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静黙の治癒師 裏

「や、やめっ……」

 重く鈍い音が鳴れば肌は赤もしくは青に染まります。

「ご、なさ……たすけ……」

 同じ箇所から数回鈍い音が鳴れば骨が軋む音が身体から響きます。

「誰かぁ!!」

 身体は恐怖から動かなくなり、大した抵抗もできぬ中大きな声で、声を振り絞って叫びました。

「たす……っ!!」

「うるせぇっ!!」

 スラム街の一角。そこでは女性が大きめのローブを纏った体躯の良い人物に暴力を振るわれていました。

 服は破られて、白い肌には赤と青の斑点が刻まれて、腕の骨は折られて、足の関節は外されています。

 女性は必死に助けを呼びますが、通るのはその日暮らしもまともにできずに人助けをする余裕のないスラムに住む人間のみです。

 関わりたくないとか怖いとかそんな感情すらも持たずによそ者の横行に対して無関心を貫いています。

「いいのか?俺にそんな態度とって、治癒師、欲しいんだろ?」

 男の言葉に女性は口を閉ざしました。

「お前が今日のことを誰にも何も言わずに今後も偶に付き合ってくれればそれだけで、お前の仲間たちはAランクの治癒師を仲間にできるんだ。悪くない条件だろ?なぁ!?」

 太い腕で首を掴んで力を込めます。

 苦しそうに呻き喘ぐ姿を見て男は口角を歪めました。

「大人しくしてろよ?破瓜の痛みは少ない方がいいだろ?」

 嫌だ嫌だと首を横に振ろうにも首を掴まれているため動きません。

 女性は男の腕を掴みました。折れて感覚が無い癖に一丁前に痛みを訴えてくる己の腕を犠牲にして逃れようと抵抗します。

「なんだよ。痛い方が好きなマゾヒストだったのか!なら、お望み通り叶えてやるよ!!」

 女性器を外界に晒されて肉欲の捌け口にされた女性は呻き声を上げて喚いて、やがては静かに絶望して全てを諦めたように受け入れました。

「最初っから大人しくしとけばいいのによ!まったく」

 身体を弄ばれた女性はその後男が満足するまで肉欲の赴くままに襲われました。

 筆舌に尽くしがないことを何度もされて、何度も暴言を吐かれて。

「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 やがて、譫言のように何度も何度も謝罪の言葉を口にして、瞳から涙をとめどなく流し震えが止まらなくなった身体を男が好きなように弄びます。

