序章
「これより、悪逆非道な罪人の公開処刑を行う」
誰かが声を張り上げて宣誓した。
妾は後ろに手枷を嵌められ、四方八方を騎士に囲まれてアルカイックスマイルを浮かべながら悠々とした足取りで処刑台まで歩く。
妾の名前はトワ・キュール。
つい先日、冤罪で捕まり処刑が決まっていたので聖者を殺した罪人だ。
冤罪で殺されるのは真平ごめんだ。だから偶々見つけた聖者の脇腹にナイフを突き刺し。そして妾が護送されている際に縁あって拾った隣国の勇者を置いてきた。
という程で妾は殺される。
聖者を殺した際に受けた尋問で妾はそう答えた。
「聖女殺しの魔女を殺せっ!」
「隣国の勇者に罪を被せようとした最低最悪の魔女め!!」
「世界を救わんとする聖女と勇者になんたる仕打ちだ!死んじまえっ!!」
有象無象たちが限り無く騒ぎ立てて、口汚く妾を罵る。目を血走らせ石やゴミを投げて罵詈雑言を浴びせてくる中で妾の拾った言葉はそんなちっぽけでくだらない言葉だった。
妾は「ふふっ」と嗤った。
その笑い声に騎士の一人が怒りを抱いた。
「なにがおかしい」
声の端々から怒りが感じられる。甲冑で隠れた顔は青筋を浮かべて瞳はギロリと此方を睨んでいることだろう。
「全てだ」
妾を堕とすために自ら汚い言葉を発し、ゴミを投げ、妾と同じ土俵まで堕ちる。なんとも愚かしい者共だ。
「強いて言うのならば、無知な愚人を見るのは面白い。だろう?」
聖女様なんて者はこの国にいない。この国にいるのは聖者だ。女子の格好をした男子だ。この国は聖者に死を希わせるほど酷い扱いをしていた。国の領土全体に結界を張り巡らせ、結界内に常に浄化の魔法を施させて、薬で無理矢理眠れなくし、薬で無理矢理聖力を回復させて、齢13の幼き聖者を10年もの長きに渡る時間、いままで生きてきた人生の半分以上もの時間を奉仕させてきた。
「迷い人様。どうかわたくしを殺してくださいませんか?」
虚な瞳で笑顔を浮かべながら願う聖者にだれが逆らえようものか。
勇者もそうだ。聖者の状況を聞き、助けるためにお忍びでやってきた隣国の勇者も妾と会った時にはすでに廃人と化していた。
人に怯えて震えて泣いて、触れようとすればその手を叩き落として自分を守るように自身を掻き抱く。
ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返すだけの廃人。
絶望と恐怖に染まりきった光が灯らない瞳は見ていられなかった。
「何も知らずに一部の事実のみを鵜呑みにして妾を蔑む滑稽な者共を嗤って何が悪い?」
騎士は「ッチ」と小さな舌打ちで怒りを向けることをやめた。
この国は腐っている。
だからといって妾がすることは何もない。
聖者の居なくなったこの国ルインは程なくし破滅の道を歩む。
国に帰った勇者がこの国に引導を渡してくれるだろう。勇者で無くとも、父王が我が子の境遇を知りさえすればすぐさま手を下す。
勇者が父王に溺愛されている話など有名な話だ。
処刑台がギロチンがあと数歩のところまで歩いてきてしまった。
妾の生きられる時間は残り僅か。ならばせめて、少しでも魔女として観衆の目を集めよう。少しの物音が気にならないように、誰も彼もが妾以外歯牙にも欠けぬように。
「妾を魔女と呼ぶ群衆よ、初めまして。とでも言っておこう」
騎士の一人を蹴飛ばし処刑台から突き落としてできた隙間から妾は不敵な笑みを浮かべて語りかけた。
ほか3人の騎士が一斉に妾を取り押さえんとするが、見えざる力が騎士の接近を阻止する。
「せっかちな奴らだ、遺言くらいすぐに済ませるさ」
騎士たちにそう告げるが、彼らには端から何も出来ぬし妾にも近づけまい。
なぜなら、妾が時間操作の魔法を使ったからだ。
肉体の時間のみを遅くした。
騎士らが妾の手が届く範囲に来た時にはもう妾は死んでいることであろう。それも処刑では無く寿命で
「単刀直入に言おう。妾が聖者を殺したことに変わりはない。その腹にナイフを突き刺してやった。しかしな聖者は感謝しておったぞ?ありがとうとしっかり感謝の言葉さえもらい受けた。死を希うほど聖者は国に酷使されてきた」
妾の言葉にシーンっと静まり返った。
沈黙は一瞬で終わった。
「魔女の言葉に耳を貸すなっ!戯れ言だ!嘘八百だ!虚言にっ、助かりたいがための方便に決まってるっ!!」
誰かが叫んだその言葉を皮切りにざわっと皆口々に言葉を発した。
その言葉を肯定する台詞を妾を糾弾する罵倒を次々に発し始める。その愚かな言葉を十二分にしっかりと聞き届ける。
滑稽でたまらい。
「無知蒙昧な群衆よ、この国は腐っている。この言葉に少しでも共感した者がいるのなら、とっととこの国を去れっ!でなければ反感を抱いてる国のために死ぬことになるぞ?聖者を使い潰し、勇者を壊した国に、今度は貴様らが使い潰され壊される番になる!!」
妾の言葉に聞く耳を持つ者はほとんどいない。「うるさい!」「黙れ罪人!」「潔く死ね!」などなどの稚拙な言葉が並べられる。
「以上が罪人の戯言だ。妄言と吐き捨てて構わんよ」
最後の言葉が耳に入った人間は恐らくほとんどいないだろう。
国を悪く言い、聖者の懇親的な働きを使い潰すと評した妾に愚かな群衆どもは怒りを爆発させている。
妾は3人の騎士たちに施している魔法を解いた。
騎士たちは力強く妾を押さえつけギロチンの準備を始める。
妾は特段抵抗することなく首を固定された。
「聖女様を神の元へと帰した悪逆非道な罪人に刑を執行する」
冒頭と似たような言葉を誰かが言い放った。
死ぬまでの間、妾は大人しくある一転を見つめる。
涙を流しながら今しがた立ち止まった2つの人影を見つめながら妾は小さく微笑んだ。
「いき、————」
視界が乱れた後、暗転した。