勇者と聖女④
「ギルドマスターの話どう思いますか?」
冒険者ギルドに隣接している酒場。
焼き串を目の前にジッと見つめながら聖女はギルドマスターの言葉を思い出していました。
香ばしいタレが鼻腔をくすぐり、厨房の奥から聞こえてくる油とタレが絡まったお肉が焼き焦がされる音。
そして目の前でおいそしそうに目の前の料理を口に運ぶ勇者。
グゥっとなる自身のお腹を抑えながら、待てを言い渡された子犬のように物欲しそうな瞳で焼き串を見つめています。
「…………」
ナイフとフォークを使い上品に食事をしていた勇者は、カトラリーを置いて口元をハンカチで拭った後に嘆息をこぼします。
「そんなんで誤魔化されないから。食べたいならとっとと話す!薄荷製の短剣のこと。この際貸してくれなかったことはどうでもいい」
2人はギルドマスターのと話し合いが終わり、受付にてオーク討伐達成の報告と魔狼牙族含めた解体を依頼しました。
報酬額と素材の値段や解体費用の総合集計までに二時間ほど要すると言われ、こうしてのんびりとお腹を満たしています。
勇者は鶏肉の香草焼きとサラダ、コンソメスープ、硬いパンを頼み食事を楽しんでいました。
聖女は様々な種類の焼き串と揚げ芋を頼みはしたものの、薄荷の武器の件でお預けを喰らわされています。
聖女が我慢できずに何度か手を伸ばせば、毎度勇者は短剣をチラリ見せて目で「売るぞ」と訴えました。するとすぐ手は膝の上に戻りまたジッと焼き串を見つめるだけに戻ります。
「ここまで引っ張られると逆に言いづらいと言いますか、対した理由では無いので困ると言いますか」
ごにょごにょと言い訳を垂れる聖女に痺れを切らした勇者は揚げ芋を数個口に運び入れました。
「あ、意外に美味しっ」
咀嚼し飲み込むと、もう一度揚げ芋のお皿にフォークを伸ばします。
聖女の肩がぴくりと揺れました。
気にせず今度は自身の頼んだ鶏肉の香草焼きにかかるソースと絡めて口に運びます。
「あ、うっ……!」
口元についたソースをぺろりと舌で舐め取り、美味しそうに頬を綻ばせます。
「……うまぁ」
パクパクと一つまた一つと揚げ芋を口に運び入れました。
聖女は「ああ!!」と揚げ芋と勇者の口元を交互に見つめます。
お皿いっぱいに入っていた揚げ芋ももう半分しか残っていません。
「ほら、言え!吐け!対した理由じゃ無いんでしょ?」
焼き串を手に取って、パクりと大ぶりのお肉を頬張ります。
「……やわっこい!うまっ!」
普段保存食を食べる時以外はカトラリーを使う勇者が大きく口を開けて少し食べ慣れないのか口の周りにタレをこれでもかと付けながら美味しそうに頬を緩めます。
聖女はゴクリと唾を飲んで、ぐゔううっと大きくお腹を鳴らしました。
「対した理由ではありません!けれど、こんなに引っ張られたら逆に言いづらいんです。逃げずにお早く言って仕舞えばよかったと後悔しています。でも、でも理由が理由と申しますか、筋肉質なのを知られたく無いと言いますか。わたくしの体質のせいであってわたくし自身がそうであるわけでは無いと言いますか」
「女々しい」
「ありがとうございます」
うじうじ、もじもじと指と指を合わせてそっぽ向きながら言い訳をたらたら並べる聖女に、勇者は間髪入れずに言い放ちました。
聖女は少し照れたような笑みを浮かべて感謝を伝えます。
「褒めてない」
「女々しいって、男らしく無いという意味ですよね。そんなのわたくしにとって褒め言葉以外の何物でもありません」
「………」
ジッと半眼で聖女を見つめながら焼き串のお肉を頬張り一本食べ切りました。ストレスを解消させるかのように串をぱきりと半分に折ります。
「……話すまでご飯保存食のみだからね。それと短剣も売るから」
いい加減うんざりしてきた勇者はもう話さないならそれでいいと思いながら最終手段に打って出ました。
ここで言わなければ一週間ほど保存食生活を送らせるつもりです。それならそれで悪く無いと保存食が大好物な勇者は考えていました。
その場合薄荷製の短剣は売らずに預かっておくつもりです。予備武器として
「2年ほど前、帝国に来て最初に寄った街のこと覚えていますか?」
保存食生活が嫌なのか、短剣を売られるのか嫌なのか、ようやく言い訳も誤魔化しもせずに話し始めました。
「鉱山がいくつもあったところ?」
