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勇者と聖女②

「聖者、あれって……」

 オーク討伐の帰路の道中、勇者は森の抜けた崖淵で小さな街を指差しました。

「はい、おそらくはさっきの魔狼(おおかみ)かと」

 小さな街の門は締め切られ、城壁には弓隊や魔法使いが壁外には様々な種類の武器を持ったたくさんの冒険者が魔狼牙族と呼ばれる魔狼と戦っていました。

 先刻、オークと対峙していた時に素通りしていった魔狼牙族が逃げた先は何の不幸かタートスという小さな街でした。冒険者の最高ランクはDまでしか存在せず、駆け出し冒険者の多い小さな街。

 そしてその最高ランクですら両手で数えられる程度も居らず、そのほとんどが最低ランクのFと一つ上のEのみです。

 薬草や山菜や果実やきのこなどの採取、スライムやハニービーなどの弱小魔物討伐をメインとして日銭を稼いでいるのがほとんどです。Dランクに上がれば少し遠出して森の中に入り魔狼牙やオークをパーティを組んで討伐していたりします。

「……まずい、気がする」

 普段森までこない冒険者が多く集う小さな街。

 日が落ちてきた時間帯とはいえ、Dランクの冒険者がどれほど帰ってきていることやら

「……まずい、ですね」

 狼系統の魔物を総じて魔狼と呼びます。魔狼牙族はその中でを極めて弱い種族ではあるものの、他の魔狼よりも群れが大きく平均100匹程の大所帯で生活しています。

「でもあの時あんなにいた?」

 オークと対峙する前に遭遇した魔狼牙族は精々10匹程度。

「魔狼は遠吠えで仲間を呼び寄せますから」

 少数で行動し、危険や獲物が逃げれば遠吠えで仲間を呼ぶ魔狼は遭遇すれば直様屠らなければ永続的に対峙することになります。

「でも、あの数ならあれ以上増えることはなさそう。あとは守り切るだけ」

「がんばれー」と応援する勇者に「簡単に言いますね」と聖女はジト目を送ります。

「だってここで何かあったらあの時見逃した私たちの責任になるから。何もないように応援だけはしておかないとって」

 言い合いをしていて存在に気づきもせずに、気づいたら素通りしていた魔狼牙族。あの時少しでも攻撃していれば、意識を違う方角に向けていれば結果は変わったかもしれません。もしかすれば街を襲うなどのイベントが発生することもなかったかもと勇者は考え出したらキリのないイフ物語を考えだします。

「それもそうですね」

 聖女はその場に膝をつき祈るように指を絡まらせて手を握ります。

 全身を金色の聖力で包み込み聖力を練ることで密度を上げて行きます。金色の聖力が数秒もしないうちに白色金(ホワイトゴールド)に変わった瞬間、聖女の身体(からだ)を包む聖力は消え去り、代わりにタートス全土に半球を描いて包み込みます。

 魔物が街に入れないように手際良く結界を張り終えた聖女は直様立ち上がるとスカートの中から斧と分解式の柄を取り出し組み立て始めました。

「さて、急ぎ加勢しに行きませんと」

「どうせなら浄化で魔狼を一掃すればいいのに」

「嫌ですよ。そんなことしたら自称聖女でいられないじゃないですか。本物の聖女だと知られて監禁されるのも軟禁されかけるのも、どちらもごめんです。もう使い潰されたくはありませんし、せっかくあの人が助けてくれた意味がありません」

 ルイン王国で監禁されて使い潰された10年間。

 勇者の故郷で国に縛られかけて嫌気がさした2年前。

「聖女には拘るんだ」

「聖女だと名乗っていれば逆に疑われないかもと思いまして。それに聖女であることはわたくしのアイデンティティでもありますから」

 斧を組み立て終え準備が整った聖女は小さな街タートスで魔狼牙族と奮闘している冒険者を見つめながら笑みを深めました。

「それでは、行きましょうか」

 素材の価値を考えてどこをどう攻撃しようか、どうやって登場しどうやって演出すれば他の冒険者たちにカッコよく映るのかを考えながら、やる気に満ち満ちています。

「いってらっしゃい」

 しかしやる気満々聖女は勇者のやる気のない態度と行く気のない姿勢に出鼻を挫かれてしまいました。

「え、行かないのですか?」

「うん」

 斧を地面に突き立てて勇者に詰め寄ります。

「街の危機ですよ?困っている人々がたくさんいるんですよ!?それでも勇者ですか!!」

 街や戦う冒険者を指差しながら勇者の肩を掴んで大きく揺らしながら双方を何度も見つめます。

「武器ないのにどうやって戦うの?剣が折れた私には戦う術がこの両手と足しかないけど」

「普通に体術で戦えるではないですか」

「一対一ならいいけど、多対一になる可能性が出てくるから嫌。そんな極めてない」

「………はぁーーー」

 聖女は勇者から手を離して深くため息を吐き出しました。

「面倒な人」

(仕方がない人ですね)

