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勇者と聖女③

「それじゃあ、話を聞かせてもらえなんだか? 自称聖女(クロワ)


 勇者と聖女は現在、ギルド長室に呼び出されていました。

 街を囲う外壁に設置された四つの門の一つから 小さな街(タートス)へと入った後、聖女を壁に詰め寄りながら薄荷(ハッカ)の短剣について問いただしていた最中のことでした。門兵からギルドマスターから預かっているという手紙を渡され、すぐさま中を確認します。すると、街に戻り次第早急に冒険者ギルドに来るように。という旨の内容が綴られていました。

 勇者は仕方なく聖女との話を後回しにし、冒険者ギルドに向かうことにしました。

 聖女は助かったと胸を撫で下ろし、勇者は空気が読めないとギルドマスターを内心貶していました。

 そんなこんなでやってきたギルド長室。入室した途端に聖女は名指しで問いかけられ、ここでもかと頬を引き攣らせます。

 机に両肘をついて寄りかかり、両手で口元を隠して表情をわかりにくくし、隈のせいで目つきが悪くなった視線を向けています。

「貴様が聖女なのか否かを」

 さながら圧迫面接のような緊迫感が漂う部屋で問いかけられました。

「えぇ、そうですけれど」

 聖女は呆気なく肯定すれば、部屋に張り詰めていた緊迫感は霧散します。

「……ルイン王国で亡くなったとされる聖女か?」

「はい」

 ギルドマスターは「そうか」とだけ呟き、肺の中に入っている空気を全部吐き出しました。

 ガシガシと頭を掻きながら、天井を見上げます。

「誤魔化さなんだな」

「先程の結界を見て確信を得たのでしたら、わたくしが何を言っても誤魔化されてはくれませんでしょう? なら、正直に言っても変わりありません」

 聖女は微笑みながら答え、ギルドマスターは「そうか」と呟きながらハハッと笑いました。その顔にはどこか嬉しそうな表情が浮かんでいます。

 勇者はそんな二人の会話を聞きながら、訝し気な瞳でギルドマスターを見つめていました。

「そんなことより、オークを倒したのでCランクに昇格してください」

「そんなこと、か」

 簡単に割り切り、「そんなこと」と一蹴する聖女に、ギルドマスターは驚きと感心を示しながら、隈のひどい目元を柔らかく細めました。

「よかろう。元よりその約束だしな。しかし、暫し待て、まだ少しばかりしておきたい話がある」

 ギルドマスターは椅子から立ち上がり、隣接する休憩室に繋がる扉を開けて、入るように促します。上座に勇者と聖女を座らせ、下座に自分が座る前に手慣れた様子で冷茶を準備し始めます。

「なら、自称勇者(アエリア)も本物の勇者で間違いはないのか?」

「わざわざ偽物の証を誰かが私に刻んでない限り」

 勇者は「ほら」と左手の手袋を外して手の甲に刻まれている勇者紋をギルドマスターに見せつけました。

 それに倣って聖女も服を乱して脇腹に刻まれた聖者紋を見せようとしました。

「見た目の犯罪臭がひどいからやめて」

 勇者の真顔の説得にギルドマスターも二度うんうんと首を縦に振ります。

「なぜ今更明かした?」

「明かすも何も、隠してたらお互いのことを聖者や勇者なんて呼ばない。その役目だって魔王がいないから果たせないけど」

 手袋を付け直した後に次いででポーチから保存食(レーション)を取り出しながらぼやきました。

「身内同士で自称していたところで、それが真実だとは思えん。精々、周りから痛々しく思われ、過激派から変なやっかみをもらうだけだ」

 机の上に冷茶を3人分置き、下座に座ります。

「それで、ギルマスは聖女の信者だったの? やけに嬉しそうで……ホッとしてる?ように見えるけど」

 保存食(レーション)を齧りながら聖女を親指で指差すと、聖女は指を刺すなと言わんばかりに勇者の手を払いました。それと同時に、自分の信者が身近にいたことを嬉しそうに誇らしげに胸を張ります。