「あーあー、壊れちまったよ」

 抵抗もせずに謝罪を繰り返す女性を悪態を吐きながら飽きたと言わんばかりにポイっとスラム街に投げ捨てました。

「俺は『静黙の治癒師』!Aランクの探索者様だ!!」

 静黙どころか騒ぎ散らかした男はそう高らかに宣言してスラム街を後にします。

 足音を鳴らして気分良さ気に歩き大通りまで出ていきました。

「シエ!シエ!!」

「シエさーん!どこですか!!」

 先ほど襲った女性の仲間が彼女を探す姿を見ても、鼻で笑うだけで女性との約束を守ろうとはしません。

 とんだクズです。

「よォにぃちゃん!俺様にちと付き合ってくれねェか?」

 クズ、もとい男の前に、薄い緑色の癖のある髪を乱雑に伸ばした三白眼の瞳を持つあどけなさの残る笑みをニッと浮かべた青少年が立ち尽くしていました。

「ぁあん?なんのようだ。俺は忙しいんだガキの遊びに付き合ってやる暇はねぇよ」

 男は青少年を避けて通り再び歩き出します。

「つれねェこというなよ。俺様はちィっとばかしにぃちゃんに壊して欲しいヤツがいるだけなんだよ。なァ?いいだろォ?」

「しつけぇぞガキが!壊したいならテメェでやりやがれ!巻き込むんじゃねぇ!!」

 肩を掴んで男が去るのを妨害する青少年は大通りで話すには物騒ことを言い放ちます。

 男も男でこんな場所で変な言質でも取られたらと警戒心を強くし取り合おうとはしません。

「報酬は弾むからよォ。なァ?」

 男の身体にピッタリとくっついて肩から手を回しキラキラと輝く紫色の魔硝石を見せびらかします。

「どこでそんなもんを?」

「そりャあ企業秘密ってもんだァ。ただ俺様の願いを叶えてくれるってんなら、譲るぜェ?」

「小さいとはいえそんな貴重なもんを、正気か?」

「あァ、俺様に二言はねェよ?」

 声を押し殺してヒソヒソと耳元で会話する2人。

「話だけでも聞いてやる」

 魔硝石に目が眩んだ男がそう呟けば青少年はギザギザの歯を見せてニッと口角を上げて笑いました。

「ならちィっとばかりついて来てくれ」

 男は大人しく青少年についていきました。

 道中会話はありません。男は目深に被ったフードの奥で目をぎらつかせて青少年が他にも希少価値の高い物を持っていないか背後から確認しています。

 青少年はそんな探るような視線を感じながらも手をポケットに突っ込みたった一つしかパクれなかった魔硝石を奪われないように握りしめました。

 男は青少年と一定の距離を離しながら着いていきます。

 迷い無く真っ直ぐと歩みを進める青少年の向かう先が探索者ギルドだと気づくとピタリと足を止めました。

「なぁ、ガキ。まさか俺を騙して現行犯で捕まえるつもりじゃねぇよな?」

「そんなまどろっこしい真似しねェよ。俺様ならにぃちゃん如き腕一本で事足りる」

 青少年は一瞬で男との間にあった間合いを詰めて、腹に拳をコツンと当てました。

「俺様は加減が苦手でよォ、壊すどころかいつもやり過ぎちまう。殺しちまうんだ。だから壊すのが得意そうなにぃちゃんにお願いしてェってだけだ」

 ギザギザの歯を見せて狂気的に笑う青少年に男は恐怖から瞳孔を開きます。お腹に触れている拳でいつでも自分を殺せる。そう直感的に感じていました。

「なァにぃちゃん。頼まれてくれるな?」

 男は生唾をゴクリと飲みゆっくりの首を縦に振りました。

「感謝するぜェ!危うく無駄な殺人をしなくて済んだ」

 ポツリと呟かれる言葉に相手を指してるのか己を指しているのかを考えて背中からドッと汗が吹き出しました。

 危険なやつと関わってしまったと後悔しますが後の祭りです。話しかけられた時点で詰みなのですから。

「が……てめ……名前は?」

 ガキやてめぇと呼ぼうとしますが、怒りに触れたら怖いと思ったのか名前を聞き出そうとします。

「あァ?あー、ガキでいい。この世には知らねェことの方が多いってにぃちゃんもわかんだろォ?」

 踵を返して探索者ギルドに歩き出す青少年に男は「ぁあ」とほとんど音になっていない声で頷き、大人しく後についていきました。

 周りの喧騒な声も耳には届かず重苦しい静かな時間が流れています。

 逃げたくとも逃げられない。圧倒的強者を目の前に警戒心を高めてどんな()()()をされるのかと身構えています。心の臓は無駄に早鐘を打ち、暑くも無いのに汗が止まりません。

 嫌な想像ばかりが脳裏を過ります。

 首を曲がれる

 心臓を潰される

 頭を砕かれる

 腹を貫かれる

 刹那の時間でこの青少年(ガキ)はそれらのことをしてしまえる。一瞬で終わるならまだマシです。自分が今までやってきたように痛ぶる工程が加わったらと思うとゾッとしています。

 その矛先が自分に向かないようにと祈るばかりです。

「——ちゃん?にぃちゃん!」

 青少年の声にはっと我に返った男はなんだ?と問おうと顔を上げます。警戒していたはずなのにいつの間にやら嫌な想像に思考を奪われてぼーっとしていた男の視界にはゴツくて皮膚の硬い拳で埋め尽くされていました。


 バチンッ


 頬を力強く殴られました。

 踏み留まろうにも直前まで呆けていた身体は殴られた勢いのまま後方へと倒れ込みます。

「………っぐ!」

 男を殴った拳がそのままパッと開かれてローブをつかみました。倒れる方向とは逆方向に引っ張り男の転倒を防ぎます。その際首が絞まり汚い声で呻くのですが青少年には興味がないようです。

 転倒を防いだままローブをギュッと握り目前をまで顔を近づけました。

「無視すんなよ気分悪ィ」

 殴ってから男を支えてこの台詞を吐くまでの間2秒と経っていません。

「わ、るかった」

「分かりゃあいい。次はねェからな」

「気を、つけるよ……」

 歯切れ悪くも謝罪すれば青少年はギザギザの歯をみせてニッと笑いました。しかしその瞳の奥は殺意に溢れています。

 口内を歯で切ったのか血の味が広がり、頬はジクジクと痺れるように痛み出し熱を持ち始めていました。

 そっと手を当てて回復魔法を施せば痛みはスッと消えて無くなります。

 男はもう余計なことは考えずにただ青少年の後ろを歩きました。意識の全てを青少年に向けて。

「おっと、にぃちゃんが無視するからついつい言い忘れちまったじゃねェか。俺様が壊して欲しい人間がさっきギルドから出てっちまったみてェでよォ。まだもう少しだけ歩きそうだわ。つっても後ちょっとなんだけどな」

