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処刑

霊安室(れいあんしつ)。そこに金色で花柄の模様が彩られた白い棺がありました。

 普通の棺よりも煌びやかで豪華なつくりの棺。

 その棺の前で涙を流している少女がいました。

 薔薇色(ローズレッド)の腰まで長さのある髪を持ち、真っ赤な大きな瞳をさらに赤く腫らした、赤と黒が基調の衣装に身を包んだ12歳の少女。

 彼女は隣国の勇者様です。

 勇者は時折涙をぬぐいながら、懐中時計と睨めっこしていました。

 片手には紫色の液体が入った小瓶を握っています。

 時計の針が55分に差し掛かると、懐中時計をしまい棺の蓋をゆっくり慎重に傷つけないようにずらします。

 中には白色金(ホワイトゴールド)の美しい髪と同色のフリルのあしらわれた麗しいドレスに身を包んだ儚げな見目の聖女様が眠っていました。

 勇者は聖女の顔を見るや一発頬を殴りました。

「あんたが死んだくらいであの人が処刑されるなんて、価値が見合ってない」

 勇者は恨めし気な瞳を聖女に向けながら独りごちります。

「でも、私も———」

 カーンカーンと地上で鳴り響く鐘の音が、地下にある霊安室(れいあんしつ)に微かに響きました。

 勇者はその僅かな音を捉え、パッと立ち上がりました。

 袖で涙を拭いきり、迷いを捨てた瞳で、棺の中で眠る聖女を見つめます。

 紫色の液体が入った小瓶に魔力を注ぎ込むと、コルクを開けてバシャっと中身をぶちまけました。

 聖女の白く美しい白磁色の肌や白色金(ホワイトゴールド)の儚げに煌めく髪に紫色の液体がかけられます。

 ドレスには液体が点々と付着しシミになっています。

 しかし、それは一瞬限りのものでした。

 顔や肌や髪に付着した液体はドレスに着いてしまったシミはスッと吸い込まれるようにして消えゆきます。

 勇者はドカッっと棺を足蹴にしながら小瓶を聖女に向かって投げました。

「さっさと起きろ!寝坊助()()!!」

「………」

 聖女の止まっていた心臓が動き出したのか、胸が僅かに上下し始めます。

 白地色の肌に僅かな赤みが刺し、血色が少しずつ戻って行きます。

「あの人の作った時間を無駄にする気?そんなの私が許さない!目を覚ませ!今すぐに!!」

「……っぅう」

 聖女の指がぴくりと動き、やがて瞼がゆっくりと開きました。金色の瞳が困惑を感じながら微かに揺れます。

「目、覚まさせてあげようか?」

 勇者は掌を握り締め、キツく固い拳を作りながら問いかけます。

 勇者の顔と自分の状況を見て、感じて、すぐさま察した聖女はゆっくりと身体(からだ)を起こしました。

「寝起き様にずいぶんな挨拶ですね。勇者」

 ジクジクと痛む頬に手を添えながら、優美な笑みを浮かべる聖女。勇者を冷たい目で睨め付けます。

「御託はいらない。立って、行くよ」

 聖女の手を無理矢理引き立たせながら、霊安室(れいあんしつ)のドアを勢いよく開けて走り出しました。

「ちょっ、待ってくださっ……!」

 制止の声も聞かずに勇者は走ります。聖女の手を掴んだまま引き摺るように力強く引っ張り走ります。

 霊安室(れいあんしつ)の外には誰もおらず薄暗い廊下が続いていました。

 真っ暗な霊安室(れいあんしつ)に目が慣れていた勇者は転ぶことも壁にぶつかることもなく難なく走ることができていました。

 聖女は生き返ったばかりで身体(からだ)が思うように動きません。それでも懸命に転びかけながら足を動かします。少しでも立ち止まればすぐに引き摺られてしまう為、無理矢理にでも足を動かしています。

(勇者の足を引っ張るのだけは嫌。絶対にっ!!)