「そんなんではない」

 ギルドマスターが否定しても、聖女は信じていない様子で、口元が緩み小さな笑みを浮かべています。

 勇者はそんな聖女を残念そうに見るかのようにジト目で見つめて冷茶で喉の渇きを潤しました。

「ただ、幼い聖女が魔女に手をかけられたと聞いて、思うところがあっただけだ」

 勇者と聖女の顔つきが険しく変わりました。

「訂正して」

 喉から搾り出すような低いトーンでした。

「あれは魔女だ」

 訂正するどころか断定すれば、2人は怒気を孕んだ声で叫びます。

「あの人は魔女なんかじゃない!!」

「あの人は魔女なんかではありません!!」

 今にも立ち上がり、机に身を乗り出しそうな勢いです。

 勇者の手にしていたコップはその勢いから床に落ちて割れてしまいます。

「魔女だ」

「違う!!」

「違います!!」

 淡々と告げるギルドマスターの言葉にも、すぐに否定する二人。

 聞く耳を持たない様子です。

「そんなくだらない話なら、帰る」

 怒りのまま、部屋から出ようと立ち上がります。

「失礼致します。昇格の手続きだけはお願い致しますね」

 聖女も立ち上がり、一礼した後に勇者の後に続きました。その目は、先程の嬉しそうな瞳ではなく、失望にも近い色をしています。

 しかし、外へ出ようと扉に手をかけた瞬間、ギルドマスターの言葉にピタリと動きを止めました。

「死した後、遺体の残らない存在を魔女と評す」

 目を大きく見開きその場に硬直しています。

 勇者と聖女を尻目に、出ていかないことを確認すると、ギルドマスターは淡々と続けました。

「そして、ルイン王国で処刑されたあの咎人は首を斬られた後、綺麗さっぱり身体(からだ)が消えた。その事実から、魔女であることは確認されたも同然だ」

 勇者はギリッと歯を食いしばり、怒りを抑えきれない様子です。

「何も知らない癖に、恩人(あの人)を魔女だなんて言葉で詰るな」

 とてつもなく冷めた瞳で、冷たい声音で怒りを紡ぎます。

「世間一般で魔女だと認識されただけのことだ」

「例えそうであったとしても、わたくしたちの前で魔女だと非難する事は許しません」

 いつもの作られた女性の声ではなく、怒りのあまり作ることを忘れたテノールの自声。失望を露わにしていた瞳から、不快感までもが滲み出ています。

「ルイン王国王都で処刑される前に魔女が罪を犯したとされる迷宮都市は、魔女の死と同時期に滅び、街そのものが神隠しにでもあったかのように消えてなくなったらしい」

 それでもなお、淡々と告げます。

 勇者と聖女の怒りを無視して『魔女』という蔑称を使い続けます。

「魔女の呪いだなんて呼ばれているほどだ。魔女に手を出した自業自得とも言えなんだがな」

「おっかないおっかない」と呟きながら、冷茶を飲み干します。

 そして、底冷えするほど冷たい瞳で睨んでいる勇者と、失望と不快感の混じった嫌悪の瞳を向ける聖女の目を真っ直ぐ見つめ、ニカリと笑いました。

「お前さんらもいつまでも縛られてかわいそうに。魔女なんて所詮は百害あって一利なしの自己中心的な享楽主義者でしかない。そんなのを慕い、尊敬して恩人と仰がさせるように、呪われているだなんてな」

 その挑発に等しい笑顔と言葉に、勇者はギルドマスターの胸ぐらを掴みかかりました。

「違う!絶対に違う!!」

 聖女は無言で斧を取り出し、組み立て始めています。

「私は、私たちは、自分の意思であの人のことを慕ってるの!! 自分たちの意思で、あの人に恥じない生き方をしようって、そう決めたの!! 何も知らない癖に、あの人のことを何に一つ知らない癖に、勝手な憶測であの人を陥れるな!!」

 聖女は斧の柄を握りしめながら、無言でゆっくりとギルドマスターに近づきます。

「あの人は望まないかもしれない。あの人は私たちが何者にならずとも生涯を全うするだけの生き方でも肯定してくれる。けど、2人で決めた。あの人に恥じない生き方をするって、勇者と聖女の役割は果たせずとも、死後『よくやった』って言ってもらえるだけのことはするって、他でもない私たちが、そう決めたの!!」

 掴んでいた胸ぐらをパッと離し、横にずれました。

「ですので、呪いと決めつけて口を挟まないで頂けますか?」

 すると、斧を掲げた聖女が真っ直ぐギルドマスター目掛けて斧を振り下ろします。

「お前さんらはCランクに昇格後、この街(タートス)を出ると言っておったな」

 振り下ろされる斧を片手で掴みながら、何事も無かったかのような態度で話し始めました。

「ルイン王国は半年前に帝国によって潰された。調べられるのではないか?お前さんらが尊敬してやまない恩人とやらのことを」

 ようやく『魔女』という蔑称をやめました。

「魔王もいない今、勇者と聖女は役割がないのだろう?なら、自由にしたって何にも縛られなくたっていいはずだ。それこそ、その恩人に恥じない生き方を全うさせるのも自由だ」

