった。


「レインさんだよ! よろしくね」

「あっ、私はミカンです! 」

「僕はマルだよ! レインさんは8歳でしょ? ミカン先輩より年上だね!」

「いつも言ってるでしょ、女性に年齢は……」

「ハハハッ! 大丈夫よ……気にしないわ」

「じゃあ……僕、レインおばさんって呼ぶよ!」

「えっ……なんか、それイヤだわ……」

「そうよね! マル、失礼でしょ」

「ごめんなさい……」


 レインさんは楽しそうにミカン先輩とマルと話している。うん、相性良さそう……。

 

 ずっとママと一緒で楽しかったけど……森岡とレインさんが家族になったら、もっと楽しいって思えた……。だって、ママがすっごく幸せそうなんだもん……。


「マル、そろそろ愛と杏が帰ってくるから、帰ろ!」

「もう少し散歩してこうか、ミカン」

「ブンタ、買い物してから帰ろう」


 話していたママ、森岡、夏枝さん、智美さんがリードを引いてボクたちを呼ぶから、ミカン先輩とマルに、さよならする。


「またね、ミカン先輩、マル」

「じゃあね、マル、ブンタ、レインさん」

「楽しかったよ、ミカン先輩、ブンタ、レインさん!」


 それぞれボクたちは家に帰る。


 ママがレインさんのリードを持って、森岡がボクを抱き上げる。

 最近、ママよりも居心地がいいと思ったりする……。


 さぁ帰ろう……明日、仕事だし。

 ボクはママの美容院の看板犬だから、お客様を可愛く迎えるよ。

 そして散歩して、公園でミカン先輩とマルとお話をするよ。でも、これからはレインさんも一緒だね。

 このまま、ずっとこの町でボクは家族と友達と暮らすんだ!

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