 おそらくは心の中と言葉が逆転した聖女は首を傾げながらニコリと微笑みます。

「聞こえてるからね」

 何のことですか?と無言で聞いてくる聖女に勇者は苛立ちを覚え始めました。

「一人でも大丈夫な癖に。寂しがりやなの?それともヘタレなの?」

「そんなこと言えるのも今のうちだけですよ」

 聖女は片足を後ろに下げてスカートの裾を掴み僅かに上へと持ち上げました。それはそれは美しいお辞儀(カーテシー)に勇者は「おぉ」と感嘆の声を溢します。素直に努力を認めて「綺麗にできるようになったね」と褒めました。

 披露するのがこの場でいいのかという疑問は、無視して疑問を抱かなかったことにしています。

 カタッと地面に何かが落ちる音が聞こえてきました。視線を下にずらせば鞘に入った短剣が落ちていました。

「………………」

 勇者は冷めた目を聖女に向けました。眉をぴくりと引き攣らせます。

「ふふん!!」

 聖女はそんな勇者の目に気付かないままそれを拾い上げると得意げに鞘から短剣を抜き出しました。

「………………………………………………」

 絶句

 一目で腕のいい鍛治師が作ったとわかるよく鍛え抜かれた鋭く光沢のある刀身。

 光沢具合からムラなく研がれていることが丸わかりです。

 柄の部分でさえ妥協することなく良い素材で作られています。

 刀身と柄のバランスもよく扱いやすそうです。

 全体的に美しく細部までしっかり仕上げられた短剣。

薄荷(ハッカ)製の武器なので下手な魔剣よりも性能がいいですよ」

 それだけに、勇者は武器が手に入った喜びよりも先に聖女の金遣いの荒さに怒りを深める他ありませんでした。

「………いくらしたの?それ」

「っあ」

 聖女はやらかしたと言わんばかりに勇者から目を逸らします。

「それよりも……いや、それとオークの時に何で貸してくれなかったの?」

 ダラダラと汗を流し、引き攣った笑顔を浮かべる聖女。

「え、いや……その…………えっ、とぉ……………」

 良い言い訳がないかと思考を巡らせます。

「……………」

 勇者は無言でじっと聖女を見つめていました。

 紅薔薇(ローズレッド)の魔力を身体(からだ)に纏い、殺気として聖女にぶつけています。

「……そ、れは………」

 ぶつけられる殺気を金色の聖力を纏うことで回避しながら短剣をギュッと握りしめます。チラッと街を見やれば魔狼牙族が先ほどよりも街に近づいていました。

「……ま、街の危機を回避するのが先決ですよね?」

 冒険者が押されている姿を見て短剣を勇者に押し付けました。地面に突き立てていた斧を担ぎ上げると崖から飛び降りて小さな街(タートス)に走り出します。

「………あとで覚えてろよ」

 聖女の後を追うようにして勇者も崖から飛び降ります。木々をクッション材にしながら着地するとそのまま真っ直ぐ街まで走りました。

 足に加速の部分強化魔法を施して駆けます。

 ほんの数分で魔狼牙族の元までやってくると短剣を鞘から抜き、首を断ち切りました。地面に落ちる前に牙を一本叩き切り腰に下げているポーチの中に仕舞い込みます。

「切れ味すごっ」

 1匹屠れば周りにいた魔狼牙族が勇者に「グルルルル」と唸り声を上げて牙を向けます。加速を使い普段の1.5倍の速さで駆ける勇者は牙を向ける魔狼牙族の首をあっという間に断ち、屠っていきました。その際にしっかりと牙を一本断ち切っています。