 強い決意の元、意地だけで鈍り切っている身体(からだ)を動かしていました。

 薄暗い廊下の先には階段が待っており、勇者は2段飛ばしで階段を駆け上がり、聖女は階段に足を打ち付けながら引っ張られました。

 分厚い鍵のかかった扉を力尽くで開け放ちます。扉の外は明るく照らされており、薄暗い場所を走ってきた勇者と聖女は眩しさに目を少しばかり細めました。

 外には見張りの騎士が2人立っており、中から人が飛び出して来たことに目を丸くして驚いていました。しかも、飛び出してきた2人のうち1人が殺されてしまった聖女であったことに更なる驚きを覚えています。

「……せ、聖女さま!?」

 見張りの騎士1人が震える声で呟いたと同時に勇者が聖女の手を離し騎士の首を蹴飛ばしました。

「生きて、おられて……!!」

 見張りの騎士1人が涙声で呟いたと同時に聖女が騎士の武器を奪い胴体を鞘で薙ぎ払いました。

 見張りの騎士2人は勇者と聖女の手によって意識を失います。2人の目元には涙が滲み出ていました。

「行くよ」

「……はい」

 2人の騎士を見つめて立ち止まる聖女に勇者は見て見ぬ振りをしながら声をかけました。

 聖女も2人の騎士からスッと目を逸らし前を向きました。

(ごめんなさい。わたくしはもう、この国の聖女としてあり続けたくはないのです)

 先んじて走る勇者の背を追いかけながら聖女は2人の騎士に謝罪の言葉を心の中で送りました。

 勇者と聖女は人気(ひとけ)の少ない廊下を選びながら神聖で厳格な雰囲気を持つ神殿内を進みました。

 誰かに見つかれば先導している勇者が伸し、なるべく聖女が人目につかないように努めます。

 勇者が先導して走る中、聖女は一つの肖像画の前で立ち止まりました。

 その肖像画は数代前の400年前の聖女様です。

「……勇者」

 聖女がポツリと小さな声で呟けばその声をしっかりと聞いた勇者は踵を返します。

「ここから、早く外へ出られます」

 勇者を待たずして聖女は肖像画に手を翳して魔力を込めました。すると、肖像画がぐにゃりと歪み魔法陣が浮かび上がります。翳した手は魔法陣に吸い込まれて身体(からだ)がパッとどこかに消えます。

 勇者は慌てて走り急いで聖女の手を握ろうとしますが虚空を撫でるだけで掴むには至りませんでした。

「あの野郎っ!!」

 聖女を吸い込んだ魔法陣が徐々に小さくなりながら元の肖像画に戻ろうとしていました。慌てて肖像画の中に飛び込めば、勇者の姿も魔法陣に触れた瞬間にパッと姿が消えます。

 勇者を吸い込んだ瞬間、肖像画は数代前の聖女様の絵に戻っていました。



 肖像画の魔法陣に触れた勇者と聖女は神殿の裏門近くにある庭園で横たわっていました。

 白い花々に包まれながら2人はお互いに怒りを覚えて取っ組み合いの喧嘩を行っています。

「何するんですか?離してください!!」

「そっちこそ離して!わざとやったわけじゃないでしょっ!事故だからっ、事故!!」

 聖女が勇者の髪を引っ張り頬を抓り、勇者が聖女の腕を握りながらベシベシと顔や頭を叩いています。

 事の発端は勇者がこの庭園に転移してきた瞬間に始まりました。

 転移直後ぱさりと庭園に落ちた聖女はすぐさま勇者が来るだろうと、すぐに花畑から退こうと立ち上がります。するとちょうどそのタイミングで転移してきた勇者が勢いよく聖女のお腹に膝蹴りをかましてしまいました。

 そのまま2人は共に花畑の中に倒れ伏します。

「うああっ!!ごめん!!」

 聖女のお腹の上に座り込む勇者は事態の把握後にすぐ様謝り、聖女の上から退こうとしました。しかし怒り心頭に達した聖女が勇者の長い薔薇色(ローズレッド)の髪をひっぱりました。

