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勇者

 勇者ことアエリア・リュン・リストルテギアはリストルテギア王国の第二王女として生を受けました。

 兄が1人と異母姉が1人、異母弟が2人います。

 11歳の誕生日、アエリアが目を覚ますと手の甲に真紅のマリーゴールドの花を模した魔法紋が刻み込まれていました。

 最初はこれがなんなのかわからず常に手甲(てっこう)を嵌めて周囲には隠していました。幸いな事に急に手甲(てっこう)を着用し出したアエリアに誰も疑問を持つことがなく触れられることもありませんでした。そして魔法紋が発現してから3日後、アエリアは自身の手の甲に刻まれたこれが勇者の証であることを知りました。

 気づくや否やそこからの勇者の行動は速いものでした。細剣(レイピア)片手に城から抜け出して、騎士団から出産を手伝い自分で躾けた愛馬を連れてルイン王国まで駆け抜けました。

 ルイン王国にいる聖女がよく無い扱いを受けているという話を城で以前盗み聞いたため、なら勇者パーティの一員として連れて行こうと考えた為です。

 誰の許可も取らずに出て行ったアエリアがルイン王国に到着したのは1月が経った頃でした。

 その間に冒険者登録を行いその日その日をどうにか凌いで依頼をこなしてルイン王国に向かっていました。

 ルイン王国に密入国した勇者アエリアを待っていたのは結界のせいで職を失い賊へと成り下がった屈強な冒険者達でした。

 手足を折られて

 腱を切り裂かれて

 毒を飲まされて

 洞窟の奥底に造られた牢屋の中でアエリアは服を全て脱がされた状態で目隠しをはめられて転がされていました。

 食事は残飯としか呼べないような腐りかけの盛り合わせが一食のみ。毒も入っている為ほとんどの時間は眠っています。常に不調が続き起きてる時間が苦痛でした。

 週に数回川に投げられて汚れを落とされます。

 24時間ずっと誰かに見張られて違う毒を盛られた日は眠ることを許されず……。

 乙女としての尊厳を散らされて、いつしか廃人になっていました。

 そんな勇者アエリアの前にトワ・キュールは現れました。

 彼女は王都に護送される道中に盗賊に捕まり洞窟の奥に連れてこられたそうです。顔が隠れるほど目深に被ったローブを羽織り、手首には魔力を封じる枷が嵌められているにも関わらず不遜な態度で振る舞っていました。見張りを椅子にし足を組み、アエリアを見下ろして不適な笑みを浮かべています。

「初めまして今代の勇者にしてリストルテギアの姫君。まさかこんなところで会うとは思わなんだよ。と言っても、ここまで壊されちゃ意味など理解できるかすら危ういだろうがね?」

 彼女の言葉を聞き椅子になっている見張りは素っ頓狂な声を上げ、直様トワ・キュールから叱咤の蹴りが飛んできます。

「……ぅあ……うぅ……」

 見張りの声に呼応するように発せられる声。言葉にならずに呻き声のみをあげる勇者の姿にトワ・キュールは椅子の手を踏みしめました。体制が崩れた椅子から腰を上げて痛みに悶絶する見張りの頭を蹴飛ばしました。

「………」

 アエリアのおでこに触れて少しだけ魔力を流し込み精神状態を回復させようと試みます。

 痩せ細った身体(からだ)を見兼ねてきちんと栄養のあるものを摂らせようと保存食(レーション)を食べさせます。地面に転がっている物を這って食べようとするので少しだけ脳を弄りしっかりと手で持って食べさせました。

 それを毎日毎日繰り返します。

 精神が崩壊しないように少しずつ少しずつ回復させて、3食しっかりと栄養価のある物を食べさせて、脱水気味のため水を定期的に飲ませて、とトワ・キュール直々に面倒を見ます。見張りを顎で使い足りないものを用意させたり、アエリアが受け負わされていた肉欲処理を族の脳内を適当に弄って見張りに押し付けたりと、怒りを変な方向に発露させたりもしていました。

「……た、すけ…て……」

 とある日、勇者がポツリと呟きました。

 ある程度回復したからなのか、ただの譫言だったのかなどわかりません。しかしほとんど機能していない思考回路の元、回らなくなった呂律で確かに助けを願いました。

「哀れで可哀想な勇者だ。終わりを願うのならば痛みを感じることなく安らかな眠りを提供してやろう。生きたいと願うのならば大きな喪失の代償を払うことになるだろう。どちらの救いを(わらわ)に求めるか?」