 勇者は短剣を見つめながら顔を顰めます。

 魔狼牙族を1匹また1匹と屠るごとに眉間に皺を浮かべて、表情が暗くなっていきます。

 その理由は、骨を容易く断ち切れる切れ味の良さと頑丈さ、直ぐに手に馴染む使い勝手の良さにありました。

「………薄荷(ハッカ)製、ねぇ」

 聖女が気に入っている職人なのかメーカーなのかわからない武具や武器を製造している鍛治師、薄荷(ハッカ)。唯一勇者がわかることと言えば、とんでもなく値が張るということだけです。聖女の着ている衣装も二〇〇〇万ビリで購入したことをさらにそれを王国の税金で買った事を知った時には流石にブチ切れました。

「………はぁーーー」

 目の前に牙を片方無くした魔狼牙族の死体のみが広がり粗方狩り尽くした勇者は借金をどうにかする気が聖女にあるのか、本気で考えていました。



 一方の聖女は何十体もの魔狼牙族に囲まれていました。斧を地面に突き立てて柄を握り全方位を警戒しています。魔狼牙族は唸るだけで一向に襲ってくる気配はありません。しかし、1匹、2匹と徐々に数は増えていきます。

「ガウッガウッ!」

 1匹の魔狼牙族が大きく鳴くと、何十匹もの魔狼牙族は一斉に聖女に襲いかかりました。

 聖女は斧を軽々しく持ち上げて肩に担ぎ、間合に入ってきた途端に容易に魔狼牙族の首を胴を手足を薙ぎ払います。

 たったの一振りで8匹もの魔狼牙族が倒されました。

 仲間が死にいっても止まらずに、何匹も何十匹も魔狼牙族は聖女に襲いかかります。牙を剥き出して、大きな咆哮を上げて、研がれた爪を振り翳して、襲いかかります。

 しかし、聖女の振り回す斧によって呆気なく身体(からだ)が真っ二つに切り裂かれてしまうのです。

「他愛も無いですね」

 慢心しながら魔狼牙族を次々に屠っていく聖女。

 その光景を見ていたF、Eランクの冒険者は目を輝かせて尊敬の眼差しで聖女を見つめます。

「美しいのにかっこいい」

「すっげぇー、めっちゃつぇー」

「あんなに華奢なのにあんなおっきな斧、やべぇー」

 褒め言葉に天狗になりながら、嬉しさのあまりニコニコと微笑みます。そして、わざと動きを大きくすることでより一層、見やすくかっこよく舞台役者のように動き始めます。

「おぉーーっ!!」

「もうあんなに……」

「すげぇー!!かっけぇー!!さすがは聖女様!!」

 褒められて憧憬の眼差しで見られて有頂天になっていた聖女。しかしその油断から1匹の魔狼が斧が通り過ぎたはずの場所から飛び出してきました。

「……!」

 目を丸くして驚きながら斧の柄から片方の手を離し、腕を差し出します。獰猛な牙で魔狼牙族は聖女の腕に二〇〇〇万ビリもする衣装諸共噛み付きました。

魔狼(おおかみ)如きが薄荷(ハッカ)の衣装に何してくれるんですか!?」

 腕に噛み付いた魔狼牙族を地面に叩きつけて片手で握っていた斧を首めがけて振り下ろしました。

「まぁ、魔狼(おおかみ)如きがわたくしの結界をどうこうできるとはお思いませんけれど」

 魔狼牙族の口から腕を引き抜き微笑みました。

 衣装には傷どころか涎一つついていません。

「それとこれとは話が別です。残らず倒して差し上げますので、かかってきなさい魔狼(おおかみ)共」

 大ぶりの斧を肩に担ぎながら宣言し、ほんの数分で周囲にいた魔狼牙族を倒してしまいました。

「体術もできるとか、やばっ」

「あんなに綺麗なのにすごい」

「あれで怪我ないどころか糸の縺れさえ無いとかどんな服だよ」

 歓声を上げずに目を輝かせながら感想を漏らします。

「……終わってしまいました。言い訳、どうしましょう」

 しかし聖女は先程まで天狗になり有頂天だったにも関わらず顔から血の気が失せてしまっています。勇者の怒った表情を思い出し、本気で困り果てていました。

 その憂を帯びた姿すら憧憬の眼差しを向けるF、Eの低ランク冒険者は手放しの称賛を送るのです。

プロフィール

『聖女』

名前:クロワ・ビーブル

性別:男の子

年齢:15歳

身長:164

体重:内緒

好きな食べ物:味がついているもの

嫌いな食べ物:味のついていないもの

出身地:ルイン王国

髪型:ロング ハーフツイン

髪色:白色金

瞳の色:白金

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