「いっ!!」

 驚きと痛みとが合わさった悲鳴を上げながら勇者は聖女の腕を力任せに掴みました。

「離してっ!!」

 声を荒げる聖女は勇者の頬を抓ります。

「そっちこそっ!!」

 負けじと勇者も聖女の事を叩き出しました。

 そんなこんなで取っ組み合いの喧嘩が始まってしまったのです。

 外に出られた事で気が緩んでしまったのかもしれません。

 勇者も聖女も目元を潤ませながら喧嘩を続けています。そんな2人の喧嘩を止めたのは拡声魔法によって王都全体に広められた恩人の声でした。

(わらわ)を魔女と呼ぶ群衆よ、初めまして。とでも言っておこう」

 声からでも伝わる傲慢な態度と妖しさ。

 不敵な笑みを浮かべている恩人の姿が脳裏に過った瞬間、勇者と聖女は一気に脱力しました。

「あんたのせいで——」

「貴女のせいで——」

 力を無くした声音で2人はお互いを責めます。

「あんたが死を願わなければ……」

「貴女が廃人になんてならなければ……」

 隣に横たわる勇者に聖女に恨みを込めてギロリと睨み付けます。

「私のせい……」

「わたくしのせい……」

 お互いの言葉に傷ついた勇者と聖女は今度は己をひどく憎みました。

「そんなことわかってるっ!!」

「そんなことわかっていますっ!!」

 そして自分たちを奮い立たせるように声を張り上げました。

 勇者と聖女がお互いを責め立て合う間も恩人のスピーチは続いていました。その声を聞き勇気をもらいながらもその言葉に心臓が止まりそうなほどの罪悪感に襲われていました。故にその罪悪感を拭うためにお互いに罪を擦り付け合っていたのです。

 勇者と聖女のせいで恩人は犠牲になった。そのことを2人は正しく理解しています。理解したうえで相手を先んじて責めるのです。

「……行こう。何時までもこんなところに居られない」

「そうですね。見つかる前に行きましょう」

 ようやく立ち上がって花壇から降りました。咲き誇っていた白い花々は2人が取っ組み合いの喧嘩をしたせいで荒れ果てています。勇者と聖女の服にも泥が付着していましたが、泥を気にすることなく2人は庭園から出て裏門へと向かいます。

 裏門にも騎士が2人門番をしていました。

「うそっ!いつもは居りませんのに」

 木の陰に隠れ裏門を覗き見しながら聖女が呟きます。

「そりゃ、()()が神殿で刺されたら警備も厚くなるでしょ?」

 小馬鹿にするように言い放つ勇者に苛立ちを覚えた聖女は勇者の鳩尾を肘で小突きました。

「……ぅっ!!!!」

 勇者は少しのうめき声は上げたもののすぐに自分の口を手で覆い声を抑えながらその場にしゃがみ込み痛みに悶えます。

 痛みが治まってくると、靴を履かずに薄手の靴下を履いただけの聖女の足の甲に膝を体重の半分と共に乗せました。

「……っひぃ!!!!」

 聖女はすぐさま口に手を当てて大声を出せないようにしました。踏まれていない方の足で勇者の肩を蹴り上から無理矢理退かせます。

 蹲りながら恨みを込めて勇者を睨めば、涙目の勇者が聖女のことを睨んでいました。

 今にも小突き合いが始まりそうな雰囲気でしたが、裏門の門番の1人が「誰かいるのか?」と近づいてきたため、2人は気配を消しながら微塵も動くことなくその場で震えあがります。

(気づかれた?)

(まだ見たいです)

 勇者と聖女はお互いの目配せした後にコクリと頷きました。

 勇者は己に強化魔法、筋肉増強をかけながら木の影から飛び出しました。

「貴様、何者だ!!」

 勇者を見た門番が少しばかり声を張り上げ問いかけました。

「答えるギリはない!!」

 抜刀しようと腰元に手をやるとスカッと空を掴みました。

「……あれ?」

 腰元をペタペタと触り、キョロキョロと下を向きながら本来帯刀されていたはずの武器を探します。

「ああ!私今武器持ってない!!どうしよう!?」

 勇者の武器はこの国に不法入国した時に捕まった盗賊団の手によって没収され、後に紛失してしまったことを思い出しました。

 聖女は「はぁー」とため息を吐きながら頭を抱えました。

 門番は先ほど勇ましく立ちはだかった者が数秒持たずとして間抜けを晒したため、鼻っ面をへし折られました。

「お嬢ちゃん、神殿は子供の遊び場じゃないんだ。さっさとお家に帰りなさい」

 雲に隠れていた月が顔を出し勇者の姿を捉えた門番は子供の遊びだと勘違いしました。

 勇者の背は12歳の平均身長よりも低く、2つ3つ年が低く見られます。それに加え、先ほど聖女と取っ組み合いの喧嘩をした際に髪はぼさぼさに、服には土や泥がついています。