「………」

 アエリアの目を覆い隠している目隠しをトワ・キュールは外しました。隠されていた瞳は焦点が合わず光を失い何の希望も抱いていないそんな死んだような目をしています。

 トワ・キュールのローブをアエリアはギュッと握りしめました。

 手は震えてもう片方の腕は自分を守るように抱き締めて、それでも行きたいと助けてと訴えるようにトワ・キュールに縋り付きました。

「それでも生を望むか」

 抗う力も気力も当に無くなっているのに、それでも生きたいと願うアエリアの心意気を買いトワ・キュールは自身に嵌められている魔力を封じる為の手枷を腐り落としました。

「気に入った。ならばついでに(わらわ)其方(ソナタ)の目的を果たしてやろう。目を醒ました時に甘やかな世界に浸れるように」

 トワ・キュールはローブを脱ぎ勇者の身体(からだ)を包み込みました。

「もう暫しの間だけ夢現つの世界に身を投じて置くといい」

 アエリアの瞳を手で覆い隠して何らかの魔法を行使するとトワ・キュールの青暗い瞳の色にアエリアの紅薔薇(ローズレッド)が重なり合わさりました。10秒もしない僅かな時間で瞳の色は元に戻ります。

 青暗い瞳は瞳孔を開き怒りを露わにしました。土がボコボコと膨れ上がりいくつもの人骨が地面から飛び出て意思を持ったかのように立ち上がります。洞窟の奥だというのに冷気が立ち込めて出入り口の方へと風が抜けていきます。

 洞窟の中に沢山の悲鳴が木霊しました。

 椅子となっていた見張りの身体(からだ)が徐々に痩けていきます。土に栄養を吸い取られていくように、地面に触れている箇所から細く脆く。悲鳴をあげて逃げようとしますが足はすぐに使えなくなりその場に倒れ伏せば急速に朽ちていくスピードは速くなります。やがてほとんど筋肉のついてない皮と骨のみになり、かろうじて息はしている生きる屍状態へと変貌しました。

「世界が滅びゆくまでの永劫の時を貴様らにはくれてやる」

 アエリアを姫抱きにして洞窟から出ていきます。その背後を人骨達がゾロゾロとついていきました。

 洞窟を出るまでに生きる屍が至る所に転がっているのをトワ・キュールは侮蔑を込めた瞳で横目に見ながら歩みを進めていきます。

 洞窟から出ると、洞窟近辺に転がっている生きる屍を洞窟の中へと人骨共が引き摺り込みました。1匹残らず洞窟の中に入れた後、人骨達を土に還して眠らせる為に洞窟を崩落させます。

「……取り戻しすぎているな、そろそろ潮時か」



 三日三晩休息を取ることなくトワ・キュールは歩き続けました。

 魔物が出たら1秒もしないうちに葬り去り、食事時になれば保存食(レーション)を勇者の口に放り込み、最短ルートでルイン王国王都まで歩きます。

王都に到着した後も関所の兵士を傀儡にしすんなりと中へと入ります。

 トワ・キュールが向かうはルイン王国にありながら神公国が管理している神殿。

 正門から中へと入り神に祈りを捧げる大聖堂に神像を憎憎し気に一瞥した後、関係者以外の立ち入りを禁止している通路に堂々と足を踏み入れます。

 さも自然に。

 周りが何一つ違和感を覚えないほど躊躇いなく普通に。

 それがおかしいと気付いたのは10秒も時間が経った頃でした。それからの対応は早かったものの聖騎士が現場に到着した時にはトワ・キュールの姿はどこにもありません。

 近辺を探しても隠れられそうな場所を探っても見つかりはしません。それもそのはずです。その時には既に最上階にまで辿り着いていたのですから。

 神殿の最上階。

 見張りの聖騎士が幾人も立ち並び、とある施錠された一室を守っていました。

 施錠された部屋の中からは膨大な聖力の持ち主がいる気配がしており、見つけたと言わんばかりにトワ・キュールは口元を歪めました。

 パチン

 指を鳴らせば最上階に居る全ての聖騎士がトワ・キュールの存在に気づき、一斉に視線を向けてきます。

 しかし、それだけです。

 聖騎士はトワ・キュールの姿を認識し正しく侵入者だと理解しています。なのに動きません。いいえ、動けません。身体(からだ)が鉛のように重くなり、腕を動かすのでさえ一苦労です。

 身動きは取れない聖騎士の間をトワ・キュールは妖し気に微笑みながら進んでいきます。

 一人一人に顔の前で手を振ってみたり、小突いてみたりとわざわざ挑発しながら。

 施錠されている部屋の前まで来ると唐突に指先を爪で抉りました。指先を鍵穴付近に近づければ何故かかちゃりと鍵が開きます。

 ドアの中に長細い通路を少し歩けば開けた部屋にたどり着きます。

 部屋の奥には大きな魔硝石が佇み、その魔硝石をそっと撫でながら1人の儚い美少女が立ち尽くしていました。

 勇者を近くにある椅子に座らせた時に椅子がガタッと音を鳴らします。その音で儚い美少女はピクリと肩を揺らしながら振り向きトワ・キュールと眼を合わせます。

「迷い人様、どうかわたくしを殺してくださいませんか?」

 希望を見つけたと言わんばかりの瞳を向けて、神に祈りを捧げるように手を握り合わせる儚い美少女。

 その願いに応えるようにトワ・キュールは金色に輝くナイフを()()()()()()()()()()()儚い美少女の脇腹に突き立てました。

「ありがとう、ございます……」

 消え入りそうな声でお礼を告げた後にそっと瞼を閉じました。

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