「わかった」

「あははっ!しおらしくなり過ぎたぜェ?にぃちゃん。あんなのちィっとばかし脅かしただけじゃねェか。あんな事してる割に案外肝っ玉の小せェヤツなんだな?」

 小馬鹿にしたように笑っても、男は少しばかりの怯えを見せるのみです。

 青少年は舌打ちをこぼして人選を間違えたかと落胆しました。つまんねぇと愚痴り歩くスピードを僅かに早めます。

「勇者!!」

 そんな時に聞こえてきた声と言葉に青少年は目の色を変えました。

「みーつけた」

 男の胸ぐらを掴んで物陰にしゃがみ込み、隠れてじっと路地裏を覗き込みます。

 そこにいるのは顔面蒼白で蹲る勇者とその勇者をやっと見つけたと言わんばかりに心配そうに呼びかけよる聖女の姿です。

 遠い故に何を話しているのかは聞こえませんが、聖女は勇者の隣に腰掛けて優しく背中を撫でながら介抱しています。

「おいっ、にぃちゃん!あの2人だよ俺様が壊して欲しい人間は!!自称勇者と聖女を名乗る異端者。悪しき概念(かみ)から恩恵(ちから)を得たこの世で最も許しちゃいけねェ存在。姐ちゃんの仇」

 瞳孔を開かせて興奮状態の青少年。それでも勇者と聖女に気づかれないよう小声で話す理性は残っているようです。

「徹底的に壊してくれ!この世に希望なんてもんをもてねェくれェに!人格が壊れるくれェに!!殺さねェよう気ィつけながら!!お願いだよォにぃちゃん」

 男の首に手を当てて熱弁する青少年。お願い(脅迫)しながら、ポケットから取り出した魔硝石をチラリと見せびらかします。

「報酬は弾むからよォ」

 見せられる魔硝石に視線を一ミリたりとも動きません。ただただ恐怖で断れば殺されると首を掴む腕にのみ視線が向いていました。

 助けて欲しいと願おうにも周りには青少年と少し離れたところに勇者と聖女と呼ばれていた標的がいるのみです。

「………」

 男が何も返答を返さずに押し黙ったままでいると青少年は首を掴む手を僅かに強くしました。

「次はねェっつったろ?」

「……っ…!!」

 首を抑えられているせいで、恐怖で歯がカタカタとなるせいで、うまく呼吸ができないせいで、わかったと叫んだにも関わらず一切声が喉を通って外に出ていきませんでした。声が出ないことにサァーッと血の気が引き死を覚悟した男はやばいやばいと焦りながらも押さえつけられている首をどうにか縦に振りました。

「ありがとなァにぃちゃん無事終わったら魔硝石(コレ)届けに来っから、よろしくなァ」

 青少年はパッと男から手を離して、立ち上がりました。

 手を離された瞬間男は咳が止まらなくなり涎を垂らしながら肺いっぱいに空気を取り込みつつ激しい咳を繰り返しています。

「じゃあなァ」

 そんな男を無視してひらひらと手を振りながら表通りの奥へと消えていきました。

 1分が経って、10分が経って、1時間が経った頃、男はようやく立ち上がりました。

「俺、生きてる、よな……?」

 耳には狂気じみた声が首には掴まれていた感覚が残っている男。路地裏を除いても、もう勇者も聖女もどこにも居ません。

 幸いなことに聖女の華やかな衣装と麗しい見目が忘れるには印象が強過ぎて覚えては居ましたが、勇者の方はいまいち顔や印象が思い出せませんでした。

「壊す、か。あんな弱そうなガキ2人にどんな恨み辛みがあるってんだよ。あのガキの方がよっぽど恐ろしいじゃねぇか」

 人畜無害そうな聖女の姿と路地裏で蹲る勇者の姿を思い出します。そんな2人を狂気じみた声と笑顔で壊すように懇願する青少年の姿。

「でも、俺もまだ死にたくないんでな。悪いな、自称勇者と聖女。恨むならそんな称号を自称してる自分らを恨みな」

 男を目深に被っているフードをグッと引っ張りニヤリと笑って探索者ギルドに向かいました。

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