 見るからに幼い女児が何も気にせずに遊び終わった後の状態です。

「こんな夜遅くまで遊んでいたら駄目じゃないか。お母さんとお父さんが心配しているよ」

 膝を曲げて目線を合わせながら柔和な笑みを浮かべる門番。

 勇者はそんな門番に対して怒りを覚えていました。

 拳を強く固く握り、ギリッっと奥歯を噛み締めました。

「1人で不安ならおじさんが——」

「……しないでっ!!」

 怒りで声を震わせながらポツリと呟きますが門番はなんて言ったのか聞き取れずに「え?」と聞き返しました。

「子供扱いしないでって言ってんのっ!!!!」

 門番の顎に拳をめり込ませながら叫びました。

 強化魔法で加算された勇者の怒りの拳は一発で門番を戦闘不能(ノックアウト)にさせます。

「12歳は普通に子供」

 独りごちる聖女をキッと睨めば、聖女の傍に直剣が置いてあることに気づきました。

「え、その剣は?」

「先ほど拝借しました」

 ニコリと微笑みながら我関せずといった態度をとっています。

 聖女は先刻前に見張りの騎士を鞘で伸した際に奪った武器を今まで持ち歩いていたのです。

「貸してくれても良くない?」

「借りたいと言われませんでしたので」

 勇者と聖女の間で火花が散り始めました。

「丸腰で前に出た私が阿呆みたい。持ってるならあんたが出ればよかったのに!!」

「みたい、では無く阿呆なんです。事実として。それにわたくしが生きていることを大勢に知られるわけには行きませんでしょ?大丈夫です。貴女が活躍すればするほど勇者は脳筋阿呆だとすぐに世界中に轟くことになりますから」

「誰が脳筋阿呆よ!!変態腹黒野郎っ!!()()の癖して治癒魔法一つ使えない前衛職志望に脳筋なんて言われる筋合いないっての!!」

 ギャーギャー言い合いを行う勇者と聖女。声量を抑えずに、騒いでいます。

 1人しか残っていない門番は戻ってこない相方を心配して、剣柄に手を添えて何があってもすぐに剣を抜ける姿勢で歩みを進めます。すると言い争いの声が微かに聞こえてきました。