 勇者も聖女も目を丸くして驚きました。

「え?」

「はい?」

 急に話の方向を変えられ拍子抜けしてしまい、間抜けな声を出してしまいます。

「ルイン王国の神隠しにあった迷宮都市近辺に、第二の迷宮都市ができたらしい。街の名はビュリン」

 尚も続けるギルドマスターは予め用意しておいていた大陸の地図を開き文鎮で押さえると第二迷宮都市(ビュリン)の位置をトントンと指で叩きました。

「ちょっ、ちょっと待って!!」

 いきなりの行動に勇者と聖女は理解が追いついていません。

 頭の上に疑問符を並べて、地図とギルドマスターの顔を交互に見つめています。

「なんだ?」

「なんだ?ではありません。それはこちらの台詞です!!」

 キョトンとした顔で首を傾げるギルドマスターに聖女はついつい斧を前に押し込みます。

「さっきまであの人の事、(けな)してたよね?」

「先刻まであの人の事を(おとし)めていましたよね?」

 自分たちがおかしいのかと錯覚さえ覚えながらも、事実確認を行えばギルドマスターは「したな」とあっさり肯定します。

「あんな安い挑発に勇者と聖女が乗るもんでも無いぞ」

「急に価値観の押し付け!?」

「いいからその割ったコップは自分で片せよ?」

「あ、はい……」

 ギルドマスターのペースに翻弄されながらも、勇者は嘆息と共に、割ってしまったカップを片付け始めます。

「あぁ、そうだ。この斧退けてくれ」

「あ、申し訳ありません。今退かします」

 聖女もあたふたと狼狽ながら素直に斧を退かして、柄の部分を分解するとスカートの中にいそいそと仕舞いました。斧をしまい終えれば、先程座っていてソファに腰をかけます。

「ギルマスってプライベートの話になると途端に自由人に拍車がかかるね」

 片付けが終わった勇者は聖女の隣に腰を下ろしながら呟きました。

「茶化すな。そもそもの話、恩人に恥じない生き方とはなんだ?」

「……………」

「……………」

 その問いに勇者も聖女も何も答えません。

 ギルドマスターから目を逸らして明後日の方向を向いています。

 勇者は首筋を軽く指で掻きながら困ったと言わんばかりに表情を引き攣らせました。「目標目的……」と頭を捻ります。

 聖女は毛先をくるくると指に絡めながら、現実から目を逸らすように天井のシミを数え始めました。そのうち抱えている借金の額を思い出し顔を青白くしています。

「決めたのだろう?あやふやで不透明な目標は決めたとは言わんぞ?」

 呆れたと半眼で2人を見つめるギルドマスター。

「だって、魔王は昨年討伐されたから今いまいち何をすればいいのか分かんなくて」

 言い訳じみた言葉を返して目的がない事を白状しました。

「魔王を倒すだけが勇者と聖女の役割でもない。恩人のためとはいえその役目を放棄したくはないのならば、もう少しこの世界の悪意たる部分に首を突っ込んでみてもいいかもしれんな」

 それは、ギルドマスターからまだまだ子供で考えなしな脳筋2人に送る優しさ故の助言です。

「悪意たる部分って例えば?」

「そこを自分で調べた上で決めるんだな」

 答えをもらえないなどと思ってもいなかった2人はギルドマスターの返答に不満を抱いているようでした。

「話は終わりだ。昇格手続きは済ませといてやる。とっとと去れ去れ」

 ギルド長室に繋がる隣室のドアを開けて、帰宅を促しました。早く帰れと言わんばかりにしっしっと手を振ります。

「呼び出したのはそっちのくせに」

「横暴もいいところですね」

 ブーブーと不満気に文句を言いながらも、ギルドマスターに言われた通り隣接されているギルド長室に入って行きました。

「じゃっ、昇格手続きよろしく」

「よろしくお願い致します」

 ギルド長室から出る間際にそんな言葉を残して2人は部屋から出て行きました。

 足音が完全に聞こえなくなると、ギルドマスターは椅子に深くダラシなく腰をかけます。

 天井を見つめながらポケットから鍵を取り出し、見もせずにかちゃりと鍵を開けました。

 鍵付きの引き出しの中を開ければボロボロの剣の鍔とひび割れた魔鉱石が置かれています。

「世界に蔓延る悪意、か。わしが目を背き続けている彼奴等の動向をまだ幼い勇者と聖女に託すのは、違ったのやもしれない。それでも、彼奴等の狙いが勇者や聖女のままならば知っておいて損は無い。と思いたいものだ。お前さんらならばどうした?二代目勇者(ブラット)二代目聖女(セトカ)

 旧友にでも話しかけるようにボロボロの剣鍔とひび割れた魔鉱石に話しかけます。

 返答はいくら待っても帰っては来ません。

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