「そうです。リストルテギア王国と帝国の国境沿いにある鍛治師の街。この短剣はそこで入手しました」
「2年間もずっと、何度か武器破損して危険なこともあったのに、ずっと持ってたんだ。へー」
「……き、機会がなく」
「手元に置いておきたかっただけじゃなくて?」
「いや、猪突猛進に敵に突っ込んでいくのはいつでも勇者が先で、渡そうにもできず」
「私の獲物の強化を頼んだ時は投げ渡して返すのに?」
「………すみませんでした!」
勇者の小言にいい加減返す言葉がなくなり、やけになりながら大きめの声で謝罪します。
勇者も勇者で一方的に揶揄れるのが楽しいのか口元をニヤニヤさせながらわざわざ口を挟んでいました。
聖女はその意地の悪さに頬を膨らませて若干不機嫌になりつつ、こほんと咳払いをしてから脱線した話を戻します。
「えっと、夜遅くに宿から出て街を散策していた日がありまして、お腹を満たすために酒場に行ったんです。冒険者ギルド管轄の。そこで腕相撲大会が開かれており、その、えっとそれで、そのあの……」
目を泳がせて、口をもごもごと動かして言い淀み始めます。指先を弄り出し、足も無意味に踵をつけたまま指先をあげたり下げたりし始めました。
そんなに言いたくないのか、顔全体で嫌だ嫌だと言っています。
「ゆ、優勝賞品として頂きました」
小声も小声で、顔を両手で隠しながら恥ずかしそうに答えました。
「……えっ?それでなんで言い淀んでたの!?」
想定していたものと同じ回答が返ってきたことにより拍子抜け感はあったものの、逆になんで?と言わんばかりに身を乗り出して問います。
「力持ちだと、筋肉質だと知られたくなかったんです!!」
顔を隠しながら叫べば酒場にいる人間の注目を一身に集めました。
「あんなに大きな斧振り回しておいて今更そこ!?そこ気にしてたの!?それに見た目の割に筋力があるの知ってたけど!!」
しかし勇者は気にせずに身を乗り出したまま大きな声で返します。
「大声で言わないでください!!」
聖女が恥ずかしそうに顔を赤く染めて叫べば、勇者は我に返ったのかそっと椅子に座ります。
「ご、ごめん」
「それにあの斧は別にそこまで重たくはありませんし」
ぶつぶつと言い訳がましく呟かれる声に、勇者は「は?」とそれはそれは低い声で聞き返しました。
その声に聖女も「え?」と間抜けな声を出します。
「私持てないけど。一回試しに持ってみたけどうんともすんとも言わなかったけど!!」
「いや、そんな……冗談、ですよね?」
「ほんと嫌い!あんたのこと大嫌い!!」
「それはわたくしも同意見ですが、えっと、重いんですか?」
勇者が捲し立てるように言った言葉を信じられないとでも言いた気にしています。戸惑いに満ちた表情で目を何度もパチパチと瞬かせました。
「……………——だった……」
ポツリと勇者が呟きます。
「……え?」
「……強化魔法かけても無理だった!」
悔しそうに叫ぶ勇者。
「ほ、ほんとうに?」
何度も確認する聖女。
「くどい!うるさい!ばーかばーか!!」
顔を真っ赤にさせて憤慨する勇者とは裏腹に聖女は勇者とは逆に儚く整った美しい顔を青白くさせていました。「そんなぁ」と声をか細くさせて知りたくなかった事実に憂いています。
「それではわたくしは今にも儚くなりそうな綺麗系のか弱い乙女などではなく、脳筋でありながらも頼れるかっこいい系統の美しい女性って思われていたんでしょうか?」
よよよと泣き真似をしながらも心の底では大きなショックを受けたのか、悲壮感が強くただよっています。
「いやそれは知らないけど。そこまで気にすること?それとなんでそんな自信満々?ナルシスト?」
ただ勇者の言う通り自身の容姿が整っていると言う自覚はあるらしく言葉の端々に自信が強く滲み出ています。
「ともかく、か弱いとは思われてないと思う。事実、支援職でも回復職でもなく前衛でCランクまで昇格してるから」
「そうですか……」
か弱いと思われていないことがすごく嫌そうです。口をわずかに尖らせて、うあーっと唸り声をあげています。
「聖女は後方で支援。何かあった場合は仲間が血相変えて助け来てくださるような儚気な存在。わたくしもそうでありたかったです」
大きなため息を吐いて項垂れます。
「回復魔法使えないもんね」
勇者の言葉が棘となり聖女の心に突き刺さります。