 侵入者と揉めている、そう結論づけて声の方に近づいていきます。

 生い茂る木々が立ち並ぶ庭園までの道筋に130センチにも満たない身長の少女とその少女よりも頭1つ分背の高い少女が言い争いをしていました。

 侵入者の正体が子供2人だとわかった門番は驚きながらも戦闘の意思を無くし剣柄から手を離します。

「お嬢ちゃん達、こんなところにこんな時間まで何しているの?」

 門番が声をかけて足を前に出せば固い何かが足に当たりました。「ん?」と下を見れば先ほど一緒に門番をしていた相方が横たわっています。

 そしてよくよく見れば少女の1人は聖女と同じ姿形をして、同じ声音で相手を蔑んでいます。

「き、貴様ら!何者だ!!な何故(なにゆえ)、聖女様と同じ姿をしている!!」

 剣を抜き2人の言い争いをしている少女たち、勇者と聖女に向かって獲物を向けました。

「うるさい!!」

 門番の差し向ける剣を蹴飛ばし手を離した隙に奪う勇者。

「後にしていただけませんか?」

 聖力で強化した鞘を門番に投げ顔面強打させる聖女。

 剣を奪われた門番は「え?え!?」と驚きの声をあげていれば、直後に視界が鞘でいっぱいになり顔面に強い打撃がやってきました。

 倒れはしなかったものの、鼻からは血が出て、少し混乱状態に陥っています。

「聖女聖女って馬鹿見たい!!男の癖に女装癖拗らせてるだけの変態でしょ!!?」

「脳筋には理解し得ないのかも知れませんが、わたくしのこの格好には一定数の需要があります。それにあの人の好みは女性です!!」

後者(そっち)が本音でしょうがっ!!」

 勇者は剣を無造作に振り回しながら叫びました。

 剣の先端は門番を何度も何度も打ち当てます。鎧に守られ傷こそ追わずに済んではいますが、強化魔法を解いていないため当たるたびに鎧と剣が変形してしまっています。

「……え、?あの人女の人がタイプなの?」

「劣等感に塗れたこの容姿を褒めてくださっただけでなく、女の子なら彼女にしたいくらいだと、口説かれました」

 胸を張りドヤ顔を浮かべる聖女に、勇者はピキリと青筋を浮かべます。

「も、もし女だったらでしょ!?そんなイフ物語に意味あんの?現にあんたは男なんだし??私は!女!だけどね!!」

「なら貴女はあの人に口説かれましたか?」

 挑発する勇者ですが、聖女は余裕綽々とした態度で勇者のことを嘲りました。

 そんな聖女に勇者は余計に腹を立てながら、「ムキー」と今にもハンカチを咥えて噛み締めそうな勢いで悔しがります。

 握っていた剣を放り投げて虚空に拳を突き出します。しかし、その拳は運悪く拳の範囲内にいた門番の腹を鎧を突き破りながら殴る形になってしまい、門番は気絶してしまいました。

「……え、あっ!」

「……あらっ!?」

 2人の間からは火花が消え去りました。

 やっちゃった?と一瞬焦ったものの、殴った相手が邪魔な門番だと気付き、ホッと胸を撫で下ろします。

 そんな時、勇者と聖女の恩人が締めくくりの言葉を言い放ちました。

「以上が罪人の戯言だ。妄言と吐き捨てて構わんよ」

 言葉の合間合間に民衆からの罵詈雑言を受け止めるかのように長い長い沈黙を有しながら話していた恩人の言葉が締めくくられてしまいました。

「はぁー、ここから出たら見ることになるよね?」

「そう、ですね。嫌でもあの人の死に際を見ることになります」

 一気に暗い表情へと変わり、声のトーンも著しく低くなります。

「……見たくないなぁ」

「全くの同意見です」

 勇者は剣を地面に叩きつけるようにして落としました。まるで癇癪を起こした子供のように嫌だ嫌だと地団駄を踏みます。

 聖女もフリルのあしらわれた麗しいドレスをギュッと握り締め、目を伏せて涙を堪えます。

「でも、もう現実逃避は終わりにしましょうか。あの人の勇姿を見届けないなんて、それこそ嘘です。あってはなりません」

「……うん、わかってる。行こっか」

 勇者と聖女は重い足を動かしながら走り出します。

 裏門から外に出て恩人の処刑が行われている中央広場に繋がる道をただただ走ります。

 勇者は涙を堪えて歯を食いしばって、聖女は見たくない一心で下を向き走ります。

「聖女様を神の元へと帰した悪逆非道な罪人に刑を執行する」

 そんな宣誓の声が勇者と聖女の耳に入った時、ちょうど2人は中央広場がよく見える大通りに出ていました。しかも、なんの偶然か恩人の顔が真正面に向いている通りです。

 中央広場には王都中の民が集まっているのか、広場に収まりきらないほどのたくさんの民衆で溢れかえっています。

 遠目から見るだけでも何かの虫の群れのように人が鮨詰め状態になりながら広場を埋め尽くしています。

「………っ!」

 斜め切りの刃が差し迫っている中、勇者と聖女の存在に気づいた恩人はニコリ朗らかな笑みを浮かべました。

 勇者は大粒の涙を流しながら膝から崩れ落ちました。ただし声を荒げる事はせずに、静かに声を殺して泣きます。

「………っぁ!!」

 聖女が意を決して視線を地面から恩人へと向けた時、ちょうど恩人の首が胴と切り離されてゴトリと地面に転がったタイミングでした。

 口を押さえて自身の口から漏れ出る悲鳴を必死に押さえ込んでいます。現実を受け入れられない聖女は身を震わせながら首を僅かに横へと振ります。

「魔女は死んだ!!」

 恩人の紺碧のメッシュが入った黒い髪を鷲掴み誰かがそう叫べば、民衆は魔女の死に平穏の訪れに歓声を上げて喜びました。

 しかし勇者と聖女だけはこの世の終わりと言わんばかりに打ちひしがれていました。周りの声など一切聞こえていません。



 その後勇者と聖女は自分たちがどのようにルイン王国脱したのか、どのように国境を超えたのか、どんな帰路を通って、どんな場所で宿泊して、何を食べて、何を成して、何があったのかを全く覚えていない状態で、勇者の祖国、リストルテギア王国に辿り着きました。王都を囲う城壁の西側に全身血で赤く染まった状態で倒れているのを門番に保護され、2日間の死んだように眠っています。

 2人の全身にこびり着く血は全て魔物の返り血でした。

 勇者にも聖女にも怪我どころか擦り傷一つありません。

勇者12歳

聖女13歳

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