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静黙の治癒師②

「おまえらか?治癒師が欲しいって昨日ギルドで騒いでたガキってのは」

 定食屋を兼用している宿屋に泊まり、朝食を食べていた勇者と聖女の元にローブを深く被った無骨そうな男がやってきました。

 2人の許可無く空いてる席にどっかりと座り、勝手に聖女の頼んだジュースを飲み干します。

 勇者は食事の手を止めて僅かに震えていました。椅子を少し聖女の方へとずらして聖女をチラリと見つめます。

「……どちら様でしょうか?」

 萎縮して黙りこくる勇者を気遣い聖女は男に問いかけました。

「俺はしがない治癒師だよ。一昨日この街に来たばかりの、な」

 宿屋の女将に葡萄のジュースを2人分頼みました。

 一つは飲んでしまった聖女の分のようで、すぐに持ってきたジュースの一つを差し出します。

「名前をお聞かせいただいてもよろしいですか?」

「まずは自分たちから名乗るってのが礼儀じゃないか?」

 男は舐めるような視線で聖女を見つめます。その気分の悪い視線にただでさえ悪い機嫌がさらに悪化します。

「わたくしたちは確かに治癒師を欲し探してはいますが、貴方に頼んだ覚えはありません。こちらから依頼したわけでもありませんのに、名乗る必要がありますか?」

 静かに怒り不遜な態度の聖女に「違いねぇ」と鼻で男は笑いました。

 荒々しく体躯のでかい男を前に勇者はぎゅっとスカートの裾を握り盗み見るようにして男を見ます。そして、フードの奥に隠れた飢えた獣のようなギラついた瞳と目が合いヒュッと喉から乾いた音を鳴らします。

「お引き取り願えませんか?貴方が信用のおける治癒師でしたらいずれギルドの方から正式に依頼を出していただきますので」

 勇者に向ける視線を逸らすために声を大きめに出し勇者を庇うように身体を勇者の方に寄せます。

「そんときには俺の気が変わってるかもしれないぜ?」

「なに分わたくしたちは女2人のパーティなんです。用心に越したことはないと、そうお思いません?」

「チャンスをすぐに掴むのも冒険者なら探索者なら大事だと思うけどな?」

 カラカラと笑う男に聖女はギロリと睨め付け、返答します。この男が本当に善良な治癒師であったならという考えが及んでおらず喧嘩腰をやめたりはしません。

「貴方が真摯な治癒師さんであるのならば少しはこちらの都合も考え配慮していただけませんか?貴方のやっていることは自身の押し売りに他なりません。正直に申し上げるのならば迷惑です」

 静かな声音ではあるものの隣の震えている勇者のために早く話し合いを終わらせようと躍起になり直球に伝えますが、男には通じません。

 何を言っても喰い下がってくる男に歯噛みし、内心舌打ちをこぼします。

「後悔するかもしらねぇぞ?なんだって治癒師は引くて数多だ」

「引く手数多ならばわざわざ声掛けなどしなくとも良いご縁に恵まれるのではないですか?」

 柔和な笑顔を浮かべてはいますが目が怖いことになっています。自称でも聖女を名乗る人間が見せていい表情ではありません。

「見た目に反して強気なねぇちゃんだ。悪かったよ。なら、ギルドから直々に依頼が来るのを待たせてもらうとするよ」

 自分に依頼が来るのを疑わない態度ではあるもののようやく折れた男に聖女は安堵します。

 男は葡萄のジュースを一気に飲み干すとそのまま宿屋から出て行きました。

「言い忘れてた。俺の名前はワカバだ。『静黙のワカバ』ってギルドに伝えればわかるはずだ。それじゃあな」

 宿屋から出る間際にそんな言葉を残して。

「あ、飲み逃げ!!こっちはお金切り詰めないと明日すら生きていけないのに」

 代金も支払わずに。

「それと『静黙』?どこかで聞いたことあるような……なんだっけ?」

 急激に話し出す勇者をジト目で見つめながら聖女は嘆息します。

「まるで水を得た人魚ですね」

 男がいなくなったことにより元気になった勇者に呆れますが、今日一日塞ぎ込む心配がないことにホッと胸を撫で下ろします。



 朝食を食べ終えると2人は部屋に戻りました。

「頭痛い!耳鳴りもする!これが俗に言う……」

 ベッドにダイブしながら元気そうに不調を訴える勇者に聖女は「ただの脳震盪です」身支度を整えながら返答します。

 続くはずだった言葉の行き先を失い不貞腐れながら枕に顔を埋めます。

「先ほどのあれ、どうしますか?一応ギルドには相談するつもりですが」

 キャミソールとスカートという簡素な格好からパニエを履いてスカートをふんわりとさせ、襟の詰まった袖のないシャツを着た後にゲージドレスを彷彿とさせるスカートを腰元でコルセットのように閉めてくびれを作りその上に腰元を飾るように些細なアクセサリーが付随したベルトを巻き、最後に上衣を羽織って胸元でリボンを結びます。