「それに何より筋肉質だし」
羨ましいと溢しながら放ったセリフが、もう一度棘となり聖女の心に突き刺さりました。
「違います!!食べたものが全て筋肉に変わってしまうだけなんです。そういう体質なんです」
か弱いままでありたかったと本気で思い嘆く聖女に勇者はぴきりと額に青筋を浮かべました。
「喧嘩売ってる?誇り自慢するとこでしょ?普通。私がどれだけ頑張ってこの筋肉を維持していると思ってんの?」
人より筋肉が付きづらく日々鍛錬を頑張っている割に見た目がほっそりとしている勇者。貧相な身体つきを毎日見る度に落胆しているにも関わらず、特に何もしていない癖に体質によって筋肉が付いている聖女を恨めしく思っていました。
「もうご飯食べてもよろしいですか?」
「あ、うん」
ぐぅぅぅっとなるお腹の音と共に勇者に問えば、毒気が抜かれた勇者は首を縦に振り机の上にあるからの食器を見渡しました。
ものの見事に空っぽになっている食器をみて、あれ?と首を傾げます。
「……頼み直そうか」
「人が話している最中全部食べましたね」
「美味しかった」
半眼でジッと見つめてくる聖女に素直な味の感想を伝えました。
「それで実際、ギルドマスターのお話どう思いますか?」
追加で料理を頼み焼き串と揚げ芋、他にも様々な料理を頼み終えると聖女はギルドマスターの話を蒸し返します。
「この世界の悪意たるってあれ?」
デザートにビスケットとチョコパンを紅茶と一緒に食べる勇者はまるで興味がなさそうにしていました。
「いいえ、あの人の身体が綺麗さっぱり消えたという点です」
食べる手を止めました。
「もしかしてと、勇者もお思いませんでしたか?」
「………どういう意味?」
「そのままの意味です。もしかしたら、」
真剣な眼差しの聖女に軽蔑するかのような瞳を向けてギリっと歯を鳴らしました。
手にしていたビスケットは粉々に砕けてしまっています。
「魔女だって、そう、言いたいの?」
言葉を被せて静かに怒りをぶつけました。
無意識のうちで放たれる魔力の圧が怒気となって酒場を支配しています。
騒がしかった酒場がその殺気にも近い怒気に静まり返りました。
どこかで誰かが転んだ音と食器が割れたような音が聞こえてきます。
「いえそうではなく、生きているのではないかとお思いまして」
聖力によって己を守っている聖女は気にするそぶりもなく、というより、勇者から魔力の圧が溢れ出ていることに気付かずに平然とした態度のままです。
「そ、そんなことっ……」
動揺し呆気に取られたことですぐに魔力圧による怒気は霧散されました。
「ないって言い切れますか?実際あの人は殺されたわたくしを蘇らせました。それなのに、あの人が生きていないと?」
「じゃあっ、じゃあどうして!……会いに来てくれないの?」
「………それは、わかりかねます」
勇者の悲痛な叫びに目を伏せて、それ以降聖女も口を閉ざしました。
「……………」
「……………」
2人が静かになったことにより酒場には再び騒がしさが訪れました。
そんなタイミングを見計らってエプロン姿の大柄な女性が勇者と聖女のテーブルにまでやってきました。
机に影がかかり、聖女の分のご飯を頼んだことを思い出した勇者が下がっていた視線を上へとあげます。
「………ひっ!」
勇者の小さな悲鳴を聞いて、聖女も視線を上げました。
「………っ!!」
2人の視線の先には大変おかんむりの大女が腕を組んで立ち尽くしていました。
「ここがどこだか言ってみなっ!」
「酒場です」
ドスの効いた声で問いかける酒場の女店主に、勇者は震える声で答えました。
「何をするところだい?」
「お食事やお酒を楽しむところです」
次いで聖女が涙目で答えます。
「わかっていんじゃないか。喧嘩するなら他所においき!」
「すみませんでした」
「申し訳ございませんでした」
「謝罪はいいから、とっとと代金払って出て行きなっ!この迷惑小娘共!!」
目を吊り上げて、ごきりごきりと指の関節を鳴らす女店主から逃げるようにして2人は店から出て行こうとします。
「待ちなっ!追加注文分が足らないよ!!」
先に逃げる聖女に舌打ちしつつ、勇者は女店主に食べられなかった追加注文分を支払います。
「ご迷惑かけてすみませんでした!!」
店を出る前に頭を深く下げてから、走って聖女の後を追いかけました。