 コルセットの紐が背中についているのでそこは勇者にお願いすれば枕から顔を離し「うん」と短く返答しながら手伝います。

「気乗りはしない。それに顔すら見せない人は信用したくても、できない」

「そうですね。気のせいかも知れませんが人としての気配が少し良くない気もします」

 髪を櫛で梳かしながら先ほどの嫌な気配と視線を向けてきていた治癒師を思い出しぶるっと身体を震わせました。

 勇者も表情に影を落とし、嫌なものを吐き出すように肺を空にします。

「それに『静黙』を騙るのもより怪しさが際立ちます。あの人も気配が怖い人でしたし」

「あぁ、昨日私を投げ飛ばしたっていう。記憶ないけど」

 聖女は今朝方、昨日の記憶が曖昧な勇者に受付嬢に迷惑をかけたていのを見かねた冒険者が勇者を投げ飛ばして、そのときに頭を強く打って記憶が混濁してるのではないかと説明しました。

 実際は頭を打ってはおらず過度な精神的苦痛による自己本能で記憶を無くしているのではないかと考えていますが、それをあえて伝えたりはしません。見解の域を出ないのはもちろん変に思い出してトラウマをぶり返す恐れがあるためです。

「『静黙』を騙るのなら中途半端にではなく最後まで自分は『静黙の治癒師』だと騙れば良いんです。それなのに、何故わざわざ。あったことがないと思っての言葉、だとすれば私たちがギルドで騒いでいたことを知るのは不自然です。噂が回っていたとしてもどのような容姿か完全に知る術はありません。ましてや宿にまで押しかけて……」

 昨日、勇者を追いかけた際に2人を付け狙っていた男2人を思い出します。仲間割れをしていたため、隙を付いたと思っていましたが、それが演技で片方につけられていたのではないかという考えに至りました。

「……っち」

 櫛を力の限り握りしめながら舌を打ちます。

 櫛からピシッと悲鳴が上がると、勇者は慌ててベッドの隅に座る聖女の手の甲を叩きました。

「物に当たらないで!」

「すみません」

 櫛をもう手を緩めればすぐさま勇者が取り上げて壊れていないかの確認を始めます。

 聖女はズキリといまだに痛む脇腹をそっと撫でながら息を大きく吸って、吐き出します。

(もう、痛くない。大丈夫。痛くない痛くなんかない)

「大丈夫」

 自己暗示をかけて痛みを誤魔化し幾分か気持ちを落ち着かせると、綺麗に笑顔を浮かべて立ち上がります。

「何か言った?」

「大丈夫でしたか?」

 心の声が漏れてしまった言葉を誤魔化すように櫛の安否を確認しました。

「大丈夫。もう強く掴まないで」

「気をつけます」

 一通り確認を終えた勇者は聖女に櫛を手渡し、聖女は鏡の前まで歩くと髪を軽く梳き結い始めます。

「勇者、わたくしが部屋から出たら鍵をかけて今日は一歩も外に出ないでくださいね。今朝のあれもありますし、本調子で無いなら何かあった時に危ないですから」

「わかってる。大人しく籠ってるから心配しないでいい」

「……本当ですか?本当にこの部屋から出ません?大人しくできます?鍵の掛け方知ってますか?」

「くどいくどい!信用して少しは!鍵の閉め方くらい知ってる!!」

 信用できないという目でじっとりと勇者を見つめました。

「なら結界でも張っておけば?それなら誰も彼も出入りできなくなる、でしょ?」

「………」

 いつもなら良いアイディアだと飛び付く聖女ですが、昨日破られたばかりで自信をなくし言葉を詰まらせます。

「そ、そこまでやる必要はありません」

「ふーん、まぁなんでも良いや」

 鏡に映る酷く曇った表情は勇者には見えません。声も最初は上擦りましたが、あとはいつも通りの変わらない声音のため、勇者は聖女の背中を見ながらなんだかんだ信用してるんだと解釈して返答します。

「ギルドで正式に治癒師の紹介依頼、昨日提出しそびれた遺物と魔物の討伐書だけ渡したらすぐに戻ります」

 ハーフツインテールに結った髪を和柄のリボン紐で飾り立てます。

 魔道具を使って毛先を少しクルンと巻けば髪は終了です。

「買い物はしないで良いからね。絶対にしないで。フリじゃないから!」

 聖女が髪を巻いている間に勇者は「あっ」と思い出したかのように告げました。

「信用がないですね。わかっていますよ」

薄荷(ハッカ)製のとか見つけても絶対にぜぇったいに買わないでね!わかった!!」

 いつも通りの美しさに可憐さを足し終えた聖女はいつもよりも若干増している儚さを勇者に気づかれないように柔和な笑顔を顔面に貼り付けて自身のベッドに腰掛けました。

「体調の優れない勇者の()()少し出てくるだけでそれ以上の事は致しません。約束します」

 小指を差し出す聖女に勇者はじっとりとした瞳で小指を見つめます。

「……やっぱりついていこうかな?」

「何故ですか!?()()()()()()()()()()!信用していただいても大丈夫です!!」

「いや、聖者平気で嘘吐いてる」

 胸に手を当てて安心するように訴えますが、勇者は冷静に返答します。その言葉に聖女は疑問符を大量に浮かべましたが、「聖女が舌打ちなんて下品なことはしない」「女2人のパーティ」などなどの思い当たる節を突きつけられて言葉を詰まらせます。

「そもそも存在が嘘吐き」

「そ、そんざい?」

 目をぱちぱちと瞬かせてきょとんとしている聖女に勇者はニヤリと不敵に笑い答えます。

「見るからに魔物怖い誰か守って!治癒魔法?得意です!みたいなか弱い美少女の癖に実際はでっかい斧振り回してる少し頭の弱ぁ〜い色んな意味で可哀想な男の子だもん。身体強化が大得意の。これを嘘つきと呼ばず何て呼べば?詐欺師?」

 前半部分は目を潤ませて胸元で手を合わせながら、中間部分は少し勇ましくそして最後は小馬鹿にするように言い放てば、聖女は「馬鹿にしてますよね」と眉間に青筋を浮かべます。

「貴女も人のこと言えませんからね!!少年のように短い髪に男としては少ないですが女性とは思えないほどの筋肉量。側から見れば成長期前の男の子です。しかし実際は世も末ながら一国のお姫様。わたくしよりも詐欺師に近いとお思いますけれど?それに頭が弱いのは貴女も一緒ではないですか!?」

 負けじと言い返す聖女に勇者はカチンと目尻を引き攣らせます。特に筋肉量に関しては腹が立ったのか、聖女が言った後に「うるさっ」と悪態を吐いていました。

「悪いけどあんなには負ける。詐欺師具合も!頭が弱いのも!よく恥ずかしげも無くそんな格好その年でできるよね?女の成り損ないにしかなれないのに。いい加減夢見る少女やめたら?容姿で近づく人はいても性格や性別知ればみんな離れてく、本当の意味で好いてなんてもらえないんだから」

「自己紹介ですか?女性らしくない残念な性格をお持ちですからね。貴方は!!女の成り損ない。言い得て妙ですね。思わず笑えてきてしまいます」

 容姿に関しては2人して何も言えないくらいに詐欺に近いのにお互いに特大ブーメランを投げ合いながらお互いを貶します。

 そして2人ともある一面においては互いよりも秀でてはいますが、それ以外は2人してポンコツです。

 勇者は金銭面で

 聖女は危機管理面で

「鏡見ておいでよ!大爆笑ものだから!!」

「すでに笑えるものが目の前にあるので結構です」

 騒ぎすぎて頭痛がし出してもなお、声を張り上げて聖女を馬鹿にします。しかし、顔色は少し悪くなってはいますが。

「もういいです!とりあえず大人しく待っていてください。それでは行って参りますね」

 内履きを脱ぎ捨てて靴下を太ももまで伸ばし外履きに足を捩じ込むと聖女は部屋から飛び出していきました。

「無駄遣いしないでよ!!」

 閉じられた扉の外に聞こえるように声を張り上げたあと、勇者は手の甲に額を当てながら「頭痛い」と呻きます。

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